第二十話 図書館と王城の書斎
アーノルド・エルキュール・ラ・ホッフェンハイム(9)
レベル1
力 100
体力 100
速度 100
器用 100
知力 100
運 100
経験値(貯)1124
特技:鑑定、純化、錬金、初級剣技
ローザ・ブランティシュ・リリテール・ラ・デラージュ(9)
レベル1
力 100
体力 100
速度 100
器用 100
知力 100
運 37
経験値(貯)1457
特技:賢者
「あった!」
「順調ね」
俺と裕子姉ちゃんは、ただひたすら隠れた能力値のタネを探して各地を奔走していた。
時にデラージュ公爵家の力も利用し、種がありそうな場所を探索し続ける。
能力値のタネが成る木でもあればよかったのだが、すべての種子の中から一定数出現する設定なので、穀物倉庫などを見て回るしかないのだ。
傍から見たら俺と裕子姉ちゃんは変人にしか見えないかもしれないが、その一見変な行動のおかげで裕子姉ちゃんの運も大分上がった。
先は大分長いと思うけど。
「早くレベルを上げたいわね」
「別に上げてもいいんじゃないの?」
他の能力値は、レアアイテムのおかげでカンストした。
だから問題ないと思うのだ。
「運のレベルアップごとの上昇率は、基礎値の0.005パーセントから稀に1パーセントの人がいるって設定なんけどなぁ……。いくらレベルを上げても、そう修正値に変化があるわけじゃないよ」
運は、いくらレベルを上げても修正値にほとんど変化がない。
基礎値が100でも、成長率が0.005パーセントだとレベル100ごとに0.5しか上がらないのだから。
ちなみに、他の能力値の上昇値は1パーセントから20パーセントだったりする。
だがこれも、元のステータスが高いから20パーセントとかいう法則はない。
運の数値も他のステータス値の成長率同様、基礎値の高さには関係なく、ただ単にランダムで成長率が割り振られるだけだ。
運の初期基礎値が1でも、レベルアップごとに1パーセント成長できる人もいるし、基礎値が100でもレベルルアップごとに0.005パーセントしか成長できない人もいる。
挙句に、レベルアップで基礎値が成長して修正値がアップしたとしても、自分ですらその正確な数値を知ることができないという。
シャドウクエストがクソゲー扱いされるのも、ある意味納得であった。
「たとえ1でも、それを笑う者は1に泣くことになるわ」
「裕子姉ちゃん、それは『1円を笑う者は1円に泣く』なのでは?」
「同じようなものよ。でも、特技の書はなかなか見つからないわね」
一年以上各地を探しているが、隠れ能力値のタネはそこそこ見つかるものの、特技の本は一冊も見つかっていなかった。
「こうなったら、王都の図書館に行きましょう! 王城の書斎も怪しいわね」
「えっ? そんなところに行くの?」
俺は根が小市民なので、王城は勘弁してほしい。
「弘樹は、王族の血を引く子爵家の跡取りだから普通に入れるわよ。王都の図書館は、お金を払えば誰でも入れるし」
本が高い世界なので、図書館に入るのは有料なのか。
どのくらいの値段なんだろう?
「というわけで、出発進行!」
裕子姉ちゃんの決定で、俺たちはデラージュ公爵領から王都に出かけることになるのであった。
俺はただついて行くだけである。
この辺の力関係は、この世界に来る前と全然変わらないなぁ…。
「ここが王都図書館かぁ……大きいなぁ……」
「ホルト王国唯一の公立図書館だからね」
裕子姉ちゃんの案内で王都図書館がある建物に到着したが、俺はその大きさに圧倒された。
一体、何冊の本が所蔵されているのであろうか?
「これだけあれば、一冊くらいは特技の本が置いてあるはず」
俺は運もカンストしているが、裕子姉ちゃんがパーティメンバー扱いなので運の数値が平均化されてしまうのが欠点だな。
だが、いくら俺が特技の本を見つけても、他人が使用する場合は俺と一緒に見つけないと使えない。
鑑定持ち以外認識できない特技の書を、これが特技の書だと100パーセント信じて使用しないと効果がない設定と共に、面倒で難儀な現実であった。
「いらっしゃいませ。入場料は1000シグとなっております。これを支払えば、丸一日の使用が可能です。館内での飲食は禁止ですので、食事や休憩で外に出ることも可能となっております」
図書館の入り口で、若いお姉さんが説明してくれた。
入場料は千シグで、俺は割安だと思う。
本は高いし、図書館の維持費もあるから、このくらいの入場料は仕方がないといった感じだ。
丸一日利用可能で中抜けも可能だから、親切な料金設定だと思う。
「二名分ね」
「はい。こちらの入館証をお持ちください。これは退館時にお返しくださいませ」
首にもかけられる日付入りの入館証をもらい、俺たちは図書館に入場する。
広大な館内には多くの本棚が設置され、蔵書数は百万冊を超えると説明されていた。
「これだけの本を読み放題で、一日1000シグならお得なのかな?」
「だと思うけど、平民が頻繁に通うのは難しいわね」
まずあり得ないが、毎日通えば月に三万シグかかる。
平民には厳しい値段かもしれない。
「メモは可能なんだ」
図書館には筆記用具の持ち込みが可能であった。
懸命に、必要な内容を写している人が一定数存在する。
必要な本を買えない人は、図書館でメモを取るのが常識のようだ。
貴族でも下級レベルだとそうそう本など買えないので、図書館に頼る人が多いようだ。
「おっと、感心している場合じゃないな」
俺は『鑑定』の範囲を広げ、なにか反応がないかと探った。
広大な図書館のすべてを探ると、二か所だけなにかの反応を感じる。
反応を感じた場所に接近すると本棚には『趣味』と書かれており、その本棚にある一冊の本が光っていた。
タイトルを確認すると『ホルト王国の伝統料理』と書かれている。
本を取って詳しく『鑑定』すると、間違いなく特技の書であった。
「あったな」
「伝統料理の本かぁ。古い本ね」
多分大分前から図書館にある本だが、まさかこの本が特技の書なんて誰も思わないであろう。
いくら『鑑定』持ちがそうだと教えてあげても、それを100パーセント信じられなければ特技を覚えられないという現実もあった。
特技の書は、ほぼ『鑑定』持ちにしか認識できないのだ。
そして、いくら『鑑定』持ちの人がこの本が特技の書だと断言しても、使用者がそれを疑っていると特技を覚えられない。
ゲームだと、特技の書を見つけてしまえば仲間に特技を覚えさせられるけど、設定だとそういうことになっていた。
つまり、裕子姉ちゃんが特技を覚えられるかどうかは、俺の言っていることを信じるかどうかにかかっているわけだ。
「なにを覚えようかなぁ……決めた!」
特技の書は裕子姉ちゃんに使われてしまい、本はただの料理本に戻ってしまった。
どうやらちゃんと特技を覚えられたようだ。
「覚えられたよね?」
「当然」
「なんの特技を覚えたの?」
「弘樹に言われたとおりに『補助魔法』よ。この特技の書って、『鑑定』は覚えられないのね」
『鑑定』を持っている人しか見つけられない特技の書なので、『鑑定』が覚えられる特技のリストに入っていないのだ。
これをシステムのミスと見るべきか、あえて難しいゲームにしていると見るべきか。
それにしても、裕子姉ちゃんがまったく俺の言うことを疑わないで特技を覚えられてしまったのは凄いよな。
心のどこかで疑ってしまい、なにも覚えられないというのがよくありそうだからだ。
あの骨董品屋の婆さんだって、特技の書になにかあると気がつきつつも、それを利用できないでいたくらいなのだから。
「もう一冊は、どこにあるの?」
「あっちだね」
二冊目の特技の書だと思われる反応を確認すると、同じく趣味と書かれた本棚の方向だ。
詳しく探ると『世界のギャンブルの歴史』という本が光っている。
『鑑定』すると、やはり特技の書であった。
「これは俺が貰い」
すぐに本を抜き、新しい特技の習得を行う。
なにを習得するか?
魔法系、ステータス上昇系、武器扱い上級、特殊系と色々あるが、シャドウクエストなら決まっている。
「(『博才』。これがシャドウクエストでは大きく役に立つ)」
魔法は『補助魔法』以外は、さほど必要ではない。
物理で殴って、アイテムで回復すれば問題ないからだ。
むしろ、それよりも『博才』があった方が色々と便利になる。
なぜなら、シャドウクエストの世界では世界規模のカジノギルドが存在するからだ。
このギルド、実は盗賊ギルドの下位組織としてスタートしたのに、いつの間にか立場が逆転してカジノギルドの方が立場が上だったりする。
盗賊ギルドは、彼らの用心棒に成り下がってしまったのだ。
カジノは魔王軍に侵略されているマカー大陸にも存在し、カジノには勝ち金で遊ぶ歓楽街、種銭を供給する質屋もある。
水商売系のギルドと質屋のギルドは、これもカジノギルドの下位組織扱いであり、この世界では冒険者ギルドに負けない巨大な組織となっていた。
「『博才』?」
「そう、RPGのカジノだからね」
違法な博打は現金で勝負をするが、カジノは金で購入したチップで勝負を行う。
遊べるゲームは通常のカジノに準じており、勝負に勝てばチップが増えていく。
このチップの換金は違法であり、買った客はチップとアイテムを交換するのだ。
この世界では、すべての国でギャンブルが違法となっている。
勿論違法ギャンブルは存在するが、カジノは違法ではない。
チップを賭け、勝利しても現金には交換しないからギャンブルではないという扱いなのだ。
勿論、各国の王様や貴族が考えた言葉遊びの類である。
なんとかカジノを合法化するため、法を司る官僚たちが色々と知恵を絞ったというわけだ。
「チップでアイテムを交換できるのなら、それを売ればお金になるんじゃないの?」
「そうだね。でも、それは勝利した客たちが勝手にやっていることだから。お上は知らないってことになっている。というか、裕子姉ちゃん知らなかったの?」
俺は、大好きなゲームの裏設定なので知っていた。
裕子姉ちゃんはローザ様なので、デラージュ公爵あたりから聞いていると思ったのだけど……。
九歳の娘に、カジノの話をする父親はいないか。
「私、ギャンブルに興味ないもの」
「でも、カジノの景品で通常の能力値のタネが出回るよ」
「本当に?」
「本当に」
自分で使ってしまう人が多く、なかなか世に出ない能力値のタネであったが、カジノではよく出回っていた。
大抵が評価の二倍以上、コインが二十万枚以上ないと交換できず、コインは一枚千シグと交換なので二億シグ以上の金額となる。
実は、カジノが能力値のタネを一番高く購入してくれるので、そこに持ち込む者が多かったのだ。
あくまでも設定上の話だけど。
「一個二億シグ……。高いわね……」
それも仕方がない。
誰にでも認識できる能力値のタネは、滅多に手に入らない貴重なアイテムなのだから。
それが集まるカジノの存在も大概と思うけど。
「他にも、強力な武器や防具、貴重なアイテムが交換できたりする」
実はシャドウクエストでは、カジノ経由でないと手に入れられない強力な武器と防具が存在した。
正確には、カジノで入手できる特殊な武器と防具を元に、錬金で改良するであったが。
「それはわかるけど、なんか博打って性に合わないのよねぇ……」
「そう言うと思った。だから、さっき『博才』を取れって言わなかったんだ」
「もし没落しても、博打で生きていきたくないわ。魔法や錬金の方が手堅いもの」
「裕子姉ちゃんなら、そう言うと思った」
「私は、隠れ能力値のタネでも数値が上がるからいいわ」
それが可能な時点で、裕子姉ちゃんは特殊だよなぁ……。
意外と俺のことを信じているとも言えたけど。
「もう反応はないのかしら?」
「ないね」
王都の図書館は、蔵書が百万冊を超えている。
その中で二冊しか特技の書がなかったのだから、確率で言えば五十万冊に一冊の割合か。
そりゃあ、そう簡単に見つかるはずがない。
「次は王城の書庫に行きましょう。あそこなら冊数が少なくても、なにかありそう」
RPGも、城には多くの貴重なアイテムが眠っているのが常識。
シャドククエストでもその法則に違いはなく、主人公が活動するマカー大陸にある城には多くのアイテムが隠されていた。
この国の王城も同じだと願いたい。
「本当に、俺も入れるの?」
いくら俺が王家の血を引く子爵家の跡取りでも、そう簡単に城内に入れてもらえないような気がするのだ。
貴族の跡取りになって大分経つけど、やはり庶民気質はそう簡単に抜けるものではないな。
「そこでこの私よ。こうみえて、陛下の姪ですから」
そういえばそうだったな。
裕子姉ちゃんって、ホルト王国国王の姪だったんだ。
ゲームの設定とはいえ、王様の姪が没落するって凄いな。
よほど意地悪でもしたのだろうか?
「なに? 弘樹」
「あのさ、ゲームのローザって酷いの?」
「うん、酷い」
「具体的に言うと?」
「主人公を毒殺しようとするから」
おい……。
ゲームとはいえ、どんなクラッシャーを悪役に添えているんだよ……。
「ゲームやってた時は、エンディングでローザが没落して大喜びだったけど、今は私がローザだから笑えない。髪型もラスボスのバリアーを撃ち抜くドリルみたいだから、やめて普通にしているのに」
確かに、少女漫画とかでよく見るドリルヘアーって現在は需要ないよなぁ……。
この世界だと、一定の需要があるようだけど。
「そんなわけで、私は切迫しております。目指せ! 自立可能な能力!」
事前にデラージュ公爵が手を回してくれたようで、俺達は特に咎められることもなく普通にホルト城に入れた。
城門を潜ると、そこには去年のパーティーで知り合ったマクミラン王子がいた。
「やあ、二人は城内の本が見てみたいとか?」
「ええ、これも貴族としての義務ですわ。貴族はよく学ばなければいけないのです」
「単純に興味あるので」
「勉強熱心だね。ローザと、アーノルドは」
まだ九歳にも関わらず、マクミラン王子には王族としてのオーラの片鱗が見えていた。
間違いなくイケメンに……ゲームどおりになるはず。
聞けば文武両道で、将来は兄たちの補佐のため分家の当主となる予定だそうだ。
ゲームで主人公が彼を選ぶと、その分家の正妻に収まるわけだ。
そして、同じくマクミラン王子の正妻の座を狙っていたローザは失脚する。
果たして、裕子姉ちゃんは没落から逃れられるのか?
「僕は暇だから案内してあげるよ」
格下である公爵令嬢と子爵公子を案内してくれるとは、マクミラン王子は性格もイケメンであった。
本人は暇とは言っているけど、王子様が暇なわけないので、これも彼の性格がイケメンだからであろう。
「ここが王城の書庫だね。蔵書数は王都図書館よりも少ないけど、貴重な本が多いね。ローザはどんな本を探しているの?」
「私は、『補助魔法』の本を」
まさか特技の書を探しているとはいえないので、裕子姉ちゃんは特技として覚えた『補助魔法』の本を探していると誤魔化した。
実際にこちらも探していたから、別に嘘でもなかった。
「アーノルドは?」
「僕は『錬金術』の本です」
「デラージュ公爵から聞いたよ。アーノルドは錬金が得意だって。もうすでに新しい錬金物の錬金方法をいくつも編み出して稼いでいるそうだね」
「偶然ですよ」
ここは謙遜しておこう。
調子に乗っていると、あとでしっぺ返しを食らいそうだし。
「新しい錬金方法のヒントがほしいのかい?」
「そのとおりです。同じ錬金の本でも、著者によって記述にわずかに差がありますからね。そのわずかな記述の差が、思わぬヒントになることもあるのです」
「なるほど、アーノルドは凄いね」
マクミラン王子は俺の半分嘘に感心していたが、肝心の『鑑定』による結果は芳しくなかった。
RPGだとお城には多くの貴重なアイテムがあるはずなのに、王城は外れであったからだ。
「(弘樹、どう?)」
「(残念ながら、ハズレ)」
仕方がないので、俺たちは『補助魔法』と『錬金術』の本を読み、必要な事項をメモしてから王城を後にするのであった。