第十九話 モリモリ火事場のバカ力、快速の羽
アーノルド・エルキュール・ラ・ホッフェンハイム(8)
レベル1
力 18
体力 100
速度 13
器用 100
知力 100
運 100
経験値(貯)50124
特技:鑑定、純化、錬金術、初級剣技
ローザ・ブランティシュ・リリテール・ラ・デラージュ(8)
レベル1
力 13
体力 100
速度 11
器用 100
知力 100
運 19
経験値(貯)986
特技:賢者
俺がデラージュ公爵領で生活を始めてから三ヵ月、俺と裕子姉ちゃんのステータスはここまで成長した。
相変わらず二人で錬金小屋に籠ったり、書斎で本を読んだり、外でプリン退治に精を出す日々であったが、デラージュ公爵はなにも言わずにニコニコしている。
ちょっと不気味だが、裕子姉ちゃんが問題ないと言っているので気にしないことにした。
元高校一年生であった俺に、そういう難しいことはわからないからだ。
知力が上がって物覚えがよくなったり、錬金が楽になったりしたが、人間の頭のよさの本質とステータス上の知力とは完全に比例しないのかもしれないな。
「次は?」
「力だろうなぁ……これは、特殊な材料は一種類だけ」
その素材とは、レッドホウレンソウ。
あとは、純水、プリン玉、ヒール草のみである。
「ただし、『最後の力』を一つ作るのに、レッドホウレンソウは一万個必要なんだ」
道具を入れる袋を大にしても、実は九千九百九十九個までしか持てない。
終盤で超大袋を手に入れないと、力を上げるレアアイテム、最後の力は錬金できないのだ。
勿論、この世界ではそんな制限は存在しないが。
「力と素早さはそれだけ重要ってことかしら?」
「そういうこと」
シャドウクエストにおいて、力と素早さはクリアーに直結する重要なステータスだ。
だから、それを上げるレアアイテムは最後にならないと作れないのだ。
ここでは、素材を持ってきてもらえばいいから問題ないけど。
「裕子姉ちゃんに聞くけど、もし特技の書を手に入れたら魔法を覚えたい?」
「勿論!」
「それで、どの魔法を選ぶ?」
「えっ? 魔法の特技に種類があるの?」
「あるよ」
攻撃魔法は、火、水、土、風、聖の五種類。
設定では闇もあるけど、これは敵側しか使わない。
あとは、『補助魔法』と『治癒魔法』である。
「系統別なの?」
「攻撃魔法はね」
『補助魔法』と『治癒魔法』には、系統が存在しないのだ。
「じゃあ、火で」
「ブッブーーーッ!」
正解は、攻撃魔法はリスクが大きいから取るなである。
この系統が正解で、この系統が失敗という差もない。
とにかく、いきなり攻撃魔法を取ってはいけないのだ。
「攻撃魔法、取っちゃ駄目なの?」
「リスクが高いから。クソの役にも立たない可能性がかなりある」
なぜリスクが高いのかというと、実際に特技を取ってみないとどの程度魔法が使えるかわからないからだ。
「知力が高いと、上級攻撃魔法が使えるとかないの?」
「ない」
知力は、あくまでも使用した魔法の威力に補正を入れるのみ。
その人がどの魔法に特性があるのかは、特技を取得したその瞬間までわからないのだ。
「貴重な特技の書を使って、初級ファイヤーボールしか使えない魔法使いなんて嫌!」
しかし、これはシャドウクエストだとよくある光景だ。
苦労して入手した特技の書を使って攻撃魔法を覚え、ステータスを確認するとファイヤーボール(小)のみが記載されている。
いくらレベルが上がっても、(小)が(大)や(特大)になることはない。
脱力した多くのプレイヤーがゲームを放棄し、このゲームがクソゲー扱いされる最大の要因でもあった。
「裕子姉ちゃんは、知力も基礎値を100にした。そこに、賢者の補正で基礎値にプラス30パーセントだから、今は130か。知力が20の人よりも魔法の威力が六倍半あることになる。初級でも、知力20の人の中級火炎魔法よりは威力が上になるね」
ただし、所詮は初級魔法なので威力に限界はあった。
「私が中級魔法を使えそうな確率は?」
「19パーセント、これは持って生まれた才能で、運も関係ないから」
『攻撃魔法』の特技を取ると、初級80パーセント、中級19パーセント、上級1パーセントのどれを引けるのかという運試しというわけだ。
「上級が取れれば、もの凄い威力の攻撃魔法が使えるけどね」
「1パーセントは酷いわね」
単純計算で、百人に一人の確率でしか上級は引けないわけだ。
「中級で知力が高ければ、魔王にも効果がある。でも初級だと、まず魔王や終盤のボスには通用しない」
ここで何度プレイしても終盤のボスが倒せず、挫折する人間が多いのがシャドウクエストだ。
「じゃあ、どうやって強い敵を倒すの?」
「力を上げるレアアイテムが錬金できるのが終盤なのさ」
魔法が駄目なら、物理で殴ればいいじゃない。
これも、シャドウクエストの特徴であった。
「だから正解は、ステータスの基礎値に補正を入れられる『補助魔法』だね」
基礎値に補正を入れると、レベルに応じて相対的に修正値が上がる。
下手な攻撃魔法よりも、強力な武器でぶん殴った方がダメージが大きいのだ。
「『補助魔法』は地味だけど、特技として取ればほぼ全種類使える。一部特殊な魔法だけ、覚えられるかどうか抽選があるけどね」
「特殊な魔法?」
「ルーラとか、リレミトみたいな魔法だよ」
一度行ったことがある場所に飛んだり、ダンジョンから脱出したり。
これらの特殊な魔法は覚えられるかどうかはそのキャラ次第、でもやはりステータスの運の数値が作用しないという奇妙な設定になっていた。
「『治癒魔法』も同じなんだ」
これも初級の『治癒魔法』しか覚えられないと、魔王には通用しない。
なぜなら、魔王から与えられる大ダメージの回復が追い付かないのだ。
むしろ、傷薬(特大)を大量に持っていった方が役に立つという有様であった。
「魔法が微妙じゃないのよ」
「いや、『補助魔法』は凄いから」
戦闘時にステータスを上げる魔法の威力が、知力の高さに比例するからだ。
特殊な魔法を除き、大半の魔法を覚えられるのがいい。
「『補助魔法』……地味ね……。上級攻撃魔法が覚えられる確信があったら! 見分ける方法はないの?」
「ないです」
ゲームなら中盤くらいに特技の書が入手できるチャンスがあるので、試しに覚えて上級魔法を覚えられなかったら、そこでキャラメイキングからやり直しという方法しかない。
「なんというクソゲー」
「クソゲーなのは認めるよ」
俺は好きだし、同好の志も少数いるが、一般受けしないのは誰よりも理解している。
でも、俺はこのクソゲーが大好きなんだ。
「まあいいわ。レッドホウレンソウを大量に仕入れましょう」
裕子姉ちゃんが頼むと、ジキタンはすぐに大量のレッドホウレンソウを仕入れてきた。
たちまち、錬金作業場の隣にある倉庫小屋がレッドホウレンソウで一杯になってしまう。
本来の作業場は、父親の葬儀から戻ってきたデラージュ公爵家お抱えの錬金術師バートンが使っていた。
実家が遠隔地のため父親の葬儀に出席するため三週間も留守にしていまい、溜まっている仕事を懸命にこなしている状態で、俺たちに構っている暇がなかったのだ。
「これも、細かい設定があるのかしら?」
「あるよ」
組み合わせが単純なので、そうでなければ誰かがとっくに錬金に成功しているはずだ。
ゲームでプレイヤー達が見つけた錬金レシピ、これは設定だとまだ誰も錬金したことがない新しい錬金物という扱いだ。
この世界でも、能力値を上げるレアアイテムはまだ俺しか錬金に成功していない扱いなのだと思う。
「レッドホウレンソウを一万株」
ただしコップ一杯分の魔法薬になるわけだから、主成分が材料ではない。
「レッドホウレンソウは赤いから、赤い色素の部分を使うとか?」
「不正解です」
正解は、わずかに含まれる青の色素部分、レッドホウレンソウはわずかに紫色っぽいので、ごく少量含まれている。
必要量を得るため、一万株ものレッドホウレンソウが必要になるのだ。
「純化を用いて取り出した一万株分の青い成分、純水77ミリリットル……」
「あれ? 100ミリリットルじゃないの?」
「最後の力は、77ミリリットルだよ。誤差が1ミリリットルを超えると、素材がすべてゴミと化します」
「厳しいわね……というか、そんな細かい設定をよく覚えているわね……」
ネット上の設定集を読み漁って覚える。
俺は、それだけシャドウクエストに嵌っていたのだ。
「これを覚えていたから、本に載っている以外の新しい錬金ができるんだけど」
「かもしれないけど、弘樹は普段勉強しないから。叔母さんが無駄なことに頭を使っているって」
「大きなお世話だ。あのクソババアめ」
「でも、私はわかっているから。弘樹はやればできる子だって」
「裕子姉ちゃん、あんたは俺のお母さんか?」
などと、余計な話をしていて気が逸れると失敗するかもしれない。
俺は再び錬金に集中する。
「『純化』したプリン玉が二個と四分の一に、プリン体の核だけを七個、ヒール草の苦み成分を二株分に、薬効成分も一株分。ここで錬金を行う」
ビーカーの中の緑色の液体が一瞬だけ発光し、ようやく最後の力が完成した。
早速鑑定をすると、無事に最後の力の錬金に成功していた。
薬品:最後の力
品質:○
効果:力が1上がる
価値:50000000シグ
「成功だ」
あとは、力が100になる数を量産すればいい。
ついでに、ジキタンに見せるアイテムの錬金もしておく。
「レッドホウレンソウの色素、赤と青両方を千株分、これに純水を87ミリリットル、プリン玉を三個、ヒール草一株に、三グラムのカーツ火山の軽石もよく混ぜて錬金する」
すると、同じく緑色の液体が一瞬発光し、別の錬金物が完成した。
薬品:モリモリ火事場のバカ力
品質:A
効果:飲んだ人の力を二時間だけ25パーセントアップさせる
価値:500000シグ
これは、強力なモンスターとの戦闘で有用なアイテムであった。
戦闘直前に服用すると、二時間だけ力が上がるのだ。
どのくらい上がるのかは、これも品質で決まる。
Eは5パーセントであり、あとは品質が一個上がる度に5パーセントずつ増える。
Sだと30パーセントも上がるので、上級冒険者に需要があった。
「弘樹は、凄いものが錬金できるのね」
ただレシピを知っているだけでなく、ちゃんと設定集を読んでいたおかげだな。
シャドウクエストをこよなく愛する同志たちと、毎日錬金に勤しんだおかげもあった。
「おおっ! このアイテムが作れるのですか! これは凄い!」
ジキタンは、完成したモリモリ火事場のバカ力を見て驚いていた。
これは、能力値を上げるレアアイテムとは違ってすでに世間に普及している。
だが、上級錬金物なので『錬金術』の特技がないと、いくら知力と器用が高くても作れない。
詳しい製造方法も、それぞれの錬金工房や錬金術師で秘匿してしまうので、なかなか入手できないアイテム扱いなのだ。
「こちらは、傷薬などと同じであるだけ売っていただけたら」
ジキタンも、俺が自分にモリモリ火事場のバカ力の作り方を教えるとは思っていないようだ。
金の卵ゆえに、歴史の長い錬金工房は厳重にレシピを秘匿するのを知っていたからであろう。
特技は遺伝しないので、歴史の長い錬金工房は優秀な弟子が引き継ぐケースが多い。
中級までの錬金物は教育次第で作れる人も多いので、オーナー一族の娘に特技持ちの錬金術師を婿として受け入れ、経営や雑用をオーナー一族でサポートすることが多かった。
故に錬金工房の一家だけは、子供が女子の方が喜ばれたりする。
その娘が美人なら、さらに言うことはないそうだ。
婿入りする方としても、嫁は美人の方がいいと思うのが心情なのだから。
「お抱えの錬金術師にレシピを売ってくれと言うのかと思った」
「そうしたい気持ちは勿論ありますが、彼にもプライドがありますから。いやあ、錬金術師というのは取り扱いが難しいですな」
ジキタンの商会で雇っている錬金術師がどんな人かは知らないが、八歳の子供にレシピを教えてもらうのでは沽券に関わるはず。
第一、俺と同じレシピで製造しても、様々な要因で成功率が低いかもしれない。
特に『純化』を持っていない錬金術師は、錬金の特技を持っていても錬金の成功度が低かった。
「いい仕入れ先を得られました。アーノルド様、なにか素材でご用命の際はなんなりとお申しつけください」
「じゃあ、早速お願い」
力を上げるレアアイテムの錬金に成功した以上、あとは素早さだけだ。
素早さは何よりも重要なステータスだ。
先制攻撃できるだけで、これ以上に有利なことなどないのだから。
加えて、素早さが敵の倍以上あると、プレイヤーは二回行動ができる。
三倍以上だと三倍なので、素早い方が圧倒的に有利であった。
敵の半分しか素早さがないと、逆に敵に二回攻撃されるけど。
「レッドバードの羽が大量に欲しい」
「あっはい。それなら簡単に手に入りますよ」
レッドバードは、初級と中級の間くらいの強さを持つモンスターであった。
ゲームだと一匹倒して経験値が5なので、そこまで強くはない。
人里離れた森に行けば、一日で百匹以上と出会えるはずだ。
「レッドバードの羽は、織物の素材として一般的ですからね。冒険者が大量に持ち込むのですよ」
それほど高くはないが、数を集めれば稼ぎの足しくらいにはなるからだ。
なにより、レッドバード自体がそれほど強くない。
「明日にもお持ちいたしますので」
段々と対応が早くなってきたな。
お得意さん認定されているのであろう。
そしてジキタンは約束を守り、翌日には大量のレッドバードの羽を納品してくれた。
「素早さを上げるアイテムの材料が羽?」
「正式には、胸の部分に生えている柔らかい毛だね」
レッドバードは、翼の部分の羽と、胸の部分の柔らかい羽を落とす。
共に、錬金材料であった。
これで布を織り、布製装備の素材にするのだ。
「使うのは、この胸の部分の柔らかい羽だ」
まずは、レッドバードの胸の羽をシャーレの上に載せる。
次に、念入りに摺り鉢で摺り降ろして粉末にしたカーツ火山の軽石、ヒール草の苦み成分、レッドホウレンソウの青色素、未消化の部分を取り除いたワイルドラビットの糞を羽に塗す。
すべての素材は『純化』をし、ゴミや特定成分のみを取り出していた。
最後に極少量の純水で羽を濡らしてから、錬金を行った。
ちゃんと発光したので、これも成功だ。
薬品:快速の羽
品質:○
効果:素早さが1上がる
価値:50000000シグ
鑑定をすると、ちゃんと完成している。
「あとは、ジキタンが喜びそうな錬金をするか」
まずは、自動インクペンを作ろうと思う。
これも、ただ作れて売れるだけのアイテムであった。
材料は、レッドバードの翼の部分の羽、インク、純水のみである。
『インク』は記録用の日記に書き込むという意味合いで、セーブに使うアイテムとなっていた。
セーブが有料なのもシャドウウエストが不評な原因の一つであったが、一個100シグなのでそこまで目くじらを立てる必要はないのにと、俺は思っていたけど。
なにしろシャドウクエストには、もっと文句を言いたくなるゲームシステムが存在するのだから。
道具:自動インクペン
品質:A
効果:インクをつける必要がない羽ペン
価値:50000シグ
はっきり言って、ゲームでは必要がないアイテムだ。
換金用アイテムとしても微妙で、大半の人は錬金したアイテムとその説明が表示される錬金ノートをすべて埋めるために錬金するのみであった。
インクを使っているのだから自動インクペンでセーブできないのかと思ったが、なぜかセーブには使えなかった。
正直なんのためにあるアイテムなのか不明だ。
「次は……」
モリモリ火事場のバカ力の素早さバージョンであった。
服用後、二時間だけ素早さをあげてくれる。
作り方は、同じくシャーレ乗せたレッドバードの胸の羽に、レッドホウレンソウ二個分の赤と青の色素、ヒール草一本分の薬効成分、作っておいた毒消し一つ。ただしこれは、品質がB以上でないと駄目だ。
羽にこれらの素材をよく塗し、微量の純水でのばしてから錬金をする。
すると、発光の後にアイテムが完成した。
薬品:びゅんびゅん羽
品質:A
効果:飲んだ人の素早さを二時間だけ25パーセントアップさせる
価値:500000シグ
「これで、ひとまず終わりだぁーーー」
あとは必要量を作って、俺のステータスをオール100にすればいい。
「弘樹」
「どうしたの? 裕子姉ちゃん」
「これ、羽だから飲みにくい。水がないと喉や食道に張り付きそう」
「確かに、羽だから飲み込みづらいよなぁ……」
それでも水があれば大丈夫だったので、俺は無事に全ステータスを100にすることに成功したのであった。




