表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

第十三話

 ハムⅠレースが終了して、表彰式。優勝は、江川達彦・クロコダイルのペアで、実況の秋野がイカした重低音ボイスで名前を読み上げると、塔の一番下からあの銀色に光るパイプベッドが突き上げるように飛んでいった。


 頂上でくす玉かなにか割れたのか、綺麗な紙吹雪がひらひらふってくる。優勝者江川はベッドを操って、その紙吹雪の中に飛び込んでうずを作っては進んでいく。また壁には江川の活躍したシーンがいくつもいくつも、頂上までずっと映し出されている。ビルの間をトップで走る様子、ベッドをスノボ代わりにしてドラゴンと果敢に渡り合う場面、それから、樺さんがぼろぼろになってしまった最終ラウンジでの様子――開会式のファンファーレの時の二倍近くの華やかさだ。


 香由花の後ろからも声がかかる。

「はーい、予想当たった方はこちらへ~」


 ふり返ると、例の紳士服の少年が、郵便屋さんが持つような大きな肩かけかばんをもって立っていた。香由花は、なにやら賭けをしていた友達連れのとなりの子を思い出した。そんな子たちはこの階にもたくさんいるようで――


「あーあっ、樺さん一位はずれちゃったもんねー」

「うん……なんか画面にここが映ったときにさ……」


 なんて声が聞こえてふりかえり、ばっちり目があってしまった。気まずい空気が流れる。


 う……。そうだよね、私のせい……だよね。


 なにか言われないうちにと彼女たちから早々に目をはなし、右どなりの店員さんの方を向いてため息をついた。


「はあ……あのときは、いったいどうなるのかと思ったよ……」


 あのとき。


香由花は偶然画面に映っただけでなく、あの超有名人の樺さんに呼び止められ、しかも聞いたことないほどのひどい叫び声を上げられてしまった。樺さんのアレはそれこそ、信じられないようなものを見たかのような、完璧な悲鳴。もちろん、その後塔内は大さわぎになった。

「あの子誰?」「樺さんが、すっごくおどろいてるよ」「最下位階層の子みたいだけど――」「樺さんとどんな関係なの!?」


 実況の秋野も、何が起こったのか頭を抱えて考えながら、『どうしたことでしょう!』というようなことをひたすら叫んでいた。解説の姫谷も、なにが起きたのか説明しなくてはいけないのだが、わからなくて困った様子だった。香由花は深いため息をついた。騒然とする中、予定どおりに次のステージは始まったが、樺さんの最終結果は六位。十三人中六位なら、半分以内ではある。でも、彼女は優勝候補の樺さんなのだ。多くの人の期待を背負っていた樺さんが、取り乱した心を引きずったようにステージでどんどん惨敗していき、あっけなく負けてしまった。レースの終わったすぐあとは、大混乱と大ブーイングだった。ペアのリオレーヌがいなかったら、最下位かまたは途中敗退していたかもしれない。


「樺さん、どうしちゃったんだろう……なんか、よくわかんないけど叫んでたよね。私、なにかしたのかな」


調子の乗ったようなぽよの声が聞きたくて、今はもう枕におりているぽよの方を向いてそう聞いた。しかし、ぽよはかわいい顔に似合わない難しい表情を浮かべて、黙りこくっていた。


 樺さん……

 聞きたいことがたくさんあった。


 私の姿をスクリーンで見てから、突然止めてって言って、泣き叫んだりして――取り乱して、それで結局あんまり良い順位じゃないみたいで……


 いったい、どうしたの? 私がなにかしたのかな?

 樺さんにとってレースはすごくだいじなことだと思うのに……どうして、あんなふうに――


「さ、そろそろ帰りましょ」

 横からの声がした。店員さんだ。香由花を気づかうような笑みを浮かべながら、ぴょんとベッドからおりる。


「樺さん、残念だったわ」

「店員さん……」

「でも、仕方のないことかもしれない。私のしたことだし」


 店員さんがした、樺さんがショックを受けるようなこと。自然と、ぽよの方へ目がいった。ぽよはさっきからどこか暗い。樺さんとぽよの間になにかが起きたのは確実だろう。


「香由花ちゃんは気にしなくていいからね」


 店員さんは、そう言ってまっすぐ香由花を見すえ、そしてぽよのほうをちらっと見た。その視線で香由花はふと思った。もしかして樺さんは、私がぽよを取っちゃったのを知って、ショックを受けたんじゃないだろうか。

 そして思い出す。今日ペットショップに入ったとき、樺さんが一番初めに言ったこと。


「どうしてこのハムスターだけは売ってくださらないんですの!?」


考えてみればそのとおりかもしれない。樺さんはなんらかの事情があってぽよに強い思い入れがあって、ずっと手に入れたがっていて――。でも、画面には、初めてペットショップに来た女の子の頭にぽよが乗っていた。「カメラを止めて!」そうして、今日店員さんがぽよを他の子にゆずってしまったことに気がついた樺さんはショックで……(しかもタダで。おまけにゲージつきだし……)


「そっ……か」


 大事なレースに支障(ししょう)をきたしてしまうほどだ。もしこれが予想どおりなら、よっぽどの思い入れがあったのだろう。その姿が、ぽよに元パートナーについて聞いた時のぽよの様子と重なる。らしくない樺さん、らしくないぽよ。きっとなにか関係があるのだろうと、香由花は予想した。二人の間に、きっとなにかある。


 二人の間には、なにかある。何万人もの観客、応援の嵐の中で、ベッドが夜の塔を飛んで走るレース。いろんな世界、ドラゴンなんかも出てきちゃったりする、こわくて、危険で、そして……とっても魅力的なレース――ハムⅠレースをつうじて。

 目が合う店員さん。彼女はほほえんだまま、目だけは真剣な様子で言った。


「大丈夫。樺さんがなにを言っても、約束どおり、その子はあなたのものよ。ハムⅠレースを観戦してくれたし、レースにも出てくれるのでしょう」


 そうかもしれない。

 どうして不安?

 目の前の店員さんの、すべてを見透かしていそうな黒い瞳。その瞳に映った香由花自身が、問いかけてくる。


 ねえ――あなたも目ざめてしまえば?


 目ざめる?

 私が――?

 いったい何を言っているんだろう……


「さってと」

店員さんはにっこりほほえんで、切り替えるように言ってくれる。

「眠りから目ざめる方法を教えておかないとね」


我に返りながら香由花は、うながすようにうなずいた。店員さんはベッドの上で上半身をふりかえらせ窓の外を指差した。窓の外はまだ暗く、月が出ていた。店員さんは立てた人さし指を、ほっぺにくっつけると、


「夢から覚める方法、その一! ここから飛びおりる」

 こともなげに窓の外に向けた。

「ぇえっ」


夢からさめる方法が……ここから、飛びおりる!? ああそうか自分で自分に衝撃を与えるってことか……いやいや、でもさあ……。


「二つ目は、現実世界から起こされることで――」

あ、これは安全だ。お母さんに起こされるか、目覚まし時計がセットしてあるならそれでもいいのだろう。

「うんうん」

「または、三つ目」


 店員さんは目を閉じて一度ふああとあくびをしてから続けた。

「ここでもう一度眠るか」

「え、ここで!?」

「そうよ」


 ……なる、ほど? 納得していいのか……な?


「飛びおりると、時間に関わりなくその時点で眼をさましちゃうの。寝なおすのも大変でしょ? うまく寝つけない人もいるし。目ざまし時計とかセットしてあるなら、べつにここでこのまま遊んでいてもいいんだけれど。ああ、空を飛んで家に帰って寝ても同じような感じかしら」


とにかく朝を自然に迎えるには塔の中で寝るのが一番ということらしい。


「だから、いくらスターダストを持っていて、食べ物がどんなにおいしくても、ベッドにのる分しか注文しちゃだめなの。寝れなくて困っちゃうでしょ~」


さて、と店員さんは借りているベッドに置いた黄色いざぶとんの上に、まるで猫のように丸くなると、


「じゃ……おやすみ」


 と一言、即座に寝息を立てはじめた。隣の人が戻ってきたらどうするのだろう、と素朴な疑問を抱いたりもしたけれど、その人はまあ友達のベッドとかで雑魚寝するのかもしれない。


さあ、自分も寝ようかと思い、あおむけになろうと立てていたひじを下ろす。反っていた背骨をいやそうと一度枕に顔からダイブしようとして、目を見開く。枕の真ん中を陣取るようにぽよも丸くなって寝る準備を整えていた。あやうく顔面でおしつぶすところだった。


「もうちょっとはじっこ行ってよ!」


 きっともう眠いのだろう、文句を言い返してこない代わりに動こうともしないぽよを、指先でつまんで、はじによせる。ついでに、首から下げていた星形ペンダントも枕元に置く。


「じゃあ私も、寝ようかな……」


 空いた枕の右よりのスペースに、こてん、と頭をのせると、


【ん~ いい夢見やがれ】


 寝言のように、ぽよのまどろんだ声がかかる。耳元なのでちょっとくずくったかったりした。


(いい夢って……これ以上、夢なんて見るのかなぁ……?)


 視界は、古い岩を集めてできた天井に向けられている。塔の照明は明るいままだ。しかし、場内は少しずつ静まっていく。人の気配が去っていくのを感じた。耳を澄ますと、「じゃあまた明日ね」「学校で会おうね」という別れのあいさつの声も聴こえる。おかしを買いに行ったりしてふつうにまださわいでいるのは、起こされるまでここにいるつもりの子たちなのだろう。ラストスパートとばかりに、友達とおしゃべりを楽しみ、クレープをぱくぱく食べる様子が目に浮かんだ。元気がいいな。私はもうだめだ――ああ本当だ、夢の中なのに眠くなるんだな――へんなの――


 そうして、気がついたらまばゆい光に包まれていた。チチチチ、と鳥の鳴く声が聞こえる。となりには壁。視線を少し上げると、ベッドの列ではなく窓があり、閉まっているカーテンのすきまからまばゆい朝日がさしこんで勉強机を明るく照らしていた――ここは、自分の部屋だ。あおむけに寝たはずが、うつぶせになっていた。ぐりんと体を半回転させ、あおむけになる。真っ白の天井が視界いっぱいに広がった。


 く、うう~っ。

 両手を上に伸ばし、足のつま先までぴんと張る。関節がポキポキと鳴った。よく寝た――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ