第十七話 換金アイテム
「弘樹、なにを作っているの?」
「大量に素材を購入したから、一応成果を出しておこうと思ってね」
「成果かぁ。あれば、お父様も錬金作業場を自由に使わせてくれるか……」
「そういうこと」
翌日、俺と裕子姉ちゃんは錬金作業場で作業をしていた。
このところ、ろくに勉強もしないでここに籠りきりだが、デラージュ公爵はなにも言わずにニコニコしている。
ちょっと不気味なので裕子姉ちゃんに聞いてみたのだが、彼女は気にしないでいいわよと言うだけであった。
随分と素材の代金を負担してもらっているし、なにか成果を出しておいた方がいいであろうと、今日は通常の錬金に勤しんでいたのだ。
能力値を上げるアイテムを作れるのが他人に知られてしまうと困るので、カモフラージュの発明をしているわけだ。
「そんなに簡単に作れるの?」
「作れるよ」
シャドウクエストでは、製造できる錬金物の種類が異常なまでに多い。
ただし大半が換金アイテムで、ゲーム攻略には直接役に立たないので死に設定扱いだ。
必要な部分が薄く、必要のない部分が手厚く作られている。
だからシャドウクエストは、クソゲー扱いされるのだ。
その無駄な部分にハマった一部マニアが、俺たちのような存在だったのだけど。
「たとえばこれだね」
「透明の液体ね」
「そう、これは味なし傷薬だね」
傷薬に甘味などを加えようとすると、すぐに効果がなくなってしまう。
だが、苦みをなくした無味の傷薬なら錬金で作れた。
「これは、プリン玉のゼリー部分一個半分と、完成した傷薬を錬金して完成する」
勿論、プリン玉のゼリー部分は『純化』した方がいい。
せっかく完成した傷薬の品質が落ちるか、効果がなくなってゴミになってしまうからだ。
「これ、ゲームだと意味あるのかしら?」
「ないよ」
ゲームのキャラは、傷薬が苦くて不味いなんて苦情は言わないので、わざわざ余計な手間をかけて作る必要がないのだ。
つまり、完全な死に設定というやつである。
こういう死に設定が多く、逆に本編に色々と問題があるのが、クソゲーの王たるシャドウクエストの特徴であった。
「高く売れるのでしょう?」
「普通の傷薬を二個作った方が儲かるけどね」
「そこまで高価ってわけではないのね」
換金アイテムにしては、そこまで付加価値が上がるわけではないのだ。
手間を考えると、傷薬を二個作って売った方が儲かると思う。
「次は、美強化紙」
これも換金アイテムだ。
普通の紙と、純水、ワーラビットの糞、クズ玉を材料に錬金を行う。
すると、美しく、書きやすく、普通の紙の数十倍も長持ちする紙が作れた。
ただ、ゲームだと一部防具の材料にしかならない。
ほぼ換金アイテムでしかないのだ。
「なるほど、これを研究していたことにするのね」
「そういうこと」
早速俺は、完成した味なし傷薬と美強化紙をデラージュ公爵家の御用商人であるジキタンに見せた。
「この味がない傷薬はいいですね。傷薬はとても苦い。飲みにくいのでなんとかしてくれという苦情が多かったのですよ」
ゲームキャラは傷薬の不味さに文句なんて言わないが、人間なら文句を言う者がいて当たり前だ。
俺も実際に飲んでみて、もの凄く不味いと思っていたから。
「この紙もいいですね。書籍を著述する工房で売れます」
この世界では印刷技術が存在せず、本はすべて手作業で書かれていた。
当然高価であるし、せっかく書いた本が長持ちした方がいいのは当然で、美強化紙には大きな需要があると商人は言う。
「大量に欲しいところですが、となると製造方法を売ってほしいですね」
製造方法の販売か。
こういう権利関係の契約って、元高校生でしかなかった俺にはわからないんだよな。
どうしたものか。
「ジキタン、ちゃんとした契約じゃないと駄目よ」
「勿論でございます、ローザ様。アーノルド様とは、これからも長いお付き合いになるのですから」
「売れた数に比例して使用料を支払う契約がいいわね。別に数を誤魔化してもいいけど、その場合はデラージュ公爵家の御用商人が変わってしまうかもしれないわね」
「それは恐ろしい。確実に契約は履行いたしますとも。契約書は二通用意いたします。一通はお持ちいただくということで」
「それでいいわ」
まったくもってさっぱりわからないので、俺は頭がいい裕子姉ちゃんに交渉を任せてしまった。
結構キツイことを言っているのに、ジキタンという御用商人は笑顔を崩さない。
公爵家の御用商人ともなると、肝が据わっているようだ。
「うちで抱え込んでいる錬金工房で、完全秘密で錬金させます。アーノルド様は、これからも傷薬などを卸していただけると助かります」
契約書を確認してみるが、味なし傷薬、美強化紙と共に、製造して一つ売れるごとにライセンス料が入ると書かれていた。
この中世ヨーロッパ風世界で特許制度のようなものが認められるのかと心配になったが、そこはデラージュ公爵家の力というわけなのであろう。
「おかげさまで、いい契約が結べました。これからもよろしくお願いします」
味なし傷薬と美強化紙の製造方法を聞いたジキタンは、上機嫌で自分の商会へと戻っていく。
それからすぐに二つのアイテムは量産され、味なし傷薬は傷薬の苦みが苦手な人に、美強化紙も本を作る工房で大量に売れるようになる。
俺もその販売数に比例して、ロイヤリティーを得ることができるようになったのであった。