第十話 ローザとイケメンたち
「アーノルド、ちゃんとローザ様へのプレゼントは購入したようだね」
「レミーのアドバイスどおりにしたよ」
「まあ、相手は同じ女性だからね。レミーに聞いた方が失敗しないで済む」
「そうだね、僕には女性に贈る品なんて、まったく思いつかないもの」
「はははっ、アーノルドは私の息子だな。私もそういうのは苦手でね」
翌日、宿泊した高級宿から、デラージュ公爵邸へと向かった。
今日もレミーとビックスが同行している。
王都の高級宿には従者専用の部屋もあり、二人もそこに宿泊したのだ。
それにしても、従者向けの部屋まであるなんて。
どうりで宿泊費が高いわけだ。
父上が出してくれたから、俺は一シグも負担していないけど。
目的のデラージュ公爵邸は、王城のすぐ近くにあった。
ホルト王国建国以来の名門で王国貴族一の領地と財力を有しており、その王都屋敷も大きくて豪華だ。
屋敷の正面正門には、すでに多くのパーティー参加者たちが集まっていた。
俺たちも父と合流している。
父はイートマン他三名の護衛たちと一緒で、護衛の一人がこれでもかとリボンで装飾されたプレゼントの箱を抱えていた。
「アーノルドには無用の心配だと思うが、くれぐれも粗相がないようにな」
「わかりました、父上」
俺もここでミスをして、せっかくの恵まれた境遇を捨てるつもりはない。
これまで受けた教育を参考に、上手く切り抜ければいいだけだ。
「では、行こうか」
「はい、父上」
受付を済ませてから屋敷に入ると、そのまま使用人の男性から中庭へと案内された。
今日のパーティーは、野外で行われるようだ。
「本日はローザ様のお誕生日にお招きいただき、誠にありがとうございます。実は、私の息子もこのような席は初めてでして、公爵閣下にご紹介をしておこうかと」
「ホッフェンハイム子爵、本日はわざわざご足労いただき感謝に堪えない。彼がようやく得た跡取りか。聡明そうな子ではないか」
俺がアーノルドに憑依した時、両親の年齢が高いのが少し気になっていた。
最初は父が若い妾にでも産ませたのかと思っていたが、母がようやく授かったアーノルドを三十代半ばで出産したそうだ。
この世界だとかなりの高齢出産で、父は無事に産まれるかどうか、えらく心配していたとレミーから聞いていた。
アーノルドは、ようやくにも授かった跡取り息子というわけだ。
両親がえらく親バカなのが納得できる事情である。
「アーノルド・エルキュール・ラ・ホッフェンハイムと申します。以後、お見知りおきを」
「デラージュ公爵である。我が娘と同じ年であるか。仲良くしてくれると嬉しい」
デラージュ公爵は大貴族にありそうな傲慢そうな人物ではなく、とても思慮深い人物に見えた。
見た感じでは汚職をしそうな人には見えないな。
この人が、娘の余波で失脚かぁ……。
どうしてそういうことになってしまったのだろうか?
この世界では、まだ失脚していないけど。
「アーノルド君は大人と話をしていても面白くなかろう。娘の話し相手になってくれないかな?」
「私のような者でよろしければ」
「同年代の者なら、娘も喜んでくれるはずだ。アーノルド君、娘をよろしく」
どうせローザ様は、王子様や侯爵、伯爵の跡取り、その他大勢に囲まれて逆ハーレム状態であろうから、話し相手になってくれは社交辞令であろう。
早く義務を済ませるかと、世話役のメイドさんの案内でローザお嬢様の下に向かう。
案の定、ローザお嬢様らしき少女は、沢山の子供たちに囲まれていた。
男女比は半々くらい、将来の婚約者の見極め、交友関係の構築。
貴族の子供も色々と大変だ。
「あら。新しい子ね。あなたのお名前は?」
ローザ様は俺と同じ年なのに……まあ、アーノルドの中身は俺なので二十を超えているけど……随分と大人びた口調の少女であった。
裕子姉ちゃんがローザの特徴を話していたのを思い出したが、別に『おーーーほっほ』とは笑わないし、『私は、あのデラージュ公爵家の娘なのよ!』とか言っていない。
なにより、ゲームのローザは貴族のご令嬢によくある金髪縦ドリルロールヘアーのはず。
裕子姉ちゃんも、『岩盤を砕きそうなドリルヘアー』と言っていた。
それが、金髪を腰までストレートで伸ばしているだけなのだから。
髪の手入れはよくされているようだが、裕子姉ちゃんが話していたローザとはまるで別人であった。
「(もしかすると、これからそういうキャラになるのか?)」
俺はそのゲームを実際にプレイしていないので、情報がどうしても限定的になってしまう。
この世界に混じり合ったシャドウクエストの知識は完璧なんだが。
「ローザ様でいらっしゃいますか。私は、アーノルド・エルキュール・ラ・ホッフェンハイムと申します」
「あら、ご丁寧に。ローザ・ルーザ・ハンフレット・ラ・デラージュと申します」
八歳の子供には似合わない挨拶であるが、これも貴族の宿命であろう。
社交事例に則って挨拶をしておく。
「本日はお誕生日おめでとうございます。大したものではありませんが……」
と謙遜しつつ、実際に他の爵位が上の貴族の子供が持ってきた物よりもわざと質素なプレゼントにしているが、ローザ様にプレゼントを渡した。
これで、ほぼミッションコンプリートである。
ローザ様が裕子姉ちゃんから聞いていたのと違っていたが、どちらにしても深く関わらなければ問題ない。
俺は主人公と攻略キャラたちに嫌われなければ問題なく、あとはホッフェンハイム子爵家の跡取りとして上手く振る舞うだけであった。
「ローザ様、次はアルトリンゲン伯爵公子様がご挨拶をしたいと」
「わかりました」
ローザ様も、次々とプレゼントを持参して挨拶に来る子弟たちの相手で忙しいようだ。
このあとの俺は、ご馳走でお腹を満たし、時間になったら屋敷に帰るだけである。
俺は、能力値上げと『鑑定』を使った金稼ぎで忙しいのだ。
『錬金術』の特技も得たので、これも色々と試したい。
「アーノルド様、さすがはデラージュ公爵家のパーティーですね。飯が美味い」
「そうだよね」
俺は、御付きとして着飾ったビックスと共に出された料理を食べるのに忙しかった。
勿論ちゃんとマナーは守っている。
ホッフェンハイム子爵家の跡取りが下品に物を食べていたら、貴族中の物笑いの種だからだ。
そういうことに疎いように見えるビックスだって、事前にレミーから教育を受けてマナーは守っているのだから。
「お楽しみいただけているかしら?」
「っ! ええ、さすがは王国随一の貴族と名高いデラージュ公爵家のパーティーですね」
突然、話しかけられてビックリしてしまった。
しかも、その相手がローザ様だったから余計に驚いてしまったのだ。
「ご紹介したい方々がおりますの」
「それは光栄ですね……」
といいつつも、俺の頭の中はクエスチョンマークで一杯だ。
なぜ一子爵の跡取りに、ローザ様がここまで拘るのだ?
周囲にいる他の貴族の子供たちも、みんな俺を不思議そうに見ている。
伯爵の子供などは、『なぜ俺が声をかけられないのだ?』という表情を浮かべていた。
俺も、あんたの気持ちがよく理解できるよ。
「さあ、こちらです」
まさか断るわけにもいかないので、俺はローザ様についていく。
彼女への誕生日プレゼントがうず高く積まれたテーブルの近くには、まさに光輝かんばかりの、将来は確実にイケメンたちが談笑していた。
「(もしかして……)」
「マクミラン様、ご紹介いたしますわ。アーノルド殿です」
やはりそうだ。
彼は、あのゲームの攻略キャラで人気が高い(裕子姉ちゃん談)ホルト王国の第三王子様であった。
アーノルドも結構な将来イケメン確実キャラなのだが、マクミラン様にはそれに加えて王者の風格のようなものが漂っているような気がする。
「マクミラン殿下ですね。お会いできて光栄に思います。私は、アーノルド・エルキュール・ラ・ホッフェンハイムと申します」
ローザ様からいきなり王子様を紹介されて驚いたが、どうにか動揺を見せないように自己紹介をした。
「マクミランだ。王子とは言っても、僕は第三王子。王位を継ぐ立場にないし、気楽に接してくれると嬉しい」
イケメン王子は、性格もイケメンだった。
そりゃあ、メイン攻略キャラにもなるわな。
「ローザ、俺たちも紹介しろよ」
「お待ちになってくださいな。順番に紹介いたしますから」
君たち、こんな一子爵の跡取り程度に紹介されて嬉しいのかい?
同じ貴族でも子爵は微妙な位置にいるので、放っておいて伯爵以上くらいでよろしくやってくれればいいのに……。
俺は、男爵・子爵の子弟あたりとつるむ予定だから。
そう、俺は分を弁えているのだ。
「彼は、ロマン・コーム・ラ・ヴァセラン様です」
「ロマンだ」
「アーノルドです」
年齢は俺とそう違わないはずだ。
顔つきや口調から、彼も将来はやんちゃ系イケメンへとジョブチェンジするはずだ。
「彼は、軍部の重鎮であるヴァセラン侯爵閣下のご子息ですわ」
侯爵かぁ……。
王子様や公爵公子ほどじゃないけど、上位に属する人だな。
「知ってるぜ。お前の父君であるホッフェンハイム子爵殿が、我が家に天才児が生まれたって自慢しているからよ」
おい、父上殿!
そんな根拠もないことを言って、俺を勝手に有能キャラにしないでくれ!
「それは大げさではないかと……」
日本人特有の謙遜とかではなく、アーノルドの中身である俺はどこにでもいる普通の元高校生だったのだから。
「まあいいんじゃねえの? 貴族って、三人に一人は自分の息子が天才だって喚くぜ」
「ロマン様もそうですわよね?」
「恥ずかしいったらありゃしねえ」
ロマン殿も、父親から天才認定されているらしい。
ローザ様がそっと教えてくれた。
それにしても、みんな言うことが大人びているな。
さすがは、王族や大貴族の子供というわけか。
「八歳のガキに、剣の天才って言われてもな」
「ロマン様は、軍部の重鎮であらせられるヴァセラン侯爵閣下の跡取りだからですわ」
「剣の腕前よりも、軍勢を指揮する能力だろうが」
「こんな時代ですから、個人の強さも必要ですわよ」
「モンスターですか?」
「ええ」
俺の問いに、ローザ様は短く答えた。
今の時代、各国同士による戦争はほとんどなくなっている。
あっても、小規模な境界線争いくらいだ。
現状で魔王とモンスターの脅威がある以上、人間同士で争う愚を避けようと、極力戦争をしないようにしているからだ。
境界線争いも、貴族同士の争いだったりする。
あくまでも国同士が争っているわけでなく、配下の貴族同士が争っており、国は関与しない。
正確には、停戦交渉などで口は出しているそうだが。
なるべく子供の喧嘩に親が口を出し、親同士の喧嘩になるのを防いでいるという構図であった。
戦争好きの貴族というのは一定数いるのだが、そういう連中の大半はお隣のマカー大陸に援軍として派遣されるそうだ。
魔王率いるモンスター軍団との戦いでその好戦的な感情を満足させる。
戦場の現実を知って大人しくなる者も多いそうで、最悪死んでも危険分子を排除できるという理由でこの制度が存在するようだ。
俺は別に血の気など多くないので、マカー大陸になど行きたくもない。
「ホルト王国の貴族は、必ず初陣でモンスター狩りをいたしますから」
プリンの増殖ぶりを見ればわかると思うが、モンスターの繁殖力は高い。
魔王がいないバーン大陸でもそれは同じで、各国は最低年に一度は軍勢を繰り出して領内のモンスターを大規模に狩っていた。
その時に、貴族の子供は初陣を迎える。
これに参加しないと相続が認められないそうだ。
大体十五歳前後で、みんな例外なく初陣のために従軍する。
勿論父も参加していたが、イートマンいわく、父はもの凄く弱い。
文官だから仕方がないのだが、初陣には従者が認められるから、腕っ節に自信がない人は強い従者に討伐を任せてしまう。
だから、初陣で討ち死にする貴族の息子は滅多にいないと聞いていた。
それでも、できれば参加したくないけど。
たとえ足が遅くても、運動会の徒競走には必ず参加しなければいけない小学生の心境だな。
当然、貴族の娘には初陣など存在しない。
この時にはモンスター狩りを仕事とする冒険者も多数参加し、冒険者の中には女性もかなり混じっているそうだが。
なお、魔法使いは女性の方が比率が高いらしい。
「アーノルドも同じ年だろう? 学園に入る前に初陣を済ませるのが普通だ」
「そうなのですか」
「ああ、アーノルドと俺と、マクミラン王子、アベルとフェルナンはそうだな」
マクミラン様と談笑していたのは、あと二人。
一人は線の細い眼鏡をかけた将来イケメン君。
アベル・ブレーズ・ラ・ペルグランといい、ベルグラン伯爵家の跡取りであった。
彼は文系イケメンという扱いで、ゲームの攻略キャラだったりする。
最後の一人は、フェルナン・ブレソール・ギユー。
ちょっとお調子者に見えるが、彼は明るくてコミュニケーション能力が高そうに見える。
勿論、将来はイケメンになることが確実な男子であった。
実は彼は、ホルト王国でも最大の規模を誇る大商会の跡取りであった。
正式な爵位は持っていないが、彼の実家ほどの金持ちなら大貴族でも気を使ってパーティーに呼ぶわけだ。
「フェルナン殿も参加なされるのですか?」
「ああ、一代爵位を貰わないといけないから」
一代爵位とは、その代だけ国家に貢献した人に爵位を与える制度だ。
年金もその人物が生きている限り出るし、ちゃんと貴族として扱われる。
フェルナンの父親でギユー商会の当主は、一代伯爵の爵位を持っていた。
この一代爵位は相続させられないのだが、王国としてはできればギユー商会の当主に爵位を持ち続けていてほしい。
支払っている年金よりも、税収の方が圧倒的に多いからだ。
だが、商人を貴族にしてしまうと他の貴族たちからの反発が大きい。
そこで、フェルナンに初陣で戦功をあげてもらい、その功績で一代爵位を与えるというシナリオが用意されていた。
どこの世界でも、形式を整えるのは大変だな。
「俺もそんなに腕っ節に自信ないけど、従者は揃えられるからね」
大金持ちのギユー商会なら、優秀な冒険者をいくらでも雇えるから問題ないわけだな。
それだけ聞くと家が金持ちなのを自慢する嫌な奴にしか見えないが、そう思わせない無邪気さが彼には存在した。
「初陣かぁ……」
七年後だが、それまでに強くなっておいた方がいいな。
そこで運悪く死んでしまったらアホみたいじゃないか。
「私にはビックスがいるので」
ビックスは、父親であるイートマンも認める剣の達人だ。
きっと俺を守ってくれるはずだが、絶対という保証もないわけだから、今のうちに鍛えておこうと決意するのであった。
あっ、今もそれをしているのか。
俺は。