第十二話
それは、第二ステージでのことだった。
『おっとぉ、次のステージはドラゴンの砦だあああああああああああっ』
ステージの設定なのか、天蓋が半透明になり、ふいっと消える。現実世界の倍以上派手なドレスの樺さんに、そのとなりには、黄色と黒を基調としたドレスを着た小学三年生くらいの女の子、牧野瑛理――選手紹介の一番初めに出てきた子だ――。ショートヘアの右側にシルクハットを乗せている。さらにそのとなりには、井上隆というらしい青い騎士服の少年の姿。腰には剣が吊り下がっている。
「がんばれ~!!」「負けるなよー!」「いけーっ!!」
声援を背に三人は顔を見合わせると、小さく一つうなずきあった。そして、樺さんと瑛理が頭上にぱっと手を伸ばす。すると、ピンクの光と黄色の光が彼女の上を照らした。
「なに?」
【武器を使うつもりだな】
「!?」
光が消えたころ、二人の手はそれぞれ杖を握っていた。樺さんは大きなハートの形をした頭の杖、瑛理はひし形の頭の杖だ。樺さんのハートの杖には杖を包み込むほどの羽が、瑛理のひし形の杖にはオレンジ色のマントがついている。
井上は腰に下げている剣を引き抜いた。
「男の子は剣で戦うんだ」
【いや、こいつがたまたま剣を選んだってだけで、女でも別に剣使ったってかまわねぇよ】
ふーんと香由花がうなずいたとき、桃色ドレスの樺さんが、ハートのステッキをにぎってドラゴンに突進していった。放たれる火炎放射を、ベッドをあやつって跳ねるようにしてさけ、敵に対して小さいことを生かしてすきを突くように接近。そしてドラゴンの二度目の火炎放射をさけた後、杖を前に向ける。
「やあああああああああっ」
桃色の閃光がほとばしった。杖からのそのビームはドラゴンの首に的中。樺さんの気合の声にドラゴンの悲鳴が重なる。彼女は小さくうなずくと、ぴゅいと少し後ろに下がり、代わりに――
「はああああああああっ」
剣を持った井上が飛び出た。のたうつドラゴンめがけて、一直線に飛んでいく。ベッドの敷布団の上にひし形にしいた赤チェックの薄布をバサバサとはためかせて。強力な一撃にドラゴンは吠え、抵抗するようにくるりと背を向け、しっぽを振るってくる。
「まかせて!」
後ろからの声とともに井上のわきを黄色いビームが通過し、そのしっぽをなぎはらう。信頼していたように、井上は少しもスピードを落とさなかった。バランスを崩したドラゴンに剣をふりかざし、さらなる攻撃を加える。
「だあああああああああああっ!」
まともに受けたドラゴンは激しく飛び回った。その激しさのせいで近づいて攻撃できない井上の代わりに、次は樺さんと瑛理が少しはなれた位置から光線で戦う。
「上手だなぁ……」
ステッキは遠くからじわじわと、剣は近づいて一気に攻撃できるのだろう。それぞれの特徴を生かした三人の連係プレーに、香由花は目がはなせなかった。選手たちは、少しずつ、ドラゴンの体力を削っていく。ドラゴンは逃げながら様子をうかがっている。
三人は杖を剣をふりながら、ドラゴンを追いかける。ドラゴンに、時々ふりかえって火を噴かれるため、ある程度は距離を保ちながら、でも樺さんと瑛理のビームの威力が落ちないくらいの位置にくっついて、追いかけていく。
香由花はモニターで戦いを見ながら、手近に引き寄せていたポテトチップスの袋を封を切った。何度も食べたことのあるメーカーの、うすしお味だ。レースに夢中になって食べるのを忘れていた。ぱりっ。あー塩が利いてておいしい。ベッドに寝転がりながら食べるなんていいのかな、……と思いつつも、どうせ夢なんだからベッドに食べカスが落ちたって、朝起きたらきれいに消えてなくなっているはずだと思いなおす。
それからクレープに具のフルーツをのせて、生クリームもしぼって巻いた。そして間髪いれずそのクレープにかぶりつく。うう~ん! 最高! 大好きなイチゴの味が口の中に広がる。ぜいたくだ。
「おいしい~! ……はー夢の中っていいなぁ」
ハムスターも夢の中なら人間の食べ物を食べれるのかと思い、分けてあげようと横を向くと、
【おいしい……だろうが、夢の中だって痛い思いは――するからな】
と断られた。香由花はぽよに向けたクレープをもどす。
え? 今、なにか言った?
画面では三人が巨大ドラゴンと戦っている。逃げ続けていたドラゴンが、体に当たるビームも無視して急ブレーキをかけて宙に止まった。追いかけていた三人もあわててベッドを止める。
しかしドラゴンの思わぬ行動にひるんだ瑛理が、「きゃ……」とおびえた声を上げた。ドラゴンは暗闇の中で音を聞いたかのように、ぐるんと体を瑛理のほうへ向けた。瑛理はビームを繰りだすのをストップしてしまう。そのすきをドラゴンは見逃さない。
「瑛理!」
樺さんが危機迫る声とともに、瑛理におそいかかるドラゴンにステッキを向ける。井上も、自分の身をかえりみずに飛びかかりに行く。ドラゴンはそれより早く、彼女に接近していた。
「きゃああああああああっ」
井上が到達するころにはドラゴンはとおり抜け、瑛理がドラゴンの爪にやられて、首下、胸上あたりからじわっと血を流していた。瑛理はベッドの上にうずくまり、ドラゴンから逃げ惑うようにふらふらと、よわよわしい移動を繰り返す。
ドラゴンの爪にやられてしまった瑛理は、歯をかみしめているのか、震えている。ぽろっと、涙がこぼれおちた。たった一粒だけの涙。悲しみに暮れているのではない、ただ生理的に出てきただけ、といったような――
「うそ……痛い……の?」
ここは、夢の中なのに?
ベッドの上でうめき声をあげていた瑛理が、眼光をキッと天へ向けた。たどたどしかったベッドの軌跡が、意志に律されたようにまっすぐになる。
香由花は、ベッドが突っ込んでくるから気をつけなくちゃと思った時のことを思い出した。また香由花は頬をつねってみたが、ふつうに痛かった――ただし、目は覚めなかった。それに、ぽよにてのひらをかまれた時も、ちくっとさすような痛みを感じたり――
「そ、そうなの……?」
夢の中の感覚……もしかして痛みすら、現実世界と変わらないの?
「じゃあ今私たちは、夢の中で物を感じて、生きてるってこと――? だから、これは夢だけど、目が覚めるまでは痛みを感じる……の?」
ぽよが教えてくれる。
【ああ。現実と同じく、な。だからドリームカップには、限られた人しか出られねー。シロウトには危険な競技ばかりだからな】
それを聞いて、ぞくっ、とふるえた。
【強すぎる衝撃を受けた時は夢からはじかれる。つまり目が覚めて、現実世界にもどる。もちろん無傷だし、それまでの戦いや傷は記憶にしか残っていない――でも】
香由花は、ぽよのこれから言うことが分かった。
【目覚めるまでに受けた傷は、夢の中にいる間は現実そのものだ。けがをすれば動きが鈍り、当然痛い】
痛い。痛いんだ。現実と、同じように。
口の中に残ったクレープの味。夢の中でも、その場にいる間は現実と変わらない。つまり……当たれば痛い。熱い。夢からさめるまでは、大けがもする。
(そんな……)
戦場には、ドラゴンの雄たけびと、選手の悲鳴がとどろいていた。
それでも、彼女たちは。
弱り切った瑛理にとどめを刺すドラゴン。消える瑛理。ふり返る。次の標的。ピンクのお姫様ベッド。しかし、彼女が目を見開くのは、確固たる意志にもとづいて。
【おとりか……! 共同戦線はまだ続けるみてぇだ……。瑛理のリタイアまで生かしての――】
ぽよが驚きの声を上げる。
「はああああっ!」
樺小梅の影から躍り出た剣。青の騎士が貫き――ドラゴンの断末魔が上がる。
そう。
危険を目の当たりにしても、恐怖心をかなぐり捨てて、彼女たちは立ち向かい、前に進む。
香由花は、戦いが終わってからも、画面から目をそらせずにいた。
このレースの、一つの境地から。
次のステージへと選手たちが移動をしている。今は香由花もようやく画面から少し目を離し、またお菓子を手に取りながら、ぽよと話していた。
「ぽよは……前にレース出たことってあるんだよね」
ぽよは、【ぽよ?】と一度いぶかしんだ後、
【ん、ま~、あるぜ】
口をモヒモヒ動かしながらそううなずいた。言葉は悪いし、やたらえらそうだし、すぐ調子乗るし……、でもぽよがハムⅠレースについてよく知っていることだけは、香由花もうすうす感づいていた。
【俺は名選手だったからなぁ……】
あ、ほら調子乗った。
【あっ、信じてねーな】
歯ぐきをむき出しにしてシャーッと威嚇してくる。愛くるしいハムスターがそんなことしても怖くないなずなのだが、愛くるしいハムスターがそんなことするから逆に怖い。
「ま、前も、ペアとか組んでたの?」
そうたずねると。
【あー……】
ぽよは前歯と歯ぐきをしまい、ふり上げたこぶしもおろした。
【そりゃあ、まーな】
し……んと、あたりが静まり返ったような感じがした。ようやくはっとする。そういえばぽよは、ペットショップに売られていた。
一度は、飼われていたのだ。それが、売られてしまった。
【……いろいろあんだよ。ガキにはわかんねーようなことが】
ぽよは、いつもの意地悪そうな笑みでふり返る。
「が……ガキじゃないもん」
言いながら、悪いことを聞いてしまったと感じた。香由花はキョロキョロとあたりを見回した。私だって気ぐらいつかえる。よし、思いきりほかの話題にしてしまおう。気になるけど、今はまだがまんするしかない。それがへんなことを聞いてしまったせめてものおわびだ。
「あっ、見てみて! ほら!」
【お】
みんなそれぞれの目に映っている大画面を見ると、切り替わったのか、選手たちではなく観客を映していることに気がついた。
並ぶベッドを左から右へと流すように、映していく。野球の試合とかでも休憩時間にこうやって観客席の様子をスクリーンに映すときがあるが、それと同じだ。画面に自分が映ったことに気がついたパジャマの子たちは、おかしを食べたりクレープを作ったりする手を止め、画面に向かってしきりにその手を振っている。
「あ……この映ってる階って、私たちのいる、最下位階層のこの階じゃない!?」
他の話題をさがしていたとはいえ、何気にすごいものを見つけてしまった。
そうだ。たしかパジャマを着ているのは、最下位階の子たちだ。画面に映っている、ポテチやハンバーガー、クレープを食べている子たちはみんなパジャマを着ている。「あ、あ――っ」見ると、なんと見覚えのあるおかっぱ頭の、エプロン姿の女の子が流れてきた。
「ほらほらほら店員さんが!」
【んー? 人ちがいじゃね?】
ぽよがとぼけた声を上げる。が、画面に映っている緑色のベッドはたしかに今店員さんの座っているベッドだし、その上に乗っている食べ物のハンバーガーにポップコーン、それとフライドポテトとポテトチップス、クレープセットは、さっき香由花が半分渡したもので――
「あ、ねえっ、ほら!! 次、私たち映る、映るよ!」
次のときには、そう叫びながら前を指をさし、口をぱくぱくさせた自分の顔が、大きなスクリーンの左端から流れてきた。
【おお! ホントじゃねーか! ぎゃはは、こんなふうに俺様が観客席で映されるとは!】
ようやく信じたぽよも身を乗り出して目を輝かせる。それだけじゃ足りないようで、ベッドに腹ばいになって顔だけ上げて前を向く香由花の腕に爪をかけ、肩まで登ってくる。香由花はそれを画面越しに確認する。
【おっし! おまえ、ファンサービス、ファンサービス!】
「はっ!?」
【なんでもいいから、ほら!】
ぽよはまだ足りなかったようで、香由花の首元に下がった髪を両手でぐっとつかんで、頭の上までよじ登ってくる。
「あー、髪引っぱんないで、いったたたたたっ!」
【んしょっと! ほら! なんか芸やれ! 芸! あーおい画面から消えちまう!】
「む、むりでしょ……!」
なに言いだすんだぽよは。だいたいファンサービスって……ファンって誰の。威張ったように二本足で頭の上に仁王立ちするぽよを、頭上の感覚と目の前の大画面で確認する。
【もう! ほら、手ぇだせ!】
頭の中をクエスチョンマークとエクスクラメーションマークでいっぱいに満たしながらも、香由花は言われるがまま画面の中の自分に向かって振ってみる。わーこの映像、一万人もの小学生が見ているんだよなあー……なんだか緊張してしまうけど、少し楽しい。
【そうじゃねえ! ほれ、じゃんけんぽんでもして盛り上げろ!】
ぽよは小さなハムスターの手をふってなにかやっている。――じゃんけん!?
「は、恥ずかしいよ!!」
できるわけがない。
【カリスマ性0だな……ったく! ドリームカップ出場選手にカリスマ性は必要だぞ? あっ、あーっ画面から切れちまう! 横へ走れ、走れ!】
「走らないっ!」
だいたい自分はまだドリームカップ出場どころか、どんなレースにも出たこともない。いや、そもそもハムⅠレースのことを知ったのも今日が初めてで――と、その時。
「カメラちょっと止めて!!」
緊迫した悲鳴が響き渡った。注目をあび、ただでさえ緊張していた香由花はびっくりして、かたまってしまう。
遅れて、その声が聞き覚えのあるものということ、そしてこんなふうにマイクで拡張される声は、実況・解説者、オーナー以外には選手しかいないことに気がまわる。
その、妙に威圧感のある、聞き覚えのある声を受け、カメラが止まる。
「な――に――?」
「そこの子よ! あの子――肩に――!」
聞き覚えのある音声が、また響き渡る。
(え、ちょっと、待って……)
香由花は、画面の中に、顔をひきつらせる首もとまでのショートヘアの女の子を見つめた。頭に、仁王立ちして手をふり上げる、いばったハムスターをのせた女の子――つまり私。
「とっ」
を、全塔内放送中の画面の真ん中で――!?
「と、止めてってなんですかーーーーーーっ!?!?」
「いやあああああああああああああああああああああああああっ!!」
香由花の叫びに、発狂したような悲痛な叫びが重なった。
止めてという声に追いすがるように、カメラが画面スペースの半分を区切って映したのは、一つのお姫様ベッド、金髪に桃色ドレスの――あの樺さんが顔を真っ青にした姿だった
な、な、なんで、樺さん絶叫――?




