第十八話 豆な行動薬
「次よ次」
「次は、器用かなぁ……」
知力を上げる糞の知力増強剤の確保に成功したので、今度は他の能力値を上げるアイテムの錬金だ。
次に簡単に作れそうなのは、器用を上げる『豆な行動薬』であろう。
変なアイテム名であるが、飲めば器用の基礎値が上がる。
これを上げると、ますます錬金の成功率が上がるからいい。
「材料は、コマ豆と、カーツ火山の軽石、純水、ヒール草だな」
「今度はそれほど不味くなさそう。器用でマメだから豆って駄洒落みたいだけど……」
俺が決めたわけじゃないので、もしツッコミたかったらゲームの開発者に言ってほしいと思う。
コマ豆は、大豆が少し小さくなったような豆だ
比較的どこでも栽培されているが、錬金材料なので調理して食べる人は少ない。
食べられないわけじゃないけど、大豆の方が美味しいからだ。
ゲームだと、お店で簡単に購入できる。
カーツ火山の軽石は、カカトの角質を削る軽石の材料になる。
よくお風呂場にあるやつだ。
他にも、石炭と一緒で武器に使う金属の錬金にも使った。
やはりどちらも、それほど高いわけでもない。
「コマ豆は千粒、カーツ火山の軽石は百グラム、純水百ミリリットル、ヒール草。これで一個作れる」
「早速ジキタンに頼みましょう」
「そうだね」
「弘樹、なにか腑に落ちない点でもあるの?」
「あるといえばある。この世界って恋愛シミュレーションゲームの世界なのに、ヒロインがいないね」
自分の屋敷で出会えた女性キャラは、母とレミーのみ。
しかも共に、四十歳近いオバさんだ。
次に出会えたのは、中身が裕子姉ちゃんのローザ様。
俺も、十五歳くらいまでには彼女が欲しいと、世間一般の男子と同じような野望を抱いていた。
「ヒロインがいない?」
「今の時点ではね。あともう一つ……」
必要とはいえ、俺はどうして錬金ばかりしているんだ?
ゲーム違いも甚だしいと思うのだ。
「そんなことを気にしても仕方がないじゃないの。今は、明日に向けて頑張ればいいの。わかった?」
「はい……」
今外見は同じ年齢なのだが、中身は裕子姉ちゃんの方が二個上だし、昔から俺は年上である彼女の指示に従うことの方が多かった。
別に嫌じゃないのだけど、多少モヤっとした気持ちがないとは言えない。
でも、今の俺は八歳でしかない。
きっともっと大人になるか、学園に入学すれば彼女とかもできるはずだ。
うん、きっとそうだ。
「素材をジキタンに注文しましょう」
「はい、次の素材ですね。これも、簡単に手に入ります」
裕子姉ちゃんが頼むと、ジキタンはすぐに素材を準備してくれた。
「この大量の濾し布は?」
「必要なんだよねぇ……」
ゲームだと、材料の種類と量を選択するだけだが、この世界では自分で作業しなければいけないことが多い。
素材の数分けはいつものこととして、豆な行動薬を作るためには少し面倒な作業が必要だった。
「弘樹、ゲームの設定なのによく実際の作業工程がわかるわね」
「WEB上に設定集があって、読んだことがあるから」
「あのクソゲーの設定集に需要なんてあるんだ」
「極一部のマニアにはね」
前に入手した錬金の本には、基礎的な錬金物の製造方法しか記載されていない。
この手のレアアイテムの製造方法は、ネット上で公表されていたレアアイテムに関する設定集からの知識だ。
このように、ゲーム本編にではなく周辺知識に無駄な労力を使うシャドウクエストが、世間でクソゲー扱いされても仕方がない理由でもあった。
「まずは、コマ豆をひと晩水に浸します。浸す水は、純水の方が成功率が上がるから純水で」
「なんか、豆腐や豆乳を作るみたいね」
「作り方は似ているね」
もう一つの素材である軽石は、擂粉木で粉々にする。
カーツ火山の軽石は、すり鉢で摺れば簡単に粉々になってしまう。
「完全に砂にしないでね」
「わかったわ」
純水にひと晩浸したコマ豆も摺り潰し、ここに砕いたカーツ火山の軽石を入れてよく混ぜる。
ここにきっちりと量を計った純水と必要量のヒール草の苦み成分を入れ、よく溶かしてドロドロにするのだ。
「で、これを濾し布で濾せば終わり」
「豆乳じゃないの?」
「似て非なるものです。濾す時に錬金する必要があるし」
豆な行動薬は一度に十個くらい同時に作れるのが、他の錬金アイテムよりも楽かもしれない。
ただ、どんなに慎重に作業しても、十個に一個から二個は失敗してゴミになってしまう。
素材は余裕を持って注文してあったので、豆な行動薬は無事に必要量が完成した。
薬品:豆な行動薬
品質:○
効果:器用が1上がる
価値:50000000シグ
『鑑定』の結果、品質に問題がないことが判明する。
「早速味見ね」
「では」
俺と裕子姉ちゃん、完成した豆な行動薬を一気に飲み干した。
無事に二人の器用が1上がる。
味も無調整豆乳みたいなので、これなら普通に飲めた。
「豆な行動薬も成功。あとは……」
「ジキタンを誤魔化す錬金物か」
「弘樹、大丈夫?」
「余裕」
なにしろ、無駄な錬金物が異常に多いシャドウクエストなので、豆な行動薬を誤魔化すための錬金物は多数あった。
その中の二つくらいをジキタンに販売しておけばいい。
「まずは、偽肉」
「ダイエット用?」
「そう」
大豆を使った偽肉は存在するが、コマ豆を使うともっとカロリーをカットし、本物の肉のような偽肉が作れる。
庶民には必要ないと思うというか、こればかり食べていると栄養不足になると思う。
当然価格も高いので、ダイエットがしたい富裕層向けの品だな。
「コマ豆を純水にひと晩浸してから擦り降ろす。純水は極力加えない。これとプリン玉、似せるお肉を少しだけ混ぜます。配合比は、87対11対2です。計り間違えのないように」
「なによ、この微妙な調合比は?」
シャドウクエストでは特に珍しくもない。
実は、簡単に手に入る素材で作れる錬金物は多いのだが、この調合比がわからなくて大分後にならないと作れない品は多かった。
しかも、作れたからってなんだという品も多いのだ。
「完成」
薬品:偽肉(牛)
品質:A
効果:ダイエットにいい
価値:グラム5000シグ
鑑定すると、なかなかの品ができあがった。
見た目も、普通の牛肉と見分けがつかないほどだ。
なお、材料として使った少量の牛肉は裕子姉ちゃんが屋敷から持ってきた。
いい肉を材料にするといい偽肉が完成するのは、結果を見てもらえばよくわかるというものだ。
「これ、豆を使っているから意外とカロリーがあるんじゃないの? 霜降ってるし」
「大豆原料の偽肉とは違うよ。これは錬金物だから」
コマ豆は、あくまでも錬金素材だ。
だから、大豆とは栄養価などがまるで違う。
「この肉だけ食べていると、確実に栄養失調になるもの」
しかも、この偽肉は非常に腹持ちもよかった。
肉にしては高価な錬金物なのだが、富裕層でダイエットをしたい層には売り物になるはずだ。
ゲーム中だと、作ってもあまり意味のないアイテム、死にアイテムに分類されていたが。
プレイキャラにダイエットなんて必要ないから当然か。
「カロリーがほとんどないのはいいわね。私も食べてみようかしら?」
裕子姉ちゃんも、昔は必要性もないダイエットに勤しむことが多かった女性だ。
その割には、食事を制限してデザートを食べるというような微妙なダイエットだったけど。
だが、今は必要ないのではないかと思ってしまう。
なぜなら、今の裕子姉ちゃんは八歳の子供でしかないからだ。
「ここで無理にダイエットすると、このまま成長しないかもよ」
「しまった! 今の私はローザだったんだ!」
いや、裕子姉ちゃん。
それは忘れないでくれ。
「体が大人になったら必要なのよ」
それは、俺にはわからないな。
ゲームのローザって、実は太っているのかな?
「カーツ火山の軽石は、なにに使うの?」
「お肌すべすべ軽石」
「微妙なネーミングね……そもそもRPGゲームに必要なアイテムかしら?」
「それを言われても困る」
なぜそんなアイテムが作れるのかといえば、それがシャドウクエストだからとしか言いようがない。
実際錬金できるようになっても、本編ではなんの役にも立たないのだから。
換金アイテムとしても、作る手間を考えると微妙な線であった。
「どうやって作るの?」
「まずは、カーツ火山の軽石の形を整えます」
これは、変な形をしていたら製品にならないからだ。
ゲームでも作業している設定なんだが、思いっきり意味がない作業だと思う。
「形を整えたカーツ火山の軽石を容器に入れ、水で浸します。純水の方がいいのは今さら言うまでもないです。ここに、擦り潰したプリン玉とヒール草を入れて純水とよく混ぜます。あとは錬金をして終わり。勿論、軽石、純水、プリン玉、ヒール草の配合比は間違えないように。純化で、成功率と品質が上がるのは言うまでもありません」
手早く作業を行い、錬金をかけるとお肌すべすべ軽石は完成した。
道具:お肌すべすべ軽石
品質:A
効果:お肌がすべすべになる。錬金効果で垢や角質を削りすぎない効果がある。
価値:20000シグ
鑑定すると、ちゃんと錬金に成功していた。
「お風呂に置く軽石に、二万シグは高いわね」
「裕子姉ちゃん、今は公爵様の三女なんだから、庶民癖を直さないと」
「嫌よ。没落しても贅沢癖が抜けないと、破滅まで一直線だもの」
裕子姉ちゃんは、意地でも贅沢な暮らしには慣れないと宣言する。
「これ、錬金物だから効果が持続する期間に限界があるわよね?」
「一年くらいかな?」
それが終われば、庶民の家のお風呂にも置いてあるカカトの角質を削るただの軽石に戻ってしまうのだ。
軽石に毎年二万シグを出せるのは、やっぱり富裕層だよなぁ……。
「まあいいわ。お母様が美容のために購入するかもしれないから」
裕子姉ちゃん、自分では買わないけど、デラージュ公爵家で購入したらちゃんと使うのか……。
しっかりしてるな。
「早速ジキタンに売り込みよ!」
「ほほう、富裕層向けの高級品ですな。これは他国にも売れるので是非ほしいですね。はい。ローザ様、契約の方は万全でございますよ」
偽肉とお肌すべすべ軽石を見たジキタンは微笑みを絶やさず、すぐに俺と契約を結んで製造方法を聞き出した。
この二つもジキタンの商会で量産が始まり、他国にもよく売れて俺に多額のロイヤリティーをもたらすことになる。