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第九話 探り合い

「さすがは一国の王都だね」


 俺は、初めてやって来た王都ブレッセルの中に入り、一人テンションを上げていた。

 たとえ、デラージュ公爵のご令嬢ローザ様の社交界デビューと八歳の誕生日パーティーに出席するためとはいえ、自由時間がないわけでもなく、俺は城門を潜った瞬間からワクワクしていたのだ。


「今日は、ホテルに泊まるんだよね?」


「はい。上級貴族御用達の高級宿がございますので」


 王都のお店でローザ様のプレゼントを購入し、今日は宿に泊まって明日がパーティー本番であった。

 宿泊先は、高貴な方々御用達の宿があるらしい。

 父が事前に予約を入れてくれたのだ。


「悩むと時間がかかるかもしれないから、急ごうか」


「そうですね」


「アーノルドお坊ちゃま、なるべく早く決めましょうね」


「それは、ビックスがどれだけ協力してくれるかだね」


「俺、女の子にプレゼントなんて贈った経験がないんですけど……」


 今日のお供は、いつものレミーとイートマンの息子ビックスであった。

 彼はまだ十五歳と若いが、剣の腕はイートマンよりも上なのだそうだ。


「早くいい品が見つかるのを祈るよ」


 三人で、高価な品が売られている店舗が集中している区画へと移動する。

 王族、貴族、金持ち御用達の店舗が多く、店の前には俺のように従者を連れた貴族や金持ちが沢山いた。

 彼らの中にも、ローザ様の誕生日パーティーに招待されている者がいるのかもしれない。 

 試しに何店舗か入って商品を見て回るが、ちょうどいい品が見つからなかった。


「アーノルド様、この帽子はどうでしょうか?」


「駄目、高すぎる」


 俺は、五万シグの値札がついた帽子を勧めてきたビックスに駄目出しをする。

 ついでにいうと、センスも悪かった。

 俺にもそんなものはないが、ビックス、八歳のご令嬢におばさんが被りそうな帽子は駄目だと思うぞ。


「この、安すぎず高すぎずな中途半端な値段設定はよくないですね」


 続けてビックスは、十二万シグの値札がついたワンピースを見ながら溜息をついた。

 残念ながら、そのワンピースもくどいほどの紫色でまだ幼いローザ様には似合わないと思う。

 第一、サイズが大きすぎる。


「二万シグだと、装飾品も安っぽくなっちゃうからなぁ……」


 平民や下級貴族の娘に贈るのなら悪くないが、公爵令嬢に贈る装飾品の値段じゃない。 

 二万シグで、公爵家の令嬢が持ってもおかしくない品というのが難しいのだ。

 

「俺なら、現金大歓迎なんだけどなぁ……」


「ビックス! 公爵家のご令嬢に、現金を贈れるはずがないじゃないですか!」


 ビックスがバカみたいなことを言ったので、レミーに叱られてしまった。

 使用人の中では、彼はまだ新人でペーペーだ。

 上級メイドであるレミーの方が圧倒的に偉いので、彼女に叱られたビックスはすぐに大人しくなってしまった。


「(図書カードとか商品券って、この世界にはないからなぁ……)」


 もしあったら、それでお茶を濁せたのに……。

 裕子姉ちゃんなら、○○ゾンギフトカードとかでも喜んだはず。

 そういえば、裕子姉ちゃんどうしているのかな?


「アーノルド様?」


 ついボーっとしていたので、レミーに声をかけられてしまった。


「ああ、なんでもない。小物でよくないかな?」


「小物ですか?」


「そう、ハンカチとかいいかも」


 どうせ、高価な服やアクセサリーなどは身分が高いの方々が用意するはず。

 下々からのプレゼントになんて目も留めないだろうけど、ハンカチなら毎日使うし、二万シグのハンカチだと素材や刺繍にも拘れる。


「シルク製で刺繍が素晴らしいものを探しましょう。アーノルド様、お店を変えます」


 俺の意見を聞いたレミーが店の移動を提案し、同じ区画の別の店へと向かう。

 そのお店にはシルクのハンカチが置いてあり、端の部分に綺麗な刺繍がされたものが高値で売られていた。

 値段は一枚一万シグであった。

 根が庶民である俺は、一枚一万シグのハンカチに驚愕した。


「俺なら、もったいなくて使えないけど……」


 ビックス、俺もお前の意見に賛成だ。


「公爵家のご令嬢が、一枚500シグのハンカチを使うわけにはいかないのです。これでよろしいかと」


 レミーから了承の返事をもらったので、違う柄のものを二枚購入し、目的を店員に告げて綺麗に包装してもらう。

 柄は適当に俺が選んだ。


「はい、終了」


 予想よりも早く終わってよかった。

 あとは、宿にチェックインするまで他の店で買い物だな。

 広域鑑定でなにかないかを探る作業もある。


「あの店舗……」


 俺は高級品を売る店舗が多い区画の端に、一軒の骨董品屋を見つけた。

 でも、正直なところ『広域鑑定』で光らなかったら気がつかなかったと思う。

 一見普通の民家にしか見えず、その家の二階の窓から骨董品がところ狭しと並んでいるのが見えたくらいだから。


「アーノルドお坊ちゃま、本当にお店なのですか?」


「みたいだよ」


 二階の窓の内側に小さな木製の看板がかかっており、『お気軽に店内にどうぞ』と書かれているのを見つけたから、入っていいはずだ。


「すみません」


 早速その家のドアをノックするとすぐに扉が開き、家の中から魔法使いのようなお婆さんが出てきた。


「ほほう……このお店に気がついたのかい」


「商品を見てもいいですか?」


「ああ、いいよ」


 ばあさんの案内で家の中に入るが、一階は普通の民家であった。

 階段を昇って奥の部屋に入ると、そこには多くの骨董品が所狭しと並んでいる。


「見たところ貴族のお坊ちゃまらしいけど、はたして買えるかねぇ?」


 お婆さんは、商売っ気の欠片もなかった。

 いきなり、客に対し金があるのかと喧嘩を売ってくるのだから。


「失礼な婆さんだな」


「失礼な若造に言われたくないね」


「ああ言えばこういう婆さんだな。アーノルドお坊ちゃま、こんなボロしか置いていない店、やめましょうよ」


 ビックスは、このお婆さんをインチキ臭いと思っているようだ。

 早く出ましょうと俺に言ってくる。


「こういう店にこそ、掘り出し物があるのさ」


 『鑑定』を使って店の商品を見てみると、ところどころに高価な品が置いてあった。

 だが、このお婆さんは相当な目利きのようだ。

 ここで購入した商品を転売しても、ほとんど利益が出ないようになっている。


「レミーさん、こんな店に客なんて来るんですかね?」


「若造、この婆の心配をしてくれるのかい?」


「んなわけあるか」


「若造ならそう言うと思ったわい」


 お婆さんは、ビックスをからかって楽しんでいた。

 これは、相当な修羅場を潜ったお婆さんのはずだ。


「この手の骨董品屋は、他のお店と違って客数が多ければいいってものではないのさ。上客が一人いれば、それだけで食える」


「貴族のお坊ちゃまの言うとおりさね。このお店には、たまに口にするのも憚られる方々が骨董品を購入しに来るのさ。私しゃ、客に偽物を売ったことがないのが自慢でね」


 確かに、いくら鑑定しても偽物や十万シグを下回るような骨董品は一つもなかった。

 この婆さん、『鑑定』は使えないはずだが、相当な目利きというわけだ。


「(それよりも、まずは『広域鑑定』で出た光の先だ)」


 店内を見渡すと、店の奥に一冊の本が置かれていた。

 タイトルは『錬金術』のすべてである。

 そして、この本がなぜ光っているのかと言うと……。


書籍:錬金術のすべて(特技の書)

効果:どれでも一つ特技を覚えられる(これで錬金術を覚えてから、本の中身を勉強しよう)

価値:100000000(250000)シグ


 一億シグ……二つ目の特技の書であった。

 カッコの中の二十五万シグは、本自体の価値であろう。

 本にしては非常に高いが、これは錬金術師自体が少なく、書籍を記せる人が少ないからだ。

 この世界には印刷機がないので、本はすべて人の手で複写しなければいけなかった。

 だから、本は高くて当たり前なのだ。


「この本はいくらなの?」


「百万シグだね。ちなみに、私しゃ値引きには応じないよ」


 そう言い放ってから、お婆さんは俺に意味あり気な笑みを浮かべた。

 どうやらこのお婆さん、この錬金術書になにかがあると気がついているらしい。

 だから本来の定価の四倍も吹っかけてきたのだ。

 ただ、鑑定眼だけで『鑑定』の特技を持たないお婆さんは、この本を特技の書だと認識できない。

 できていたら、たった百万シグで売るわけないのだから。


「(『鑑定』の特技持ちを罠に嵌めようとしているな)」


 『鑑定』の特技を持つ者など、ゲームの設定だと数十年に一度しか出ない。

 みんな、懸命に勉強して目利きになるしかないというわけだ。

 それを気が長いことに、このお婆さんは珍しい『鑑定』の特技持ちを回りくどい手で探しているわけだ。


「いくらなんでも高いと思いますが。通常はこの四分の一の価格です」


 さすがは上級メイドのレミー、豊富な知識からこの本がボッタクリ価格であることに気がついた。


「そうだね。本屋に行けば、これと同じ本が二十五万シグで売っているさ。だが、このお店は私の店だ。なにをいくらで売ろうと、他人にとやかく言われる筋合いはないね。それで、買うのかい?」


 お婆さんは……もう婆さんでいいな。

 ババアでないだけありがたいと思え。

 この婆さん、俺が『鑑定』持ちかどうか探っていやがるな。

 もしかすると、子供の俺がいきなりこの店に入ってきた時点で疑われているのか?


 さて、どうしたものかと考え始めるが、貴重な特技の書を入手しないという手はない。

 金も持っているから、この本を買うしかないのだ。

 問題は、どうやって婆さんに疑われないように購入するかだな。


 暫く考えて、ある言い訳を思いついた。


「買うよ」


「アーノルド様?」


「レミー、これはこのお店の常連になるための試練なんだよ」


「試練ですか?」


「最初にわざとボッタクリ価格で商品を売りつける。それがわかって購入した人は、無事に常連になれるというわけさ」


 本当にそうかは知らないが、そう言っておけば定価の四倍で本を購入する理由にはなる。

 『鑑定』の特技を持っているからこの本を選んだと、思われないで済むわけだ。


「この本も買うけど、他になにかお勧めはないかな?」


「ふん、ちょっと待ちな」


 婆さんは骨董品が積まれた部屋を出て行き、数分後に一本のナイフを持参した。


「二十五万シグでいい」


 そのナイフに派手な装飾はないが、作りが丁寧で、とてもよく切れそうに見えた。

 鑑定をすると……。


武器:護身ナイフ

効果:軽量化、切れ味増進

価値:百万シグ


 俺がもっともな理由を言って本を購入してしまったものだから、ボッタクリ分を補てんする商品を持ってきたようだ。

 これで俺に損はない。

 婆さんは、どこかで価格よりも安く仕入れているだろうから、それなりに儲かっているであろう。


「いいナイフだね」


「錬金術で作製されたナイフだ。派手な装飾はないが、機能美はあると思うよ」


「そうだね」


 この世界の貴族ってのは、派手に装飾された剣や鎧、服に生活用品が大好きな人が多い。

 俺の父は、使いにくいからという理由で派手な装飾は施さないけど。


「買うかい?」


「勿論」


 俺は百二十五万シグを支払って、本とナイフを購入した。

 さっそく本に触れて特技の書を使う。

 覚える特技は、勿論『錬金術』だ。


 シャドウクエストの設定では、『錬金術』があった方が色々と便利だ。

 とにかくお金が入りにくく、回復薬などの魔法薬が高価だからゲームを進めれば進めるほど金欠になってしまうからだ。

 成功率が高い『錬金術』なら、これら薬品の製造や武器の強化は自分で行った方がいい。


 じゃあなぜ先に『純化』を覚えた方がいいのか?

 それは、中級くらいまでの錬金は『錬金術』の特技がなくてもできるからだ。

 知力が高ければ、終盤まで使える回復薬などが作れる。

 素材を『純化』してから錬金を使うと、錬金の失敗が少なくなる利点もあった。

 あまり成功率が高くない錬金では、余計に金欠になってしまう。

 もう一つ、運の要素も大きい。

 一部の錬金アイテムには、製造時に運の要素が大きくかかわるものもある。

 いくら完璧に素材を揃え、『錬金術』と『純化』の特技を持ち、知力が高くても成功率が異常に低い錬金アイテムがある。

 錬金に失敗すると、素材はゴミになってしまう。

 武器に属性を付加しようとして失敗すると、その武器までゴミになってしまうのだ。


 ゲーム後半で製造可能な強力な武器や防具を売却すると異常に高いのは、成功率が低いからという理由が一番大きかった。

 超一流の錬金術師が十パーセントしか成功しない付与武器のコストには、失敗してゴミと化した武器九個分のコストも加わっているわけだ。


 そして、ここでも運が問題になってくる。

 運の数値が10だと10パーセントの確率でしか成功しない錬金も、20あれば20パーセントの確率で成功する。

 そして100だと、一万回に一回も失敗しない。

 100パーセントではないのだが、むしろ失敗した方が珍しいという結果になる。


「(これで俺も錬金術師だな)」


 自分で簡単に回復薬が調合できるので、ゲームクリアが大分有利に……別に魔王なんて倒さないけど。


「貴族のお坊ちゃま、またのご来店を」


「いい品があったら、また利用させてもらうよ」


 買い物を終えて店を出ようとすると、なんとあの愛想の欠片もなかった婆さんが挨拶をした。

 上手く誤魔化したつもりでも、まだ疑っているのかもしれないな。

 どのみち、また掘り出し物を探しに来るかもしれないので、婆さんにちゃんと挨拶を返しておくのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ええ? 運の数値が100だと錬金術の成功率がそんなに高くなるのか! そりゃ、運の数値をまず最初に100にするわけだ。 それにこの骨董屋のお婆さんも只者じゃない。 こりゃあ完全に疑われたか…
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