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第十六話 糞の知力増強剤 

「おはよう、ローザ」


「おはようございます。お父様」




 昨日は傷薬の試飲しすぎで夕食を食べられなかったローザであったが、今日は元気一杯のようだ。

 いつもどおりに朝食をとってから、錬金作業場へと出かけようとしていた。


「ローザ、アーノルド君はどうかな?」


「お父様、彼は私のものですわよ」


「なるほど、彼はローザのものなのか」


 ローザはあの誕生日兼お披露目パーティー以降、アーノルド君が一番のお気に入りだ。

 彼は王族の血を引いているとはいえ、格下の子爵家の跡取り。

 ローザの結婚相手としては爵位が足りないと思っていたのだが、『錬金術』の特技持ちとは驚きの事実であった。

 彼は自分が『錬金術』の特技持ちだとは公表していないが、品質Aの傷薬が連続して作れるのだから間違いない。


 ならば年も同じだし、ローザの婿としては十分に釣り合いが取れる。

 ローザもまだ八歳だが、姉たちよりも圧倒的に賢い娘だ。

 暫く勉強などしなくてもいいし、アーノルド君も頭がいいとホッフェンハイム子爵も言っていた。

 今彼は、うちの錬金作業場で錬金という子供の勉強よりも遥かに高度なことをしているのだ。

 無理やりうちで用意した家庭教師と勉強させるだけ、時間の無駄であろう。


 ローザに至っては、四歳の時点で学園入学時に必要な学力はクリアーしてしまっている。

 貴族としてのマナー教育なども、すぐに教えることがなくなってしまった。

 それよりも今は、アーノルド君に余計な虫がつかないようにローザと常に一緒にいさせるべきだ。


「うちのジキタンが、懸命に錬金材料を集めているようだな」


 我が家の御用商人であるジキタンも、アーノルド君の才能に目をつけたようだな。

 彼の錬金物を買い取り、錬金に必要な素材の仕入れを急いでいる。

 ジキタンは口も堅いので大丈夫であろう。


「お父様、私、アーノルドさんのお手伝いで忙しいので」


「それは引き留めて悪かったね。アーノルド君と仲良くな」


「はい」


 いくら我が三女とはいえ、嫁ぎ先で悩むこともあったローザ。

 アーノルド君という素晴らしい婿殿がいてよかった。

 ホッフェンハイム子爵夫妻も前向きらしいから、今のうちに話を決めてしまおう。

 余計な邪魔が入らないうちに。





「昨日は、お腹がタプンタプンだったわ」


「裕子姉ちゃん、八十七個の体力上昇青汁を一度に飲んでしまうからだよ」


 体力上昇青汁は、一つ百ミリリットルほどだ。

 八十七個だと八.七リットルなので、テレビでたまにやっている大食い女王選手権の選手並に体力上昇青汁を飲み干したわけだ。

 少なくとも、俺にはできる芸当じゃない。


「だって、どんどん体力が上がるんですもの。もう100になったわよ」


「俺もなった」


 四十五個を二日で割れば、一回で二リットルほどだ。

 男なら飲み干せないこともない。

 後味は最悪だし、勿論お腹がタプンタプンになったけど。


「これで体力はカンストしたわ。次は?」


「次は、知力かな? 材料の入手しやすさから考えて」


 運は能力値のタネで上げるしかないが、他の能力値は上昇させるアイテムを錬金可能である。

 ゲームだと情報がなかったので、数少ないプレイヤーが気が遠くなるほどの試行錯誤の末にレシピを発見した。

 シャドウクエストのプレイヤーは少なかったが、その分マニアックな連中が多かったのだ。


 俺は、その極め組に所属し、能力値アップのアイテムレシピは発見できなかったが、他の錬金物ならいくつか新しいものを発見している。

 これも、あとで材料があれば錬金しようと思う。


「知力を上げるアイテム? いいじゃない。私って、実は『賢者』の特技を持っているんだ」


「えっ! 裕子姉ちゃん! 『賢者』を持っているの?」


「そうよ! これで攻撃魔法も、補助魔法も、治癒魔法も思いのままよ」


「……」


「あれ? どうしたの? 弘樹」


「『賢者』って、魔法は使えないよ」


「えっ?」


 俺が裕子姉ちゃんに対し残酷な現実を伝えると、彼女の目は点になった。

 そんなわけがないという顔をしている。


「だから、『賢者』は知識に関する特技だから。知力の基礎値にも補正は入るけど……」


 知力が上がるので、魔法関連の特技も併せて持っていれば、その威力は大幅に上がる。

 ただし、『賢者』しか持っていないと、ただの頭のいい人扱いでしかない。

 俺の錬金を手伝えているから、決して無駄な特技ではないのだが、シャドウクエストでは外れ特技と呼ばれていた。


「だって、○ラクエだと『賢者』って魔法使いと僧侶の魔法が両方使えたじゃない」


「ゲームが違うから……」


 シャドウクエストだと、『賢者』は賢い人でしかない。

 魔法は関係ないのだ。


「あーーーっ、もう! シャドウクエストって本当にクソゲーね!」


 間違いなく俺もそう思うよ。

 世間的な評価としては。

 

「魔法を覚えたいわ」


「なら、特技の書を探すしかないね」


 『鑑定』の特技を持たないと、永遠に気がつけないと思うけど。

 通常の本に、まれに紛れているくらいだからなぁ……。


「弘樹が、本が沢山ある場所を探せば見つかるの?」


「かもしれないけど、これは運の要素が大きいよね。裕子姉ちゃんと一緒に探すと、逆に見つかる確率が低くなる」


 二人で行動すると、運の平均値を下げてしまうからな。


「実は、デラージュ公爵邸を『鑑定』で探ってみたけど、なにもなかったね」


 置かれている芸術品などは、うちとは比べ物にならない高価な品ばかりだったけど。

 偽物も一つもなかった。

 さすがに、デラージュ公爵家に出入りしている美術商が偽物を売るはずがないか。


「ううっ、特技持ちだから喜んでいたのに……。でも、錬金はできたわよ」


 『純化』と『錬金術』は補助魔法扱いの特技なのだが、シャドウクエストの設定だと魔法が使えない人でも魔力は一定量持っている。

 他にも、少々魔力を使う特技も存在するので、それの消費に使われるのだ。

 実は『鑑定』も、『補助魔法』扱いの特技である。


「知力が高いと、自然と魔力が上がるからね」


 ゲームじゃないからHPとMPが表示されないのは辛いけど、俺はステータスとレベルで計算できるからそこまで困っていなかった。

 ただ、もしモンスターや人からダメージを受けた時、どの程度負傷したかは体感で察知するしかない。

 早めに傷薬や治癒魔法を使って万全を期さないと、なにかの間違いで死んでしまうこともあるわけだ。

 HPとMPの表示画面がないと大変だけど、、それが現実ってものだ。


「特技の書ね……今度、王城の書斎に案内してあげるわ。今は知力を増やすアイテムよ」


「これも材料は比較的入手しやすいけど、気分的な問題があるアイテムだね」


「どういうこと?」


「それはね……」


 知力の基礎値を上げるアイテムの名は、『糞の知力増強剤』。

 その材料は名前のとおり、モンスターの糞である。

 あとは吐き出したクズ玉、これは特定のモンスターが食べた虫の羽や足、目玉など胃液と合わせて吐き出すボール状の物体であった。

 ゲームだと、モンスターの糞やクズ玉もアイテム扱いで、武器の強化などに使うことも可能であった。


「うげぇ……そんなのを飲まないと駄目なの?」


「能力値のタネがあれば大丈夫」


「そっちは、運が最優先よ」


 他に、運の基礎値を上げるアイテムは存在しないからなぁ……。


「これも、あの商人から入手するの?」


「入手はそれほど困難じゃないと思う。そこまで需要がある素材でもないから、値段ももの凄く安いはずだよ」


 下手をすると、プリン玉と同等か、相場によってはそれ以下かもしれない。

 換金アイテムなのに、売値が安い肥料しか作れないからだ。

 この肥料も、ゲームだと完全に死にアイテムである。

 ワーラビットを倒すと必ず糞が手に入るのだが、初心者以外は拾いもしなかった。


「フンは、下級モンスターであるワーラビットの糞だね」


 ウサギの糞なので、コロコロしているわけだ。


「それを千粒、クズ玉は鳥系の魔物の物なら大丈夫。これは百個。あとは純水とヒール草の苦み成分だけだね」


 このヒール草の苦み成分は、『純化』がないと抜き出せない。

 ゲームだと、どうしてそんな成分を抜き出せるのか?

 最初、プレイヤーはみんなわからなかった。

 あとで、能力値を上げるアイテムの材料であることが判明したわけだ。

 

「特技の書は、本を『鑑定』しまくるしかないわよ。それよりも、先に知力を上げましょう」


「先にできることをしておいた方がいいよ」


 というわけで、再びデラージュ公爵家の御用商人を呼び出した。


「アーノルド様は、私が予想だにしない素材ばかりを大量に欲しがりますね。私は、もっと高価で貴重な素材を大量に必要とされると思っておりました」


「勿論必要があれば頼むことになると思います。ですが、錬金とは基礎が重要。素材の価格と錬金される物の価値が必ずしも比例するとは限りません」


「確かに、アーノルド様の仰るとおりですな」


 シャドウクエストでは、意外と高価な錬金物に限って安い素材が使われていたりする。

 錬金物の組み合わせはとても多く、俺も全種類覚えるのに苦労した。

 死に設定の錬金物が多く、シャドクウエストはクソゲー扱いされた一面でもあるんだが……。


「ワーラビットの糞と、鳥系モンスターのクズ玉、ヒール草ですか」


 ヒール草は自分でも集めていたが、さすがに錬金しすぎて在庫が切れてしまった。

 そこで、商人に仕入れてもらうことにしたのだ。


「すぐに入手可能だと思います」


 御用商人の言っていたことは間違いなく、注文した素材は三日ほどで届いた。


「まったく臭くないわね」


「乾燥すると臭いは消えるからね。さあ、また数分けしないとね」


 俺と裕子姉ちゃんは、ワーラビットの糞と、鳥が吐き出した虫の残骸入りの玉を何度も数えながら仕分けた。

 肉食獣の糞なのに、乾燥したワーラビットの糞はまるで臭わなかった。

 実はこのワーラビットというモンスター、ウサギなのに肉食だったりする。

 お腹が空くと、草も普通に食べるのだが。


「糞の知力増強剤は、ワーラビットの糞が千個、クズ玉が百個、純水が百ミリリットル、ヒール草の苦み成分で一個作れる」


 ゲームだと、水の量もカーソルで指定しないといけない。

 量を間違えると、必ず失敗する。

 純水じゃないと、これもまた成功率が大幅に下がる。

 地味な特技だが、『純化』は必ずあった方がいい特技なのだ。


「試しに作ってみてよ」


「いいよ」


 まずは、ワーラビットの糞を純化する。

 未消化である草の残骸などを取り除き、純粋な糞の成分だけにするのだ。

 クズ玉も同じく、胃液成分と消化された虫の成分だけに純化する。


「見ているだけで汚いわね……」


 これ、ゲームだとプレイヤーは文句も言わずに飲むけど、実際に現物を見ると凄い。

 不味そうとかいうレベルを超えて、『本当に飲めるのか?』という疑問を感じてしまうほどだ。


「この液体に純水、ヒール草の苦み成分を入れて錬金します」


 魔力を篭めると、液体が一瞬光ってから完成した。

 早速、『鑑定』をしてみると……。


薬品:糞の知力増強剤

品質:○

効果:知力が1上がる

価値:50000000シグ 


 品質が○なので成功である。


「これを飲めば、知力が1上がります。裕子姉ちゃん、先に飲む?」


「飲む」


 おおっ! 

 この糞色で、体力上昇青汁を上回る不味さを誇りそうな液体を俺よりも先に飲むのか。

 もの凄い度胸だ。


「無理しなくてもいいよ。男の俺が先に飲んでも」


「ううん、私は弘樹を信じているから。勉強とは、勉学を強いられるという意味だから辛いものなのよ。だから、知力を上げる薬が不味くても、これは試練なのよ」


 と言ってから、裕子姉ちゃんは一気に糞の知力増強剤を飲み干した。


「……」


「どう?」


 裕子姉ちゃんは、微動だにしない。

 顔色も、心なしか少し悪いような気が……。


「……」


「裕子姉ちゃん、大丈夫か?」


「大丈夫……知力は上がったわ」


 裕子姉ちゃんは、手の平から出したカードで知力の上昇を確認した。


「効果はあるけど、体力上昇青汁なんて目じゃない不味さよ。一日一個が限界……」


 一日で八十七個の体力上昇青汁を飲み干した裕子姉ちゃんに、そこまで言わせるとは……。


「俺も試しに……なんじゃこりゃ!」


 臭いはそれほどないはずなのに、飲むと鼻腔の中を糞の強烈な臭いが突き抜ける。

 味も、体力上昇青汁を上回る苦さだ。

 いくら知力が上がるにしても、これは一日一個が限界であろう。


 ゲームだと、プレイヤーが命じればキャラクターがなにも言わずに飲んでくれるけど、実際に飲んでみると酷い味である。

 実は毒薬でしたと言われても、違和感のない薬だ。


「私の部屋に置いて、一日一個ずつ飲みましょう」


「そうだね……」


 必要な数の糞の知力増強剤は完成したが、あまりの不味さに飲むのは一日一個にしておこうと決意する俺と裕子姉ちゃんであった。

 なるほど、知力を上げるには大きな試練があるわけだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 0を数えるのが、いい加減嫌に為る。 4桁毎に、「、」を入れて見易くして、億、万、千、でもいい
[一言] てっきり、舌が麻痺するほど糞甘い、サクランボ味の炭酸の方かと。
[良い点] ひでえ〜 知力を上げる為とはいえ ものすごく不味そう。 1日1個も納得できますね。 こんなのを2ヶ月以上も飲み続けるとは 大変だな〜 同情しますね。 [一言] おっ! 婚約が決まりそう! …
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