第二話
歩き続けて……――十分後、
「こ、……ここどこぉ!?」
香由花は迷子になっていた。
もお、ばかっ……。香由花は自分に嘆いた。
近くにドーナツを買いにきただけだったのに、気づいたら見知らぬ街に立っていたのだ。
小さな道路を車が走っている。
スーパーや本屋さん、やおやさんがあって、がやがやとしていてにぎやかだ。
近くに遠くに人が数人いきかっていた。
けっこう都会だ。香由花はとまどってしまった。
こまった。まったく知らない街……どうしよう。
空気がひんやりと感じた。なんだか手足の先が寒くなる。
しかし、道路をこえた正面に、あるものを見つけたのだった。
スーパーと本屋さんにはさまれていて、気づかなかった。
それは小さな小さな店だったから。
香由花は、ごくりとつばをのみこんだ。
「ぺ……ペテ……ペト? ペトショプ?」
英語で書かれていたせいで、正確には読めなかった。
でも、――その看板には、ハムスターの絵がかかれてある。
ペットショップだ。
しかも、犬や猫の絵は描かれていないとこからして、ハムスター専門店の様子。
脳裏に珠輝のマンガが思い浮かんだ。
ハムスターかぁ……。
ちっちゃくてつぶらな瞳がかわいくて、毛がふわわっとしてて……
香由花は、不安がすうっと消えていくのを感じた。
右を向く。少し行ったところに、小さな横断歩道がある。
(よーし! どうせ誰かに道をたずねるなら、あのペットショップにきーめた! 行ってみよう! ついでにハムスター見学だあっ!!)
香由花は、横断歩道に向かってかけだした。
まよわないように、つねにペットショップの位置を確認しながら、横断歩道のところまで走る。
その横断歩道の信号は赤。
と思ったらすぐに青に変わる。
数人の人といっしょに道路をわたり、今度は左へ走る。
「つ、ついた!」
そのペットショップは、うすよごれた黄色のたてものだった。
あ~んまり、はやっていなさそうな……。
それは香由花の頭の中に、ひとつの希望を生んだのだった。
(すて犬、すて猫、っていうし……それじゃあ、すてハムなんて、いるんじゃないかな!?)
店の人に、ここはどこなのかたずね、家へ帰る道を教えてもらい、そしてあわよくばハムスターがもらえたら!
香由花は、それはちょっと期待しすぎかなと思いながらも(すてハムだなんて聞いたこともない!)希望に胸をふくらませながら、ドアを押した。
チリンチリン。
香由花は意気揚々と入店した。そのとたん、
「店員さん!! どうして、このハムスターだけは売ってくださらないんですの!? ねえっ! どうして!」
香由花は驚いて目を見張った。
正面、奥にあるレジカウンターの前に、ドレスを着た金髪の少女が叫んでいた。
腰までとどく、まっすぐで美しい金のロングヘアーは、毛先だけ大きくギザギザと直角の段をつけるようにヘアアイロンをかけてある。頭の中央には、金髪によく映える白のカチューシャ。
店の人に向かって、なにやらさけびにさけんでいたその子が、桃色のドレスをひるがえしてちらっとこちらをふり返ったので、正面から顔も見ることができた。
ながーいまつげがふちどっている、ちょっとつりがちで猫のような、淡いアメジストのような色をした目、ぷっくりした形の良い唇。
香由花が息をのむほどの美人さんだった。
ドレスの胸のあたりには透きとおったひすい色の宝石がうめこまれている。
ど、どこかのお嬢さんなのかなあ?
その子があまりに堂々としているので、香由花は彼女が自分と同じくらいの背の高さで、年もそんなに変わらないだろうということに気付くのが遅れた。
そして――よく見ると、彼女は肩にちょこんとハムスターを乗せていた!
輝く金色のふわふわの長めの毛、くりくりの目、長いひげ。
かわいらしい小さなハムスターだ!
両ほおのあたりの毛がひとふさずつぴょーんと長いのが少し変わっている。
うわあ! いいなあ……!
「ごめんなさいね、小梅ちゃん。あなたにはそのリオレーヌちゃんがいるでしょう? ハムⅠレースに出せるのはマスター一人につき一ぴきだけ。それはあなたもわかっているはずよ」
そして、レジ越しに一人の女の店員さんが、困った顔でそう話しかけている。
レジカウンターの上に、一つのゲージが置いてあった。
そしてその店員さんは香由花の存在をみとめたあと、「いらっしゃいませ」と声をかけてくれた。
美しいドレスの少女は、香由花からくるりと背を向けてしまう。
「ええ、もちろん! でも、その子は! その子は特別で! ……今すぐにはハムⅠレースに出せずとも、その――その日まで、わたくしがきちんと愛情を持って育てますわっ……!」
ドレスの女の子は感情をたかぶらせ、首をふってうったえていた。
店員さんは、申しわけなさそうに口を開く。
「この子も、あなたのリオレーヌちゃんも、ハムⅠレースで走るために生まれてきたようなハムスター……。あなたがこの子に特別な思いを抱いているのもわかるわよ? でも、だからこそ。この子にふさわしい新しい飼い主は、必ずきっと見つかるわ。だいじょうぶ」
えっ、ハムⅠ……レース?
二人はなにかでもめているようだった。
香由花は、なにやら険悪なふんいきにおびえながらも、そっとちかよっていった。
「あ、あの~~う」
ここはどこなのか、あとすてハムスターなんてものはいないか、それを聞くためにここへ来たのだが、どうにも気になる。
「すいません、なんの話をしているんですか?」
香由花が思い切ってたずねると、ドレスの金髪少女がふたたびふりかえる。
肩のハムスターがまた見えた。
肩にのった黄金のハムスター。
や、やっぱりかわい~っ!
香由花はうらやましくてしかたがなくなった。
「……フン、あなたは?」
彼女は、まるで香由花を見定めるかのように、長いまつげを伏せてたずねてきた。
「あっ、私は、星野香由花っ。そのハムⅠレースって……」
自己紹介をすると、その女の子はさっきまでのいらいらをどこかへやって、にこやかに笑ったのだった。
「あら、ハムⅠレースをご存知の方ですのね?」
彼女は猫っぽい目を少し穏やかにし、肩にのせたハムスターがおっこちないように、握りこぶしをひらいた手でやさしく首元によせた。
しかし次の瞬間には一転、目を細めて
「あなたも選手ね?」
とすごみを利かせて威圧するように言い、不敵に笑ってみせるのだ。
えっと、えっと?
ハムⅠレース?
選手?
いや、その、それがいったい何なのか私はわからなくて――
香由花がうろたえて、何も言わないでいると、彼女は
「あら、私のことご存じないの」
と気の抜けたようにため息。
そして両手でドレスをつまむと、優雅に、一礼。
「わたくし、樺小梅ともうしますわ。パートナーは、金色の毛を持つゴールデンハムスターで、名前はリオレーヌ。あなたのは?」
もうすらすらすら、と言い慣れた口調だ。
……パ、パートナー? わっ、わたしの?? ああもうなにがなんだか……?
香由花には、なにがなんだかわからないうちに、どんどん物事を進められてしまう。
返事に困っていると、また、チリンチリンとドアの鐘の音が、店内にひびいた。
「お嬢様、お時間です」
そこには、黒いタキシードを着た男が、ぴしっとまっすぐ立っていた。
「あら……。く……もう時間なのね……」
樺小梅と名のったそのドレスの少女は、彼のほうを見てくやしそうにくちびるをかむと、またドレスをひるがえして香由花に背を向け、店員さんの方へふり返り、
「また明日、学校帰りにまいりますわ」
と、ひときわ高く声を張り上げて言った。
そして香由花をふり返り、
「あなた、香由花と言ったわね! 香由花、あなたも出場者なら、いつかまた会うときも来ましょう。そのときは、せめて私の名くらい勉強なさいな」
彼女は当然のようにそう言うと「では失礼」とすそをもちあげもう一度優雅に一礼。
黒服の人にドアを開けさせて、去っていった。




