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第十一話

 ぐるぐると塔を登って自分のベッドの持ち場にたどりついた。


「って、わっ」


 そこには、大量のファーストフードが陳列されていた。キャラメルポップコーンはバケツ並みの大きさの容器に山盛りに入っており(若干ベッドにこぼれている)、ほくほくのフライドポテトは香ばしい香りを放ちながら、ベッドを温めている。パーティサイズと言っていたポテトチップスは、こんなに大きなサイズなら、さぞかし立派なパーティーだよなあとため息が出るほどの大きい袋だったし、クレープにいたっては、皮と、明らかに皮に入りきらないと思われる量の種類豊富なフルーツ、そして大量の生クリームといった具材が、それぞれ別々に用意されていた。自分で好みに作っていいということだろう。見回せば、他のベッドのみんなも、多少の差はあれどまあファーストフードがあふれ返った同じような状態だった。まったく、夢の中とはいえぜいたくな話だ。香由花はベッドに乗っているおかし類約半分を店員さんに渡すと、よいしょと自分のなじみのベッドに上がった。同時に移動用ゲージを開けて、ぽよを出してあげ、自分のとなりに置く。小さくて、ふっと目をはなしたら知らずに香由花の体で押しつぶしてしまいそうだ。ただしその前にぽよの抵抗または悲鳴で思い知らされるかもしれないが。


となりのベッドには誰もいなかった。そこに店員さんがひょいと座る。


「店員さんは自分のベッドで来ていないんですか?」

「ふふ、あたしはこれよ」

 そういって店員さんはどこからかざぶとんをとりだした。


「ええっ、ざぶとんで来たんですか?!」

「そうよ。ベッドで寝るんじゃなくて、居眠りしちゃったみたい」

「ほえええ、じゃあ学校で居眠りしても椅子でここに来れちゃうんだ……」

「まあ、そんなこと考えるなんていけない子」

 店員さんは芝居がかったように腕を組む。香由花はぽりぽりと頭をかいた。

「でもそうよ、来れちゃうわ」

ふうん……香由花はうなずいた。


 周りのベッドを見回してみると、みんな寝転がってほおづえをつき、レースが始まるのを待ちわびていた。

 香由花もそうしようと思ったが、ベッドの頭に柵があるデザインなので邪魔である。足元には柵がない。香由花はベッドに念じて浮かし、前後をさかさまにした。これで寝転がっていてもレースを見ることができる。

 夢の中だからなのかちりひとつくっついていない裸足をベッドにのせて寝転んで、半身だけ布団をかぶる。


 包まれるような心地良さにうっとりしながらハムスターといっしょに試合を見られるなんて幸せだなぁ。ああっ、それにおかしおかし~。


 香由花はポテトチップスの袋を取って抱き寄せながら左を向いた。誰のか知らないけど空いているとなりのベッドを使っている店員さんはさすがに寝転んだりはしないようで、ベッドを半回転させてソファのように横向きにし、その上に腰かけていた。


「そろそろ始まるわね」


 店員さんが声をかけてくれる。それにしても、塔の中でレースをするってどういうことなのだろう。香由花は聞いてみた。


「あの、ハムⅠレースって、 “レース ”ってつくくらいなんだから、走るんですよね?」


 布団をかぶったまま店員さんのほうを向くと、「ん?」と首をかしげてくる。


「いや、レースって足の速さを競うものですよね? でも……」


 香由花は中央吹き抜けに目を向けた。塔の中央には階段もなければはしごもない。いったいどうやったら塔を登るレースなどできるのだろう。それに、あの謎のスナップ写真の数々……。


「いいえ、足の速さは競わないわ」

「あれっ??」


 店員さんの否定の言葉の意味がよくわからない。徒競争のようなものだと思ったのに……?

 店員さんはごく当たり前のように答える。


「ハムⅠレースは選手がベッドに乗って走るレースよ」


「そ、そうなんですか!」


 走るは走るでも、ベッドに乗って走るんだ~!? 香由花は自分のベッドに目をやった。シンプルな木のベッドに、白い敷き布団、花柄カバーの掛け布団。たしかにここへはベッドが車のごとく連れてきてくれた。ベッドはレーシングカーのようなものと言えなくもない。なるほど、選手紹介の時にみんな見せつけるように自分のベッドで飛び回っていたのはそういうことか。


 すると塔を揺るがすような音量の交響曲が流れてきた。


『おまたせたしましたぁ――――――選手はみんな位置につきましたよお! 観客の皆様は――――――!? アーユーレディー?!』


「さあ、始まりだわ」

 再び巻き起こる歓声に、香由花ははっとして中央吹き抜けのほうを向く。


選手が紹介の時に下から上ってきたということは、今は上にいるはずであるが、柵の間に顔を入れて下を覗きこんでみると、先ほどのように小さくベッドらしいものが並んでいた。塔の外から移動したのだろうか。


よく見えないので、あきらめて香由花が顔を上げると、なんと自分の正面の壁いっぱいにスタート地点の様子が映されていた。巨大エキシビジョン。


それぞれ一風ちがったベッドの上に、きれいなドレスや物語世界から抜け出したかのような騎士たちのような衣装の子がずらりと十三人。


かなり鮮明で、家にあるハイビジョンテレビよりずっときれいな映りをしている。十三人全員が、こぶしの半分もないハムスターを肩にのせていることだってわかるほどだった。


またそんな高画質に加えて、超大画面という迫力。美しい衣装をまとい、カリスマ的なオーラを放つ彼らたちが一か所に集まっていると、まるで豪華な花かごのようだ。


 みんなベッドの頭の柵を車のハンドルのようにつかんで上をにらみ、号令を待っている。なるほど、このレースはたて方向に進んでいくレースなのだろう。夢の中ならベッドは空を飛べる。だからこのように塔の中を駆けあがるようにレースが進むんだ。


『ハムⅠレースドリームカップ! 実況は(わたくし)アキノツカサ、解説は』

『はい、わたくしヒメタニカズキです』


 さっきからずっとしゃべっている人(実況のアキノというらしい)の声とちがう、落ち着きのあるか細い男の子の声が流れてきた。男の……子!? そこではっとする。


もしかして……、アキノさんも……? ダンディな声で英語も難しい日本語もスラスラペラペラな実況のアキノさんも、私たちと同じ……子どもかも!?


 さっきまでざわざわしていた観客が、だんだん静まり返ってくる。始まるのだ。この大観衆が注目するハムⅠレースが、まさに今。


『では、始まります!』


 ヒーローをたたえるような口調から一転し、一戦士として彼らをまた戦場へと送りこむ厳しさをともなった、実況のアキノの声。


スピーカーから、カウントダウンを刻む機械音。いっせいに観客が身を乗り出した。香由花もベッドの上でほふく前進をして前につめよる。嵐の前の静けさが訪れたのち――


 ファーン!!!!


 ひときわ高い音が響き渡った。いっせいに巻き起こる観衆の歓声に包まれる。


「行けええ!!」


選手たちのベッドがスターマインの花火のごとく、いっせいにスタートした。


そこからは、まるで魔法の世界にいるようだった。選手たちは、塔の中の壁や穴などの障害物など、まるで気にも留めないようなスピードで超えていく。熟練の動き。突然、見ている画面の景色が変わったと思いきや、最初のステージは、ベッドチェイス。塔の中をベッドで走っていたはずが、真昼のビル街の間を走っていた。十五階以上のビルが立ち並んでいる街で、下には三車線の広い道路が伸びている。そんな中を、選手たちは空飛ぶベッドでカーチェイスのごとく、駆け抜けていく。


『ああっと!!! ニノミヤリュウイチのハッチー、転倒!!』


 大きな実況の声。見ると、空高くを激走していた大きな羽の飾りのついたカウボーイハットをかぶった少年の緑色のベッドがものすごいスピードで、頭一つ飛び出した背の高いビルにぶつかった。曲がるためのビルに気を取られて、迫りくる目前のビルに気がつかなかったようだ。


「わっ」


するとビルに当たったそのベッドが、ふっと跡形もなく消えた。驚く香由花に、


【大きな衝撃を受けると、自然と目が覚めてこの夢の中から出るようになってるんだよ。つまりあいつは、リタイア】


ぽよの助言が入る。


『あああああ、ニノミヤリュウイチのハッチー、はやくもここでリタイアです!』

『空高く飛びすぎましたね』


 実況と解説も塔内に鳴り響いている。香由花の周りで「あーおれあいつ三位に賭けてたのにー」などという声がちらほらあがった。


『お――っと、カンバコウメがああああああああああああ?! これは美しいドリフトだあああああああああああああああああ!!』


桃色お姫様ベッドが美しくカーテンをはためかせながら猛スピードで芸術のような軌跡をのこして百八十度カーブ。ビルとの距離の間隔(かんかく)は数センチという、超小回りだ。


『なんということでしょう! あれだけ小回りながら、ビルにかすりもしません! まさにレースクィーン! 四組をごぼう抜きだあっ』


すごーい!

感動して思わず声が出る。すると、


「わっ!」


見ていたスクリーンと香由花の間を、鳥のようにひゅんひゅんひゅん、ひゅんひゅんと飛んでいくものが見えた。生の選手たちだった。下から上に、一瞬であがって行ってしまったが、けっこう間近で見ることができた。ここ一帯の周りの歓声も一番盛り上がった。


(がんばれ……!)


こんな観戦ができるなんて……。ほんとに夢の中の競技なんだなぁとあらためて思う。

他にはどんな競技が待ち受けているんだろう!

高鳴る胸を押さえる香由花だったが、しかしこのときはまだ、このレースの本当の興奮を知らなかった。

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