第百二話 反乱と、魔王の子供
「……確かに、バルト王国の財宝のようですな……」
「で、お礼は何割でしょうか?」
「五分、といったところでしょうか?」
「一割で!」
「七分で……」
「えーーー、僕。よくやってくれた家臣たちに褒美も渡さないといけないんだけどなぁ……。ここでケチると、僕の元から離れてしまうの」
「……八分で……」
「九分だね。一分は、ロッテ侯爵の手柄ってことにすれば?」
「……ご配慮いただき感謝いたします……」
バルト王国の財宝と共に潜伏していた魔王軍の残党、植物群団たちの討伐に成功した俺たちは、財宝の隠し場所にロッテ侯爵を案内した。
今回のお宝をすべて冒険者の権利として俺たちがゲットすると、色々と軋轢やら不都合が多い。
落とし物の報酬をいかほどの割合にするかのごとく、俺とロッテ侯爵はお礼をいかほどにするか、応酬を繰り広げていた。
九パーセントって少なく感じるけど、国家が所持していた財宝だ。
下手に二割なんて要求したら、俺は確実に他の貴族たちから総スカンだ。
と、裕子姉ちゃんに教わり、そのとおりに交渉したのであった。
「ところで……」
「アーノルド殿、他になにか?」
「旧バルト王国貴族たちの反乱準備はどこまで進んでいますか?」
「なぜそれを……」
なぜって……それは、WEB版外伝小説に書いてあったからだ。
そちらでは、魔王の隠し子がバルト王国の貴族たちを唆し、庶子である王子を旗頭に、バルト王国に対し反乱を起こしたという記述であった。
そして主人公たちは、その王子を操る魔王の隠し子と最後の決戦に挑むのだ。
真の真のラスボスというか、多分シャドウクエストの続編が出せていたら、こいつがボスだったはず。
商業的な問題でシャドウクエストの続編は出なかったので、実は魔王よりもお金の方が人間にとって脅威なのかもしれないと思った、中学三年生であったわけだ。
ところがこの世界では、バルト王国は滅んでしまった。
マカー大陸はホルト王国に併合され、内乱に参加しなかった旧バルト王国貴族たちはホルト王国の貴族になった。
だが、魔王が倒れて世の中が平和になると、よからぬ野心を抱く奴も出てくる可能性は高いわけで……。
庶子であっても王子がいれば、それに靡く貴族も出てくるわけだ。
本当、WEB小説の記述万歳だな。
「なるほど。旧バルト王国の貴族たちからすれば、ホルト王国では出世は難しいものね。でも、無謀な内乱で領地がモンスターに蹂躙されるところを救ってもらったのに、それはちょっと不義理よね」
「喉元すぎればなんじゃないの? 平和になった途端、こう野心がムクムクと」
「人間の欲ってキリがないわね。せっかく貴族として家を残せたのに」
「反乱に成功すれば、復活したバルト王国でいい役職が貰えると思ったんじゃないの?」
「成功すればだよね。現時点で成功の目は低いと思うけどなぁ……」
「そんなこともわからないから、反乱に参加するのよ。つまりバカなのよ」
「十歳二人で言いたい放題だな……」
だってシリル。
どう計算しても、勝ち目がないじゃないか。
我慢して数代待てば、ホルト王国で役職を貰えるかもしれないのだから。
それに、言いたい放題は裕子姉ちゃんだけだろう。
「ある程度は情報を掴んでいます。王族の……庶子である王子が生き残っていたようですな」
やっぱり、その王子が旗頭か。
「で、黒幕は?」
「いるらしいのですが、まだ不明です。西北の古城跡を修復して、そこを拠点にしているようですが……」
「魔王軍の残党が黒幕って可能性はないのかな?」
「……ないとは言えません……」
俺は、ほぼ間違いなく魔王の隠し子が黒幕だと確信した。
他の可能性があるとすれば、庶子の王子が単独で……あり得ないか?
あっでも、貴族たちの神輿にされてしまって断れなかった可能性もあるのか。
どちらにしても、魔王の隠し子が関わっていなければ、反乱は簡単に片付くはずだ。
それよりも、魔王の隠し子だ。
WEB外伝小説の記述だと、実は魔王よりも強くて主人公たちはえらく苦戦していた。
そのため、油断できる相手ではなかったのだ。
「(続編のラスボスになる予定だったから強いのね)」
「(なんだよねぇ)」
反乱軍は大した戦力もないし、これはロッテ侯爵に任せれば大丈夫なはず。
というか、子供の身で反乱軍討伐なんてやりたくない。
貴族の初陣は、十五歳を超えてからというのが本来のルールなのだから。
魔王の隠し子だけ、上手く倒すことにしよう。
「魔王軍の残党が出てきたら、僕たちで倒します。あとは、ロッテ侯爵の職域ですからね」
ここで下手に、ロッテ侯爵の手柄を奪うような真似は避けないと。
魔王に続き、その息子も倒したとなると面倒なことになるので、こっそりと倒して終わりにしよう。
これで、俺たちの魔王軍討伐が終わる。
少なくとも、ゲームの設定上では。
WEB外伝小説にも記載されていない未来の話は、俺にもわからない。
あとは自力で切り抜けていくしかないが、そんなに色々と起こらないはず……。
「(私の没落イベント!)」
「(それ、本当に起こるのかな?)」
そういう展開になる要因が見当たらないんだよなぁ……。
実際、随分とシャドウクエストの展開も変わってしまったのだから。
「反乱軍ですが、徐々に戦力が集まっています。向こうは我々に気がつかれているとは思っていないので、随分と無警戒でした。廃城の周辺にはほとんど人が住んでおらず、見つからないと思っているのでしょう。蜂起したら軍を出して討伐します」
「僕たちは、黒幕がいたら倒すことにします」
「お願いします」
はたして、本当に魔王の隠し子がいるのかどうか。
俺はいると思うのだけど、もしいなかったら戦わなくていいので楽になるから損はないと思う。
「ねえ、どうやって古い城の中にいる黒幕と戦うの? 私たちはレベルが高いけど、すんなりと城内に侵入できるとは思えないわ」
ロッテ侯爵の予言どおり、旧バルト王国貴族たちが庶子の王子を打ち立てて反乱を起こした。
現在マカー大陸総督府があるヒンブルクは城塞都市なのでそう簡単に落とせるわけがなく、北西部にある人気のない廃城を修復しながら同志を集め、そこで蜂起した。
まずは魔王城の奪還を計画しているようだが、とっくにロッテ侯爵にその動きを掴まれていたので、軍を進発させる前にバルト王国軍によって廃城は包囲されてしまった。
反乱を起こしてすぐに籠城戦とは……。
随分と間抜けな反乱軍ではあるな。
魔王の隠し子はいないのか?
「まずは、反乱軍をどうにかしないと黒幕に辿り着けないのではないか。アーノルド殿」
「ロッテ侯爵、頼みますね」
人間で構成された反乱軍の相手は、ロッテ侯爵のお仕事だ。
俺たちは、ゆっくりと黒幕の相手を……というのは難しいか……。
「魔王の子供がずっと廃城の奥に潜んでいたら終わらないわよ」
「ですよねぇ……」
反乱軍をなんとかするしかないのか……。
しかし、人間を殺すのは勘弁してほしい。
となると、生け捕りが必要になるのか……。
「ぱぱぱっぱぱーーーん! 『痺れ薬』ぃーーー!」
俺は、錬金した痺れ薬を収納カバンから取り出した。
これを使えば、廃城にいる者たちは痺れて動けなくなるはずだ。
「量が足りないんじゃないの?」
「当然錬金するよ」
まるで霧雨のように、廃城にいる人たちに撒いてしまえばいい。
これを浴びると数時間は体の自由が利かなくなるので、あとはロッテ侯爵に頼んで捕らえさせればいいのだ。
反乱の首謀者は死刑だろうけど、自分で殺すよりは直接手を下さないで済むから精神的に楽だ。
そういうのは大人の仕事ってのもある。
任せられる嫌なことは、他人に任せるのも処世術ってやつさ。
「錬金、錬金」
「もの凄い勢いで痺れ薬ができていくな」
材料は収納カバンに沢山あったし、今の俺からすればそこまで難しい調合でもない。
急ぐし沢山必要なので、素早く作るに限るというわけだ。
「でも、どうやってあの廃城に篭る兵士たちに浴びせるの?」
「それは…これを使う!」
俺は、中盤まで雑魚モンスターを一網打尽にして経験値を効率よく稼ぐのに貢献してくれた『火炎放射器』を、再び収納カバンから取り出した。
「これで痺れ薬を撒けるの?」
「正確には、これを改良した『噴霧器』だね」
『噴霧器』も武器の一種ではあるのだが、『火炎放射器』に比べると役に立たない。
痺れ薬を噴射しても、すべてのモンスターが痺れるわけではないし、言うなれば痺れただけなので、武器を持ち替えて倒さないといけないからだ。
ゲームだと装備の交換で一ターン使ってしまうので、『噴霧器』はクソ役にも立たない武器であった。
設定集だと、魔王討伐後は農業に用いられ、とても重宝されたと書かれている。
設定集で『あとでとても役に立ったから!』と言い訳するくらい、役に立たない武器なのだ。
そのくせ、意外と錬金するのが難しいのだ。
俺ならそんなに難しくないので、すぐに『火炎放射器』は『噴霧器』に改良できた。
「これで痺れ薬を撒ける範囲なんて高が知れているじゃないの。そこのところはどうなっているのかしら?」
裕子姉ちゃん、相変わらず人の粗を探すのが……じゃなくて、よく気がついたものだ。
「だから、オードリーがいるんだよ」
『噴霧器』で噴出した痺れ薬の霧を、オードリーの魔法で城内に拡散させるわけだ。
コントロールが難しいので並の魔法使いにはできないが、レベルが900を超え、毎日魔法を懸命に訓練しているオードリーならやれるはず。
「なるほど。二重で痺れ薬の霧を噴霧するわけね。これなら城内の大半の兵士たちに届くわね」
他にも、城内の地図を参考に痺れ薬の霧を建物の中にも漂わせることを計画していた。
これで、黒幕の魔王の子供以外は痺れて動かなくなるはずだ。
人間が動かなくなれば、殺さなくても済むというのもあった。
確実ではないが、無理に攻めて多くの人死にを出すよりはいいだろう。
ホルト王国軍だって、これまで魔王討伐で大きな損害を受けている。
これ以上の戦力の補充は難しいので、できれば犠牲を出したくない。
「オードリー、君の魔法の腕前にかかっているぞ」
「アーノルド様より魔法の才能を見出してもらい、ホッフェンハイム伯爵家の家臣にもしていただきました。ここはその恩に報いる時です」
そう思ってくれるのなら。
俺が彼女を家臣にしたのは、その存在が世間に広がると引き抜きをされてしまうからだ。
それはそうだ。
ここまで多彩な攻撃魔法を使う魔法使いなど、そうはいないのだから。
先にホッフェンハイム伯爵家の家臣にしてしまえば、あとで他の貴族が手を出そうにももうどうにもならない。
他の貴族の家臣を奪うなんて、そんな常識外れなことはできないのだから。
「いきます!」
「じゃあ、僕が先に……」
完成した『噴霧器』のタンクに錬金した痺れ薬を入れ、廃城に向けて噴霧する。
液肥や農薬の散布には便利そうだけど、どうしてこれが武器扱いなんだろう?
シャドウクエストだからだな、きっと。
噴霧された痺れ薬の霧は、すぐにオードリーの風魔法で廃城の中のみに流れて行った。
味方に降り注ぐと大惨事となるが、そんなヘマを天才魔法使いであるオードリーがするわけもなく、暫くすると廃城の中が静寂に包まれる。
「決死隊に様子を窺わせる!」
念のため、ロッテ侯爵が志願した兵士たちに城壁をよじ登らせてみるが、城内からの妨害は一切なかった。
全員が痺れ薬で……いや、魔王の子供には通用していないはずだ。
きっと奴は、奥で敵を待ち受けているはず。
「ロッテ侯爵、僕たちが先に突入します」
「頼む」
「行くぞ!」
「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」
時間はかかったが、これで魔王関連のイベントは終了するはずだ。
魔王の子供を倒して安寧の日々に戻るべく、俺たちは反乱軍の本拠地である廃城に突入したのであった。




