第三話 幸運にも女の子と話せました
―城下町・正門にて
「-貴様、止まれいっ!!」
門番の男は俺を見るや否や、低い大声を上げる。
「は、はいっ!すみません!町に入りたかっただけなんです!」
21世紀を生きる日本人の中で槍を突き付けられた経験のある者はいるだろうか。――そういう意味で俺はかなりのレアケースらしい。
「旅の者か?それにしてもその見慣れぬ格好・・、出自と職種を言え。」
男は構えた槍を俺の心臓に向け警戒している。どうやら下手な事を答えるわけにはいかないようだ。
(__ここは本当の事を言ったほうがいいのか?いや、仮に伝えたとして信じてもらえるのか?まったく、バイト明けの俺には酷なシチュエーションだぜ・・・。)
俺が頭を抱えていると、後ろから高い声が聞こえた。
「おーい、私は第3級民のアガサ!! 忘れ物を取りに入りたいのだけど!」
この女を現代日本のジャンルに当てはめるならば、『巨乳ロリ』といったところだろうか。――なかなか悪くないな、うん。
顔見知りなのか、門番たちは俺に対する警戒を緩める。
「誰かと思えば宿屋んとこの娘のアガサじゃねえか。また『害虫駆除』のお仕事かい?」
それを聞いたアガサは、少しばかりご立腹の様子だ。
「そんなシケたものじゃないって。今回は『風狼狩り』。ようやくギルドも天才魔法師である私の実力を認めたようね。」
「ははっ、よく言うようになったもんだ。よし、通っていいぞ。」
「―――待って。」
気づけばアガサは俺のほうを向いている。
「あぁ、こいつか。武器も持ってないし服もここら辺の物じゃない。さしずめ、盗賊にでも荷を奪われた流れ者ってとこだろ。あるいはそう見せかけた他国の間者かもしれん。ここはひとつ奴隷商人にでも引き渡すか。」
「ど、奴隷!?」
俺は思わず大声を上げた。奴隷はヤバイ、何としても避けなければ。
それを見ていたアガサは少し考えた後、口を開いた。
「よく考えたら、この人うちの宿の20号室を予約していた旅人さんじゃないかなぁ。」
「なんだと、アガサ!それは確かか!?」
「うん、間違いない。お金は持ってないみたいだけど・・・。」
(これはおそらくアガサが俺に出してくれた助け船・・うまく合わせるしかない!)
「・・実を言うと俺は先日夜盗に遭いまして。朝起きたときには既に貴重品を奪われていました。アガサさんの宿を予約していたのは本当です。」
もちろんこれは嘘だ。しかし、死んでここにやって来たなどと言えばそれこそ嘘に聞こえるだろう。
「ほーらね♪ 入国費と宿代は私が渡すから入れてあげてよ。」
「・・むう、そういうことであれば仕方ない。”小門、開け!”」
ギィという音とともに目の前の門が開く。俺とアガサはそろって門をくぐった。
俺は胸を撫で下ろした。それも当然のことだろう。一つ間違えば奴隷になっていたのだから。
「アガサさん、本当にありがとう。一時はどうなるかと思ったよ・・・。」
「アガサでいいって。この国に旅人は珍しいからね、いろいろ話を聞きたいなーなんて思っただけ。”名無しの旅人”さん?」
「そういえば、まだ名乗ってなかったっけ。俺は月宮幸太郎、長いようなら”コウ”って呼んでくれ。」
「”コウ”ね。服装といい、文無しといい、気に入ったわ。私の宿まで案内するね。」
面前に広がる町は区画整備されてはいるが、どうにも古ぼけた建物が多い。丘から遠くに見えた優美な城や塔などの建築物とは対照的だ。
それに彼女はさっき自分のことを第3級民 とか言っていた。そういえば町行く人々も明るい様でいて、どことなく暗さを感じる。
「それにしてもコウって幸運だよね。私がたまたま杖を忘れなきゃ今頃奴隷商人の馬車の中だったかも。」
言われてみればそうだ。しかしアガサのセリフの中で一点、気になる単語があった。
”幸運”
これほど俺にとって縁のない単語があるだろうか。俺の人生に欠けすぎていたもの。――――――――なんで今更になって。
「――着いた。ここが旅館”三日月”。この町、《レオ・クレタ》では一番の歴史を持つ旅館なの。今は私の両親が経営してるってわけ。」
アガサはそう言うと急いで旅館の中に入っていった。確かに素人の俺から見てもここが老舗旅館だというのは納得がいく。―とりあえず今日のところ寝床に困ることは無さそうだ。
「じゃあ私は杖もちゃんと持ったし、近くの森まで『風狼狩り』に行って来るから、部屋でくつろいでて。」
「本当に何から何までありがとう、アガサ。でも、見ず知らずで素性の知れない俺にどうしてここまでしてくれるんだ?君に何のメリットがある?――それだけじゃない。君には聞きたいことが山ほどあるんだ。例えば、この”世界”について」
アガサは俺の質問に困惑してる様子だ。
「せ、世界?・・よくわからないけど君を助けたのは私の単なる”興味本位”、そして君が助けられたのは君の”幸運”。それでいいんじゃないかな。さっきも言ったけどこんな辺境の町に旅人はめったに来ないの。旅人から話を聞くのも私の趣味の一つってわけ。」
「・・先に言っておくが、俺は厳密には旅人じゃない。きっと話せば長くなる。」
「・・ふーん、なんだか”訳アリ”っぽいね。まあいいや、そういう話は夜じっくりと、ね?」
え・・?「夜じっくりと」、マジで?これって現実なのか?だってつまりそうゆうことじゃん?
てか、アガサって女だよな?俺、女と話せてたのか?陰キャガチ勢のこの俺が?
おぉ、神よ。わたくし、月宮幸太郎は生まれて初めてあなたの与えてくださった幸運に感謝します。25歳にしてついに童〇を捨てる時が来ようとは・・・。
「なーに、ぶつぶつ言ってんの?」
「はっ!!い、いえ!なんでもごじゃいません!」
噛んだ、盛大に噛んだ。
月宮幸太郎25歳、いまだ愛の形を知らぬ。いまだ恋の味を知らぬ。―――――知る日は近い、のか?
次回はこの世界についてアガサさんから説明があるそうです。
ブックマーク等よろしくお願いします。<(_ _)>
6/15までに次話更新します。