第十二話 クロスした世界
「旦那様、ローザ様がおいでになられました」
「おおっ! アーノルドよ。くれぐれもローザ様に粗相のないようにな」
「アーノルド、ローザ様に気に入られるように頑張りなさい」
「はい……」
屋敷の正門前で、俺たちホッフェンハイム子爵一家と、執事のダールマン、上級メイドのレミー、警備責任者のイートマン、その息子のビックスなど使用人たちも総出で、来訪するデラージュ公爵の三女ローザ様を待っていた。
いくら現陛下の弟であるデラージュ公爵の娘とはいえたかが三女だと俺は思っていたのだが、両親の態度を見ると相当力関係に差があるようだ。
粗相を働いてデラージュ公爵に睨まれるのもどうかと思うので、俺も空気を読んで彼女を歓迎する素振りを見せることにする。
これも、俺の安定した子爵人生のためだ。
母上の言動から予想されるのは、彼女がホッフェンハイム子爵家に嫁げば、我が家の権勢も増すとかそんな感じなのであろう。
でも、母上。
そんな嫁を迎えると、嫁姑の問題が複雑化すると思うのですが……。
俺がそんなことを考えている間に、ローザ様を乗せた馬車が正門前に到着した。
馬車のドアを御者が開けると、そこからローザ様が降りてくる。
相変わらずの美少女ぶりである。
これが、あの意地悪令嬢の役割を担っている人でなければなと、俺は思ってしまうのだ。
「ホッフェンハイム子爵殿、奥方殿。本日はお世話になります」
やはり、今日も『おーーーっほっほ!』と高笑いをしなかった。
裕子姉ちゃんの知識も、案外あてにならない?
ゲームの開始時期は十五歳だから、これからそうなるのかもしれないな。
それにしても、アーノルドはこれから主人公の少女と仲良くなる予定なのに、ここでローザ様と仲良くなってどうするんだ。
ちくしょう、裕子姉ちゃんの話だけだと、過去のゲーム開始前の状況がまるでわからない。
昔からアーノルドとローザの仲がよかったなら問題ないが、これが予想外のアクシデントだとすると、俺はローザの没落に巻き込まれるかもしれないのだから。
「ローザ様、ようこそお越しくださいました。なにもないところですが……」
「いえ、ご無理を受け入れていただき感謝します」
「ささっ、屋敷の中へどうぞ」
公爵の三女にヘコヘコする両親、この世界では結構な身分差があるようだ。
俺も気をつけておこう。
「ユーリア、ミーファ。今日はお願いね」
「お任せください。ローザ様」
子爵であるはずの父がヘコヘコするだけあって、ローザ様は護衛として二名の若い女性騎士を連れてきていた。
デラージュ公爵はホルト王国で最大の領地を持つ貴族なので、うちとは違って多くの陪臣騎士を抱えている。
小国の王に等しいから、いくら国王陛下の信任が厚くても法衣子爵くらいだと気を使って当然なのかもしれない。
「アーノルドさん、今日はご一緒に遊んでいただけるのでしょう?」
屋敷にリビングに通されたローザ様は、我が家のメイドが淹れた紅茶を飲みながら俺にそう聞いてくる。
と同時に、二人の若い女性騎士の視線も俺に向かう。
『まさか、ローザお嬢様の頼みを断るなんてことはないよな?』と目が語っていて怖かった。
さすがは騎士。
「ローザ様は、どのようなお遊びがご希望でしょうか?」
八歳の少女の遊び……おままごと?
お医者さんゴッコ?
そんな遊びをしたら、デラージュ公爵に殺されるな。
その前に、女性騎士二人に殺されるか。
「噂によれば、アーノルド様は貴重な骨董品を沢山持っておられるとか」
三歳の頃から、売値と価値の差が大きい品をせっせと市で購入しているから、俺の部屋の中は骨董品で一杯だ。
もし売れば、ひと財産得られる仕組みになっている。
もしアーノルドが没落したとしても、お金があれば残りの人生なんとか生きていけるからだ。
「是非、見せていただきたいですわ」
「どうぞ」
まさか嫌ですとは言えず、俺はローザ様を自分の部屋に案内するのであった。
「ユーリア、ミーファ。あなたたちは部屋の外で待機していてね」
「ですが、ローザ様」
「アーノルドさんが、私に危害を加えるはずもありませんもの」
「もし万が一にもなにかがあれば……」
「もしそうなら、私が叫べば済む問題でしょう。骨董品を見せていただくだけなのに大げさなのよ。二人は」
ローザ様の身が心配な二人の女性騎士が俺に部屋に入って来ようとしたが、それはローザ様によって止められてしまった。
「第一、アーノルドさんは子爵公子でいらっしゃるのよ。あなたたちがその私室に入るなんて失礼というレベルを超えているわ。外で待っていなさい」
ローザ様は女性騎士たちを部屋の入り口に立たせ、俺と二人だけで部屋に入った。
「散らかっていますけど」
「本当ね。この部屋の散らかり方、物の積み方は弘樹って感じよね」
「えっ?」
俺は一瞬わけがわからなくなった。
なぜローザ様は、俺を弘樹と呼ぶのであろうか?
アーノルドの中身が俺だなんて秘密、他の誰も知らないはずなのに。
「ローザ様?」
俺が動揺を隠せないでいると、ローザ様がぐっと顔を近づけて小声で話し始めた。
「上手く誤魔化しているようだけど、私の目は誤魔化せないわ。あなたの外見も、声も、アーノルドそのものだけど、あなたの中身は弘樹。私の従弟であるはず」
「なぜそれを……」
否定すればよかったのかもしれなかったが、ここまで核心を突かれてしまったので、俺は自分が大村弘樹である事実を認めてしまった。
それにしても、なぜローザは俺の正体がわかったのだ?
「相変わらず鈍いわね。本物のローザが、弘樹の正体なんてわかるはずがないでしょうに……この喋り方でわからない? 声は違っているでしょうけど」
いつもの上品な口調から、急に馴れ馴れしい口調に変化したローザ様。
そう言われると、この喋り方には聞き覚えが……。
「弘樹、あんた早く宿題やりなさいよ」
「あーーーっ! 裕子姉ちゃん!」
衝撃の事実が発覚した。
どうやらアーノルドに俺が憑依したように、ローザにも裕子姉ちゃんが憑依していたという事実が判明したのであった。
「何事ですか?」
「アーノルド様のお声でしたが」
俺が叫んでしまったため、何かあったのではないかと女性騎士達が部屋に飛び込んできた。
「ローザ様、大丈夫ですか?」
「ええ、だってアーノルドさんって、これを市で購入したと仰るから、本当の価値を教えて差し上げたのですわ」
ローザ様……裕子姉ちゃんは、部屋に飾ってある壺を指差した。
「この壺がですか?」
「高価なのでしょうか?」
女子騎士たちには審美眼がないようで、ローザ様……裕子姉ちゃんの指差す壺の価値がわからないようだ。
俺も『鑑定』で探った品だけど、売れば三百万シグはする代物だ。
「アーノルドさんは、これをいくらで購入なされたのです?」
「一万シグです」
骨董品屋のオヤジは、この壺を数多く出回っている偽物だと判断したようだ。
その隙を突いて、俺が安く購入したわけだ。
『鑑定』の特技がないと、どんなプロでもたまに骨董品の真偽を間違えるからな。
「これは、三百万シグはいたしますわよ」
「そんなにするのですか?」
「凄い……」
「アーノルドさんは、この壺の価値をよくわかっていらっしゃらなかったようなので」
ローザ様……裕子姉ちゃんの説明で、女性騎士たちは俺が叫んだ理由を納得したようだ。
そのまま静かに部屋を出てしまった。
「弘樹、静かにぃ」
「はい……」
俺は再び顔を近づけたローザ様……裕子姉ちゃん……もう面倒なので裕子姉ちゃんで統一する……の迫力にビビッてしまい、素直に首を縦に振った。
前の世界では裕子姉ちゃんの方が二つ年上だったし、度々勉強なども教えてもらっていたので、俺の方が弱いのは仕方がないというか……今も身分差で同じことになっているけど。
「裕子姉ちゃんも、寝て目が醒めたらってことでいいのかな?」
「そうなのよ」
「あのさ、この世界って……」
俺は、恋愛シミュレーションゲームの方はプレイした経験がない。
だから、本当にここがゲームの世界なのかわからないのだ。
「ほぼ合っているわね」
「ほぼ?」
「だって、こんなステータスとかレベルとかモンスターとか、まるでRPGみたいじゃない。世界も色々と広いみたい。マカー大陸ってなに? そんな場所ゲームの設定にないわよ」
どうやらこの世界は、『ドキッ! 君の瞳に乾杯しつつ、ツマミにスルメとかは止めてよね!』と『シャドウクエスト』の世界観が混じっていた、で正解のようであった。