第九話
映画館の売店のようなカウンターに並ぶ。係員の手際がいいのか、すぐに順番が回ってきた。スーツ服の小学生が出迎えてくれる。
「いらっしゃいませー!」
店員さんは一覧になっているメニューを見上げてにらむと、
「ハンバーガー二つ! ポップコーンのしお味と、あとキャラメルポップコーンも! それとフライドポテトとポテトチップスをパーティ用で、あ、それからクレープ二つ! あとコカコーラ! さ、香由花ちゃんは何飲む?」
「ふえっ?」
目をキラーンと光らせて、食べ物を大量に注文している店員さんに、香由花は戸惑って、じっと顔を見つめてしまう。
「なんでもあるわよ。ほら、メニュー表見て。あ、頼んじゃったけど、ハンバーガーでよかった? 他にもチキンナゲットとかあったけど。あっ、ついでにそれも頼んじゃう?」
「えっ、でも」
何を対価に買い物ができるのか、よくわからない。
「私お金とかなにももってないし……」
「あら、そっか」
店員さんは一瞬きょとんとしたような表情になった。それから笑った。
「いいわ、今日は私のおごりだから!」
「いいんですか……?」
【あぁっ、おい! オレのこと忘れてんじゃ?! おい、ねーちゃん、ビッグひまわりの種! ねーちゃん?!】
ぽよの猛抗議に、店員さんはごめんごめんと茶目っけたっぷりに頭をかいて、それも注文した。香由花はオレンジジュースにした。
「香由花ちゃん、他にほしいものは? メニューからしか選べないけど」
カップめんやチキンナゲット、フライドポテト等々のファーストフードに、ポップコーンやポテチなどのおかし、ジュースは自販機でもよく見るものを各種とりそろえてあり、メニューは充実していた。それに、頼みたいものはさっきすでに店員さんが頼んでくれていた。
「そ、そんな、それだけでいいです。ご飯も、ハンバーガーでうれしいです」
カウンターの上に、注文した品が次々に積み上げられていく。
(生まれてこのかた、こんなにおかしやファーストフードを一気に買ってもらったことなんてないよう~~っ)
「ま、こんなもんね。ベッドに乗らなくなると困るから」
店員さんはそう言うと、これをこの子のベッドに送ってくれる? と香由花のほうを指差して係りの子に頼んだ。
「承知いたしました」
黒服の係りの子は一礼すると、
「それでは、今頃もうご自分のベッドの上に届いたと思います」
と言って店員さんのほうを向いた。
店員さんは「ありがと、お代はいつもみたいにツケといてくれる?」と軽やかな口調で言って、店を後にする。香由花もあわてて追いかけた。
さきほどよりわずかに少なくなった人ごみをかき分けてようやく追いつき、ほっとしてため息のかわりに笑みがもれる。注文したものを食べながら、ハムスターのレースを観戦するという寸法なわけだ。しかも、おそらくベッドの上に寝転がって。これが楽しみにならないはずがない。
「店員さん、どうやって物を買えばいいんですか?」
「ああ、さっきはツケで払っちゃったから、香由花ちゃんに見せてあげられなかったわね」
店員さんは、いろいろ説明しなきゃいけないわねーと、どこか楽しそうに腕を組む。
「ここのお買いものはね、スターダストっていう光の粒で売ったり買ったりするのよ。レースに出ればもらえるの。勝てば勝つほどたくさんもらえるんだけど。ま、賞金みたいなものね」
けれど、店員さんは突然不服そうな顔になってくちびるをとがらせた。
「でもここは夢の中だから、どんなに素敵なものを手に入れても、どんなにおいしいものを食べても、現実世界には持っていけない。その場限りのものなの」
香由花はよくわからず、首をかしげた。
「まあ、言ってしまえば、『おいしかった!』って感覚も、『おなかいっぱい!』って感覚も、目が覚めた時にはぜんぶおぼろげになっていて、残らないの」
ここでおいしかったと思っても、おなかいっぱいになっても、現実に戻ったらまぼろし?
「ああ、まあそれは、ハムⅠレースに限らずどんな夢でもそうだったわね」
……店員さんの言葉に、香由花はなるほどとうなずいた。
焼き肉屋の食べ放題コースに行った夢、バースデーケーキをおなかいっぱい食べたと思って起きた朝――今まで見た夢の中に、思い当たるものがありすぎて困った。
「夢の中で食べれば食べただけ、朝起きた時ショックなのよね……」
そう言って遠い目をしている店員さん。香由花も、今頃ベッドの上に山になっているであろうまぼろしのごちそうが、やけにまぶしく感じられた。なるほど、こんなに恵まれた世界も、夢の中にいるから存在しているのだ。朝になったらすべて消えてしまう……いや、そもそもこれは現実ではない、まぼろしなのだ。
「それじゃあ、そうだな、夢の世界についていろいろ説明をしようか♪」
「お願いします」
店員さんはにっこりほほえんでうなずくと、ごそごそとエプロンのポケットを探し始め、
「まずはー……あったわ。見て」
差し出したものは、ペンダントだった。
「ペン、ダント?」
「本当はお店で渡すつもりだったんだけど、忘れちゃってて、ごめんねー」
それを渡される。ペンダントには手のひら大の星形の飾りがぶらさがっていた。ずしりと重い。黄色が鈍く輝いている。なにか、意味のあるペンダントなのだろうか? 香由花はよく見てみた。真ん中は星型の入れ物のように凹んでいる。しかし、中央から五本仕切りのようなものが盛り上がっていて、もし水を入れて凍らせればひし形の氷が五つできるだろう。これは、いったい何に使うのだろう。
「これはスターケース。中には、星のカケラを五つ入れることができるの」
香由花はペンダントをもう一度よく見た。そして店員さんの言葉を重ねてみる。なるほど、星型というのは、五つのダイヤの集合体にも見える。カケラというのはおそらくダイヤの形をしているのだろう。
「それがさっき言ってた、 “スターダスト ”なんですか?」
店員さんは首を横に振る。
「んーん、星のカケラとスターダストは全然別物よ。スターダストはキラキラ光る砂のような光で、お金みたいに使うものだけど、カケラは宝石のような材質で、レベルを表すものなの。まずはこのペンダント――スターケースから説明した方がわかりやすいから」
スターダストはこのスターケースの中にしまわれている杖を出して、その中に入れるのよ。と説明してくれる。
「カケラは五つ集めてスター一つとして数える。カケラの色は階層ごとに決められていて、スター一つで、階層が一つ上がるわ」
「階層?」
「そう。ここは最下位階層。高いランクの人ほど、上の階にいるわ」
そういえばこの塔に入るとき、ベッドはずいぶん落下していった記憶がある。たしか、ぴゅ~と上に向かって飛んで行った人たちもたくさんいた。
(あっ、だから――)
つまり、香由花は初めてここにくるから、下の階からのスタートなのだ。上の階にはまだ入れない。そのため、高いところを飛んでいたベッドは、塔が近づくと勝手に落下した。横からは【やーれやれ、オレのマスターは、最下位階層のカケラ無しか、イヒヒ】という笑い声が聞こえてきていた。「最初はだれでもそうなのよ」店員さんが困ったようにとりなしてくれる。
「層は全部で七つ。一番下はここ。スターのカラーは黄。だいたいみんなパジャマを着ているわね?」
「うん」
店員さんは続ける。
「次のランクのスターカラーはオレンジ。そこでは食べものだけじゃなくて服も売っているわ」
「へぇっ! 服屋さんもあるの!?」
香由花は自分の着ている赤パジャマを見た。塔の外ではみんなパジャマを着ていたけど――ここより上の階に入ったら着替えたり勝手に服が変わったりするのだろう。
すると店員さんは条件を出すような口調になって「でも、六位階層では、そんなに種類がないわ。ファーストフード店も、コンビニに変わるだけだし」と付け加えた。
「じゃあ、五位階層とか四位階層は?」
もしかして、もっといいものになるのだろうか。
「もっといいものになるのよ」
店員さんはにっと笑って言う。
「えっと、それはつまり、服屋や、コンビニの数が?」
「ううん。数というより、お店の内容が。五位階層と四位階層は、服もジャンルごとに店が分かれてくるし、食べ物はレストランとかバイキング形式になるわね。もちろん、それだけ多くスターダストもかかるからレースでしっかり稼がなきゃならない。まあだから、たとえここにそんなお店があったとしても、ここの階層のみんなじゃ払えないわね」
「へえー……」
レースに勝って、上の階層に行けば行くほど、食べ物や着る物もかわってくるのかあ……。
香由花はスターを首から下げてみた。うん、なかなかいいかんじだ。そういえば意識して塔内を見回してみると、みんなこんなようなペンダントを下げていることに気がついた。人によっては、黄色いカケラが一つ二つはまっている。四つまで埋まっている人もいたけれど、五つすべてが埋まっている人はいなかった。五つすべてが埋まったらスターが完成したということなので、そのスターと引き換えにして一つ上のランクに上がる。
「それじゃあ、三位階層とか二位階層、一位階層は?」
階が上がるにつれてお店が豪華になるということは、上の方の人たちはどんなかっこうをしているのだろう?
「三位階層と二位階層は、そうね、これから始まるレースに出てくるわ。フフフ、お楽しみに」




