第十一話 錬金
この世界に来てから最大の難問であったローザお嬢様の誕生日への出席と、恋愛シミュレーションゲームの方の攻略キャラ達との顔合わせは終了した。
特にローザ様などは、深く関わると特大級の不幸に巻き込まれそうな予感がするので、七年後の学園生活でお会いしましょうという感じだ。
どうせ俺は、生活の基盤が王都にないので、学園入学までそう顔を合せることもないはず。
ゲームにおける学園は、一種の上級学校のことを差す。
王都のみにあり全寮制で、限られた人しか入学できない。
子爵家の跡取りである俺は、嫌でもここに入学させられる。
貴族に相応しい高度な教育を受け、学校生活で友人や仲間を作るためだ。
「でも、入学は十五歳になってから。まだ七年もあるから今は関係ないね」
それよりも今は、新たに獲得した『錬金術』の練習が優先だな。
俺は午前中は決められたスケジュールをこなし、午後から『錬金術』の実験を始める。
王都で購入したビーカー、フラスコ、計り、錬金鍋を自分の部屋の机の上に置くと、それだけで錬金術師になったような気がしてきた。
「でも、実際に作業してみないと成功する保証もないか」
ゲームだと、錬金アイテムを持っていれば、あとは材料を選択するだけで錬金の成否が表示されるようになっている。
だがこの世界はゲームではなく現実なので、俺が実際に作業しないと駄目で、この錬金術の本は確実に役に立つというわけだ。
それでも、二十五万シグは高いと思うけど。
「『錬金の基礎は水にあります』か」
これはわかる。
すべての錬金で水は必ず材料に入れなければならず、錬金した品の質や、錬金自体の成功率は水がいかに純水に近いかで大きく変わってしまう。
ゲームでは、どこかの山の霊水だの、レアアイテムで手に入る神水が存在していた。
これを材料にすると、錬金した品の質や、錬金自体の成功率が大幅に上がるのだ。
とはいえ、そう簡単に手に入るアイテムでもなく、だから『純化』が大いに役に立つ。
水を純水にしてくれるからだ。
さすがに効果では霊水や神水に負けるが、そこまで劣るものではないし、俺は運の数値も高い。
『純化』があれば、ほぼ錬金は成功する状態にあった。
「では、早速」
錬金の本を見ながら、まずは傷薬(小)を作ってみる。
ヒール草の重さをハカリで計ってから、それに比例した量の水をビーカーに入れる。
これは井戸水なので、まずは一回『純化』を行う。
続けてこれに、計ったヒール草をよく刻み『純化』をかけたものを入れる。
「さあ、錬金してくれ!」
あとは、少し魔力を送るイメージを脳裏に浮かべるだけだ。
錬金の特技がある人は、これだけで錬金が終わってしまう。
ビーカーは眩しく光り、それが終わったあとには薄い緑色の液体が残っていた。
「品質はどうだ?」
早速、できあがったものを鑑定してみる。
薬品:傷薬(小)
品質:A
効果:軽い傷を治す
価値:7500シグ
「品質も表示されたな」
錬金した品物には品質が存在する。
すべてEからSのアルファベットで表示され、最高はSで最低はEだ。
Eなら普通に使える品質で、Sは熟練の錬金術師でもなかなか作れない。
錬金の実力と、素材の品質と、運によって品質は決まり、俺は運が高くて『錬金術』の特技もあるが、まだ慣れていないのでAだった。
普通の錬金術師は最初Eしか作れないので、いきなりAが作れる俺は運がいいというわけだ。
伊達に、運がカンストしていないな。
Eを1とすると、D=1.25倍、C=1.5倍、B=1.75倍、A=2倍、S=5倍がルールだから、傷薬(中)のEを使うくらいなら、傷薬(小)のSの方が効果があるという仕組みだ。
Sの錬金物なんて、そう簡単に世間には出回らないけど。
さらに、錬金物の品質は『鑑定』がないと表示されない。
では、『鑑定』がない人はどうやって判別するかというと、美術品と同じでよく勉強をして判定できるようにする、であった。
だから、錬金物の買い取りは鑑定眼に長けた者が行うのが普通で、それでもたまにワンランクくらいなら間違えてしまうことも多かった。
特に、DとC、CとB辺りは相当慣れた人でないと判別が難しい。
判定結果に不服を持ち、そのお店に売らないで出て行ってしまう錬金術師もいる。
自分が作ったものが、低く評価されていると思うわけだ。
店の鑑定結果とどちらが正しいのかと問われれば、半々であろう。
店側もワンランク低く鑑定してしまうこともあれば、その逆もあったので、鑑定ミスで錬金術師が必ずしも損をするというわけでもない。
俺の場合、ランクが事前にわかるのでそういう心配はないというわけだ。
シャドウクエストをやり込んでいて助かった。
「次は……『純化』した水に、同じく細かく切り刻んだ毒消し草を入れて錬金を行う」
すると、毒消し薬が完成した。
薬品:毒消し薬(汎用)
品質:A
大半の毒を消す
価格:15000シグ
毒消し草には、この世の大半の毒に対応可能な(汎用)と、特別な毒に対応した(特殊)が存在する。
品質は高ければ高いほど対応可能な毒薬の種類が多く、当然品質が高い方が人気があった。
自分が受けた毒に対応できなければ、その毒消し薬を買った意味がないからだ。
受けた毒の種類がわかっていて、それがEの毒消し薬でも消せるとわかれば、安いのでEの毒消し薬でも問題ない。
Eでも半分ほどの毒に対応可能なので、Eでも普通に需要はあった。
品質が低い分価格が安いので、初心者冒険者はEを購入するケースが多かったからだ。
「Aの毒消し薬は高く売れるな」
店の利益が三分の一ほどなので、この毒消し薬は一万シグ前後で売れるはずだ。
品質を見誤ったり、店によって利益率に違いがあったり、品薄で需要に対応できない時に値上がりをするのは、現実世界でも同じであった。
「錬金も色々と練習しないとな」
まだ子供で入手できる材料も少ないので、今は傷薬と毒消し草で練習するしかない。
ある程度数をこなせば、Sが見えてくるはず。
「さすがに、傷薬(小)十本、毒消し薬を五本作ったら疲れた」
目的があってまだレベル1であるし、錬金には魔力を使う。
この辺が、今の俺の限界なのであろう。
「さて、プリンでもシバキに行くかな」
などと思って部屋を出ようとすると、突然父に呼び出された。
「アーノルド」
「どうかしましたか? 父上」
「実は突然の話なのだが、ローザ様が明日ここに遊びに来るそうだ」
「ホワイ?」
俺は最初、父が言っていることの意味がわからなかった。
なるべく関わるまいと思った彼女が、うちに遊びに来るというのだから。
「さすがはアーノルドだな。ローザ様に気に入られるとは」
「(いやいやいや! 全然っ! そんな素ぶりもなかったから!)」
確かに挨拶と自己紹介はしたが、そこまで親密に話したわけでもない。
むしろ、攻略キャラたちの方がよく話をしていたはずだ。
「ローザ様は、アーノルドが気に入ったのかぁ。アーノルドは私の自慢の息子だからな」
「あなた、ローザ様がこの家に嫁入りをするという可能性は?」
「どうかな? 可能性はなくもないな」
両親が勝手に盛り上がっていた。
ローザ様が、俺の結婚相手になる?
別に悪い印象は持っていないが、彼女は主人公を苛めてその恋路を邪魔し、その罰を受ける将来を背負った人間だ。
深く関わり合いになったら、俺も一緒に没落してしまうではないか。
ここは彼女のご活躍をお祈りしつつ、俺は何が何でも距離を置かなければいけないのだ。
「(ローザぁ! こっち来んなぁ!)」
まさかそう叫ぶわけにいかなかったので、心の中で叫んでおいた。
「アーノルド、明日はローザ様に粗相がないようにな」
「はい……」
現実には、まさか嫌ですとも言えず、俺は明日まで陰鬱としたを時間をすごす羽目になるのであった。