第百四話 魔王の子(後編)
「はあっ!」
「ガキが!」
チャンスと見たのであろう。
リルルの廻し蹴りが魔王の子供の側頭部にきまり、その場でフラフラし始めた。
それにしても、メイドで格闘技の達人って、なんか本当にゲームみたいだ。
「ええいっ!」
さらに、裕子姉ちゃんの鞭による攻撃が見事に命中し、魔王の子供はさらに動きが鈍くなった。
「これで終わりだ」
「はんっ! お前は近接戦闘にも魔法にも長けていない。俺は知っているぞ」
「今のお前なら、そうでもないさ」
確実に強化しておいた『古代王の杖』の先端が動きが鈍った魔王の子供の左胸に突き刺さる。
通常なら刺さるようなことはないのだが、魔王は倒される寸前であり、さらに『古代王の杖』には使用者の魔力を用いて攻撃力を大幅に増大する効果があった。
俺の魔力で鋭くなった杖の先端が、そのまま魔王の子供の体に突き刺さったのだ。
そしてその場所は心臓であった。
魔王でも、その子供でも、心臓に杖が突き刺されば死んでしまう。
実は魔王は心臓が二つ。
とかいうオチは存在しなかった。
「終わりだ」
これで、ようやくシャドウクエストの魔王関連のイベントは終了だな。
だからといって、この世界における俺と裕子姉ちゃんの危機が去ったわけではないのだけれど。
「気に食わぬ……ガキのくせに、俺の行動の先の先に……」
気持ちはわかる。
俺はいわば、反則のような人間なのだから。
とはいえ、『ゲームの設定だから予め知っていただけなんだけどね。ゴメンね』と言っても、こいつの無念は晴れないだろう。
物騒な反乱を計画していたわけなので、ここは諦めて死んでいただくとしよう。
どうせここで助けても、彼が心から反省して静かに暮らすなんてあり得ないのだから。
「無念だ……」
魔王の子供は息絶えた。
人間と魔王の子供である彼だが、モンスターの宿命なのであろう。
息絶えた彼はそのまま消え去り、そのあとには最高品質の魔石と、地味なペンダントが残された。
「魔石の品質は魔王の子供に相応しい品だけど、この地味なペンダントは?」
「これも錬金素材なんだよ」
これを材料に作れるアクセサリーは、俺がとても欲しかったものなのだ。
俺は大切に、そのペンダントを収納カバンに仕舞った。
「ねえ、アーノルド君」
「なんです? エステルさん」
「バルト王国の王子さんはいいの?」
「そうだった!」
痺れ薬で動けず、魔王の子供の傍で倒れていたバルト王国の王子。
真の黒幕なき今、こいつが実質反乱の首謀者なのだから。
あまり黒幕の存在と、それを倒したのが俺たちだという事実を知られたくないため、俺たちは彼を捕らえて差し出す必要があった。
「生きてるかな?」
「アーノルド君、凄いよ無傷だよ。この人」
「悪運が強いわねぇ」
傍であれだけ派手な戦いをしていたのに、バルト王国の王子はまったくの無傷であった。
俺や裕子姉ちゃんのように運の基礎値が100ってわけでもないだろうに、いったいどういう運のツキ方をしているのか……。
「ここで生き残っても、どうせ死刑だけどね」
「そうだったね」
魔王の息子の証明は消えてしまったからなぁ。
ロッテ侯爵もあまり表沙汰にしたくないし、それは俺たちも同じだ。
となると、公的にはこの王子が首謀者ということになる。
平和ボケした現代日本でもあるまいし、反乱を起こした王子は死刑になるに決まっていた。
「ビックス」
「了解っす。あの戦いの中心に倒れていて無傷って……豪運だよなぁ……」
俺の指示で、ビックスが痺れて倒れている王子を縛りあげた。
「どうせこのあと死刑になるから、バランスは取れているんじゃないのかしら?」
「そう言われると……運の総量で言えば同じことか……」
裕子姉ちゃんも酷い言いようだが、確かに最後には死刑になってしまうのだから、運が悪いとも言えた。
痺れている間に、俺たちと魔王の子供の攻撃に巻き込まれていれば、そう苦しまずに死ねたかもしれないのだから。
「ふぬぅーーー!」
「アーノルド様、なんかうるさいですよ」
「体は痺れているけど、意識はあってアーノルド君たちの会話が聞こえるのね」
アンナさんの言うとおりであろう。
自分が死刑と聞いて、暴れ始めたのか……。
もう遅いけど。
「うーーー! ううっーーー!」
「なに言っているのかわからないな」
「別に聞く必要ないじゃん」
「それもそうだな」
反乱の首謀者の言い分なんて、そんなものを聞くのはロッテ侯爵の仕事だと思う。
それに、魔王の子供に操られていた傀儡だったのだから、彼が失敗して死んだ以上、一緒に死ぬことになっても仕方がないと思う。
自分だけ許されるなんて、まずあり得ないのだから。
「ううっーーー! ううっーーー!」
「ああっ! もう! うるさいな! アーノルド様、こいつ暴れてうるさいですよ」
彼を縛って抱えているビックスが、唸りながら体を強く揺らす王子に辟易していた。
人間、往生際が肝心であろうに。
特に、王子を名乗っていたのだから。
「アーノルド君、彼は本当に王子様なのかしら?」
「さあ?」
今となっては、もう本物でも偽物でも同じであろう。
「同じような輩がよからぬことを考えないよう、彼は処刑されるのですから。公的には本物扱いで処刑されると思いますよ」
俺はそんな光景見たくないので、ロッテ侯爵のような責務を負わずに済んで助かった。
「うううっーーー! ううーーー!」
「うるさいなぁ……『スリープ』」
「……」
まだビックスの体の上で暴れているので、俺は『補助魔法』の『スリープ』で王子を眠らせた。
これで大人しくなるはずだ。
「あとは、これをロッテ侯爵に押しつけて終わり」
「アーノルド様、やっと終わりましたね」
「リルルの言うとおりだ。戻って食事にしよう」
「ステーキでも作りましょうか」
「いいね、調理錬金で」
「デザートも作りますね」
「やったぁ!」
「アーノルドはお子様だな」
「子供だよ」
見た目はだけど。
でも、そんな子供に色々とやらせる大人がいるのが現実なんだよねぇ……。
「アーノルド、私もお腹が空いたわ」
「早く食事にしよう」
「ホッフェンハイム子爵公子様? おおっ! こいつは反乱の首謀者ですな!」
「自称元王子だから、ロッテ侯爵に渡してください」
「了解しました。他の反乱軍の将兵たちも全員生け捕りに成功しました。味方に損害が出なくてよかったですよ」
駆けつけた王国軍の将校に名前も知らない元王子を渡し、これにて魔王に関連したすべてのイベントが終了したのであった。
これで元の平穏な……忙しい錬金術師の日々に戻れるはず。




