第十四話 デラージュ公爵領にて
「どう? デラージュ公爵領にもプリンの大発生地があるのよ。プリンは農地によく湧く。デラージュ公爵領には、王都に穀物を供給する穀倉地帯を持っているから」
「なるほどね」
俺の従姉である裕子姉ちゃんがローザに憑依していた事実を知ってから一週間後、俺たちは王都北方にあるデラージュ公爵領内の草原にいた。
彼女がゲーム開始前までに強くなりたいというので、俺がレクチャーをすることになったのだ。
最初俺は断ったんだが、裕子姉ちゃんの卑怯な手段によって引き受けなければいけない状態に追い込まれた。
それは仕方がないとしても、公爵令嬢である裕子姉ちゃんがどうやって外でモンスター討伐を行うのか?
俺は物理的に不可能だから断ったのだが、裕子姉ちゃんはとっくに父親であるデラージュ公爵を動かしていた。
『おおっ! アーノルド君がローザの遊び友達兼学友になってくれるのか!』
どういう風に吹き込んだのかは知らないが、俺は晴れて暫くデラージュ公爵領で住むことになってしまった。
両親はとても喜んでいる。
なにしろ、陛下の姪であるローザ様のご学友だからな。
上手くすればホッフェンハイム子爵家に嫁入りしてくれるかもと、二人は喜んで俺を送り出した。
俺はまさに、売られていく子牛のようである。
定期的に里帰りはできるようになっていたが、ここからホッフェンハイム子爵邸までは馬車で三日以上はかかる。
屋敷に戻れるのは、年に数回程度であろう。
「確かにプリンが一杯いるな」
「倒しても倒してもキリがないそうよ」
そりゃあ、プリンだものな。
有名RPGではスライム扱いの雑魚でしかない。
倒しても倒しても次から次へと増殖するのだ。
「これを倒してレベルアップをするのね?」
深窓の令嬢であった裕子姉ちゃんのレベルは1。
プリンを見たことはあっても、倒したことがなくて当然だ。
「倒してもいいけど、レベルは上げない方がいいよ」
「どうして? レベルが上がれば強くなるのは、○ラクエや○Fでもそうじゃない」
裕子姉ちゃん、主人公の男性キャラが気に入れば○Fもプレイするからな。
ゲームシステムは理解している。
だが、この世界の成長システムはシャドウクエストだ。
通常のRPGの法則など通用しないのだ。
「簡単に説明しておくよ」
俺は裕子姉ちゃんに、シャドウクエストの成長システムの概要を説明した。
「えっ? レベル1の段階で基礎ステータスを上げた方がいいの?」
「レベルを上げれば強くなるけど、強くなり方が全然違うよ」
レベル1の時に、あるステータスの数値が100と10の人がいたとする。
同じくレベルアップごとに五パーセントずつステータスが上がるとしよう。
「100の人は105になり、10の人は10.5ね」
「それで、それがずっと続きます」
「レベルが上がれば上がるほど致命的な差になるわね……」
初期の基礎ステータスを成長させず、なにも考えないでレベルを上げて攻略を進めると、ほぼ途中で強力なボスキャラに勝てなくなる。
それでも中盤までは、レベルアップを繰り返せばなんとかなる。
問題は後半以降だ。
「レベルが上がり続ければ、段々とレベルアップに必要な経験値が膨大なものになっていく」
「後半でボスに詰まったら、やり直し案件ね……」
途中で多少能力値を上げるアイテムで強化したところで、成長に補正が入るのは次のレベルアップからだ。
つまり、レベル1の状態で自分をどれだけ強くしておくかが、このゲームの攻略の鍵なのだ。
「よかった。なにも考えないでレベルアップしないで。でも、能力値ってどうやって上げるの?」
「能力値のタネというアイテムと、錬金で作れる特殊な魔法薬だね。装備品で基礎ステータスを補正するものもあるけど、これは外すと数値が元に戻ってしまう」
「能力値のタネなんて、お父様でもそう簡単に手に入らないわよ!」
冒険者がたまたま見つけても、自分の命が惜しいから使ってしまう。
市場に流れるケースが少ないのだ。
『鑑定』の特技持ちが認識できる隠れたタネの方は、『鑑定』持ちが少ないので認識されないケースが大半だ。
認識されないまま食べられてしまうと効果がないので、結局手に入りにくいわけだ。
「隠れたタネ? 弘樹、あんた『鑑定』持ちなの!」
「しぃーーー!」
俺は慌てて裕子姉ちゃんの口を手で塞いだ。
もしその事実が知れたら、俺がえらい目に遭うじゃないか。
「ごめん。その特技で隠れたタネを探してステータスを上げているわけね」
「まあ、そういうこと」
「タネなら、あっちに一杯あるわよ」
俺は、裕子姉ちゃんの案内で巨大な倉庫へと移動する。
そこは、デラージュ公爵領から集められた大量の小麦が保管されている巨大倉庫だ。
税収分と、デラージュ公爵領は小麦の備蓄と取引による利ザヤ稼ぎを行っている。
領民から標準価格で購入し、飢饉の時や相場が上がった時に放出するのだ。
「さすがは、デラージュ公爵家。やっていることが凄いな」
ホッフェンハイム子爵家とは大違いである。
「ホッフェンハイム子爵家は直轄地の徴税が仕事なのだから、勝手に小麦を集めて取引したら王家から罰せられるわよ。ここはデラージュ公爵家の領地だからそういうことも可能なの。それに、言うほどデラージュ公爵領の財政に余裕はないわよ」
苛政を敷いて領民たちが反乱でも起こせば、それは王家による介入や処罰を招く。
領地持ちの貴族は俺が思っているよりも統治で苦労しており、穀物の買い取りも、実は悪どい商人に買い叩かれないための処置なのだそうだ。
農家への飢饉対策と、収入安定政策というわけだ。
「ここには小麦が一杯あるから、この中に隠れ能力値のタネがあるはず」
「そうだねぇ……」
早速鑑定してみると、確かに反応はある。
ただし二か所からだけだ。
この膨大な量の小麦の中で二か所……。
俺の運の数値を考えると、倍くらいあってもいいような……。
時に確率が偏るのも不思議ではない……いや、原因がわかった。
「裕子姉ちゃん、運の数値いくつ?」
「15よ」
さすがは、デラージュ公爵家の娘。
元々貴族や王族は、初期ステータスが高い人が多い。
運も実力の内だから、貴族に生まれてきた時点で運がいいからだ。
平均が10だから、かなりいい方だと思う。
ところが、運がカンストしている俺から見れば低い数値だ。
運が100の俺と、運が15の裕子姉ちゃん。
足して割れば、57.5。
俺が単独で探す時の半分になってしまうわけだ。
二人で行動しているということはパーティを組んだという扱いなので、運が平均化されてパーティの運という扱いになる。
勿論、他の能力値は平均化されないけど。
「私が悪いの? というか、弘樹は運がいくつなのよ」
「100です」
「ふぁ? 100?」
三歳の頃から、種子が集まる場所に出かけて隠れ能力値のタネを探して食べ続けた成果であった。
「じゃあ、この二つの隠れ能力値のタネは、私が使うわよ」
「まずは一個試してからだね」
隠れ能力値のタネは、『鑑定』持ちが探して他のパーティメンバーに与えることも可能だ。
ただし全員ではない。
数値化されていないのだが、要はゲームの設定で主人公を信用していないキャラは、隠れ能力値のタネを与えても効果がないのだ。
信じていないタネの効果は発揮されないというわけだな。
実はこの検証は、王都にある骨董屋の婆さんで実証されている。
あの婆さんは上手く誘導して、俺が『鑑定』持ちである事実を暴露させようと目論んだ。
錬金術の本に『特技の書』の効果があるという可能性を抱いたはずだが、彼女は新しい特技を習得していない。
どこか確信を抱けなかったからであろう。
つまり、裕子姉ちゃんも俺を疑っていると、隠れ能力値のタネの効果が出ないというわけだ。
「一個試して駄目なら、もう一個は俺が使うから。勿体ないもの」
「確かにそうね。それよりもタネの回収よ」
俺たちは積まれた小麦の袋から、隠れ能力値のタネがある袋を発見。
それを開けて、無事に回収する。
積まれた奥の袋でなく、回収には意外と手間がかからなかった。
この辺も、俺の運のよさが作用したのであろう。
「これを食べればいいのね。見た目が生の小麦だから、お腹壊しそうだけど」
「運だぞ。他の能力値は駄目」
「わかったわよ」
裕子姉ちゃんは、隠れ能力値のタネを口に入れた。
「あっ、本当に運の数値が一つ上がった」
どうやら、裕子姉ちゃんは俺を信じていたようだ。
「駄目な可能性も考慮していたけど」
「はははっ、私と弘樹、何年幼馴染をやっていると思っているのよ。ところで、他の能力値は本当に上げないでいいの?」
「それは、錬金で作れるからさ」
「あんた、本当に反則よね」
反則だろうがなんだろうが、俺は俺が一番可愛いのだ。
使える手はすべて使っていく。
「でも、材料の入手が困難でね」
「それなら、私を誰だと思っているの? デラージュ公爵家の三女ローザ様よ」
デラージュ公爵家の力で手に入れるというわけか。
「早速、錬金作業所へ向かいましょう」
「そんな場所あるんかい……」
俺なんて、私室の机の上で作業しているのに……。
専用の錬金作業場があるとは、デラージュ公爵家は本当にお金持ちなんだな。
「早く行きましょう」
「うん」
俺は裕子姉ちゃんに手を引っ張られ、穀物倉庫から錬金作業場へと移動するのであった。