第十話
店員さんが話し終えた時だった。突然、塔がぐらつくほどの大きな音が響き渡った。
『レディ――――――――ス・アンド・ジェントルメ――――ン!!』
地鳴りのような音。大きすぎて逆に一瞬耳が聞こえなくなったかと思った。香由花はゲージを落としそうになった。あわてて抱えなおすも、若干ゲージをふってしまった。ゲージの中からくぐもった声で【ギャー!!】という悲鳴が上がる。スピーカーのアナウンスに合わせて周りからは大歓声が上がる。
「「「 うぉ――――――― 」」」
『今夜もお集まりいただきぃ、ま――ことに―――、あ――りがとうございまああ――す!!!!』
「「「 イエ――――――― 」」」
上の階、下の階、ところかまわず大歓声。クラッカーは弾けまくって、キラキラチラチラと細い色とりどりのテープが中央の大穴を流れていく。狂喜のあまり大熱唱しだす集団もいれば、知っている人知らない人関係なく肩を組んで身を揺らす人たちもいる。香由花は、どこからともなく発生した人の荒波にのまれて店員さんからはぐれないように必死だった。店員さんもあわてて手を伸ばしてくれる。人に二、三回阻まれながらも、やっとその手を握ることができた。ゲージもなんとか落とさずに片手で抱えていられたが、興奮した人に何度もぶつかられた衝撃でおがくずが漏れ出てパジャマに大量にくっついてしまった。赤色チェックのパジャマなので、少し目立つ。というかさっきからぽよの悲鳴が手元からひっきりなしに聞こえる。ごめん、ぽよ、ほんとごめん。
店員さんが、せいいっぱい叫んでくれる。
「香由花ちゃん! 中央吹き抜けに注目だよ!」
「えっ? う、うんっ!」
店員さんは中央の柵のほうへ手をぐいぐい引っ張って行ってくれる。しかし柵にはもう人だかりができて押し合いへしあいになっていた。すきまをぬって二人、顔を出す。
『さーて、観客の皆様!! 今夜もハムⅠレースの始まりです!! さっそくではありますが、我らがヒーロー・ヒロイン! 出場選手紹介に移りたいとおお、おーもいまぁす!!』
「「「 わああああああ!!! 」」」
『エントリ――――、ナンバー1―――――――、タツヒコ・エガワぁあ、ア――――ンド、クロコダイィィィイイイイイイルゥァ!!!!!!』
再びクラッカーが盛大な音をさせて爆ぜ、色とりどりのキラキラのリボンが穴を流れていく。そして――
「わっ……」
香由花は息をのんだ。目の前を、下からものすごいスピードで、一台のベッドが天に向かって突進してくる。
銀色の、細いパイプフレームのベッドだった。そこには眼鏡をかけた、少年が乗っていた。香由花は目を見張った。服が、とてもファンタジックだったのだ。両肩に亀のこうらのような銀色の甲冑(肩あてのことだ)のある鎧服を着ている。そしてその甲冑に真っ黒のハムスターをのせていて、背には真っ白のマントが広がっている。なんだかとてもかっこいい。
パイプベッドは香由花のいる階を一瞬でとおりすぎ、急上昇。しかし彼が視界から消えた階から塔の内側に、大きく彼と彼のハムスターの姿がコロコロスタンプのように映し出されていく。ハムスターを肩にのせて消防士服で巨大ホースを抱えて火を消していたり、同じく肩にハムスターを乗せてTシャツ短パンで木を登っていたり、水着で泳いでいたり、テニスウェアを着てラケットを持ってテニスをしている写真まである。その写真は選手がもっとずっと上に行ってしばらくたつと下のほうから徐々に消えていった。
(すっごーい! 豪華だなあ。でもこれ、なんの写真なんだろ……?)
でもなんでハムスターが肩に乗っているんだろう? 演出のための合成写真かな? あれこれ考える香由花に、手元から声が届いた。
【感動ばっかしてねーで、少しでもよーく観察しておけよ】
その声に香由花は手に持ったゲージを持ち上げて首をかしげた。ぽよが腕を組んで教えてくれる。
【そいつが、レースの障害物だ】
「そ、そうなのっ!?」
消火!? 木登り!? 水泳、テニス!? もう、ジャンルごちゃ混ぜ、なんでもありだ。
(さすが夢の中の競技……)
次に華やかに名前を読み上げられたのは、女の子の名前だった。男の子はあの衣装だったけど、女の子はいったいなんだろう?
香由花の目の前を次のベッドがとおりすぎていく。麻らしいカーテンが下がっている天蓋がつけられた木製のベッド。中にはドレスを着た、ショートヘアの女の子が乗っていた。ドレスの袖が膨らんでいるデザインで、全体的に黄色を基調としたものだった。頭の右上には、ミニバラで飾り立てられた丸い帽子がちょこんとのっけられている。彼女が上に向けた網手袋をしたてのひらの上にはゴールデンハムスターが乗っていた。彼女は観客の「瑛理ちゃーん!」という声援に満面の笑みでハムスターをのせていない方の手を大きく振って急浮上していく。
「ドレスだ! すごいきれい……あっ! そうか、わかった!」
二位階層や三位階層の人たちの選べる衣装は、これなんじゃないだろうか。この大会の晴れ舞台に出てよく映える、ドレスや騎士服。横を向いて柵の向こうを指さすと、店員さんがうなずいてくれた。ああやっぱり。
その子がとおりすぎると、先ほどと同じく塔の内側面にコロコロスタンプのように映像が壁に映し出されていく。今度は彼女が黄色と黒のラインがまぶしい巨大蜂と、ドレス姿のまま格闘していたり、身の丈の一.五倍ほどもある巨大なコーラの缶の上で、プルトップを引き上げようともがいていたり――。
うわあ……このレース、ホントになんでもありになってきたぞ~……。
びゅんびゅんと選手がとおりすぎてゆく。柵の付いている青い布団ののったベッド、小さな棚が付いていて本がいっしょにのっているベッド、二段ベッドの片割れ、白いコーティングがされた柵を持つ天蓋付きロイヤルベッド、そして風情あふれる敷布団一式など――もちろんそのどれもに人とハムスターがのって、名前を呼ぶファンに手を振って応えていく。
(にしてもすごいなぁ選手たちって……なんかきゃーきゃー言われてまるでアイドルみたい)
香由花の耳に、手すりに集まっているとなりの子たちの声が入ってくる。
「私、今ここを通っていった雨中くんのハムスターのひがさちゃん、けっこう好きなんだー」
「あっ、いいよねひがさちゃん! 実力あるし! 私、雨中くんは二着になるって賭けたんだ」
「あたしも~!」
どうやら……このレースには賭けごとまであるらしい……。お、おそるべし。
「あっ、次は!」
「一着はもちろん――」
『ラストはぁぁぁぁぁあああ、前回王者にして今もっとも注目されているこの人だ――――っ』
アナウンスの前口上に、いたるところから歓声が巻き起こっていく。三人もそれに反応を示した。「あっ次」「もしかして――」「わあっ――」
香由花ははっとして横の三人から中央穴に意識をもどした。身を乗り出して下を見てみる。
ピンクの塊がどんどん浮上してくる。空で見たベッドだ。最初は小さかったが近づくにつけすぐに視界いっぱいになり――
「わっ!」
香由花はベッドのあまりの大きさにあわてて首をひっこめた。
『コウメェェェェェエエエエエエ、カンバァァアアアアアアアア、アーンド、リオ――――ォォオオ、レ――――ェェェエエエヌ』
「「「 きゃ―――――――っ!! 」」」
今日一番の歓声が上がる。香由花の前を、優雅にお姫様ベッドがとおりすぎていく。桃色のカーテンを両脇にたばねられたベッドの上で、超ドレスアップした樺さんが、金の毛色のハムスターを抱いて足をそろえて座り、上品に手を振っていた。着ているドレスは、ひらひらしたレースをこれでもかと使い、大きなリボンやきらきらしたアクセサリーがちりばめられた、ペットショップで見たドレスの数段増しに派手できれいで、そして似合っていた。樺さんはかなり場慣れしているのか、緊張のかけらも感じさせなかった。
となりの子たちはめちゃくちゃにさわいでいて、いやでも声が耳に入ってくる。
「樺さんとリオ様だよ!」
「やっぱり一着は樺さんに賭けるよね!」
「リオレーヌ様ー! 今日もかわいい~!」
塔内の盛り上がりはマックスだった。
ベッドはすぐに目の前を通りすぎ、視界から見えなくなってしまう。香由花はいそいで塔を覗きこんで映像を見ようとした。さあ、この人は、どんな活躍をしてきたのかな――?
(うわあ――!)
ドレスではなく流行りものの服を着てカメラに向かってモデル並みの表情・適応力で決めポーズをとっているスナップ、金髪を頭の上でだんごに結わえて真っ赤な着物で日本舞踊を華麗にこなすスナップや、髪を一つにまとめてポニーテールをし、ぴちっとした黒のスーツを着て、社会の授業で習ったような気がする国会議事堂で堂々となにかもの申しているスナップなど(言い合っている相手は……総理大臣? いやまさかね)、これまた素敵に活躍している姿が映し出されていた。
(ハムⅠレースってこんなことしなきゃいけないのの!?)
驚きっぱなしの香由花の耳に、アナウンスの声が届く。
『さ――て、これで役者は出そろいました!! これから十五分ほど後、レース・スタートです!!』
「香由花ちゃん、このすきに香由花ちゃんのベッドまで戻りましょうか。そこで観戦しましょ」
「あっ、うん!」
まだまだ気になることはたくさんあったが、店員さんに従って柵からはなれ、もりあがっておしあいへしあいの人ごみをなんとかかわしながら、香由花は上に上がっていった。




