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第八話

 店員さんには、なんだなかんだすぐに会えた。並ぶベッドの脇の人の多い廊下をもう少しおりたところで。

 黒いヘルメットのようなおかっぱに、ちっちゃい背丈。お昼と変わらないそのシルエットは、まぎれもなく店員さんだ。ここでも赤チェックのシャツの上に黄色いエプロンをしている。思わず香由花はかけ寄った。


「店員さん!! ああ、よかった、こんなに広いから、会えないかと心配したんです……会えて、ほんとによかった……」


 安心感に、香由花はなんだか涙が出そうだった。


「不安にさせてごめんね。それじゃ……香由花ちゃん、はいこれ」


 店員さんは、どこから取り出したのか、プラスチックでできた箱を差し出してきた。それは家の形をかたどっていて、赤い屋根に、手で外せるミニロックがついている。


「ん??」


香由花は首をかしげながら、赤い屋根を模したふたに手をかけた。ロックが外れると、はじかれたように屋根がひっくり返った。中には、おがくず。ふわっふわのその中央に、例のハムスターがでんとあぐらをかいて座っていた。


【ようっ!】


てのひらサイズ、丸い耳に、限りなく白に近いうすい灰色の毛、ワックスでぽよぽよ立たせたような頭の毛のハムスター。


あぁ~、やっぱりかわいいなあ~!


「ありがとう……! 店員さん!」


それにしても今、何か声がしなかったか。見ると、店員さんはふふふと愉快げに笑っていた。

 そして、また声が聞こえた。


【あっ!? 気づいてないのかよっ!? ここ、ここだぞー!】


あたりを、軽く見回す。近くで誰かが叫んでいる様子は、ない。視線がゲージにもどる。するとなんのはずみだろう。そこにいるハムスターは、片手を挙げて、ニカッと非常に幸せそうな会心の笑みを浮かべたかのように見えた。


見えた……いや?


「店員さん、この声って……」


うそ、もしかして!?


 香由花の持ち上げているゲージの中、てのひらであぐらをかいて、口を開いているハムスターが……ちっこい手を、ちょいちょいとふってきた。


「えっ、えええええー!?」


【おまえが、おれのパートナーか! たよりなさそうなやつだぜ】


 ハムスターの声!? おがくずの中にどっしり座りこみ、頭の毛ふわふわの、目つきのわるいハムスターの口がぱくぱく開いていると思ったら、この声って、この声って――ハムスターの声だったの?!


「店員さん! どっ、どどどどういう、どういうことですか――!!」


 香由花はパニックになって叫んでしまった。


【チ、うるせーなー、おちつきもねぇ~】


 三角屋根のついたゲージの中で小さな小さな腕を組み、ふあ~あとあくびをしている、うす白色のハムスター。


ハ、ハムスターが……ハムスターが……、……ハムスターがハムスターが……。

「しゃべったあ――――――――!?」


 夢の力、なのか。それをまざまざと思い知る。思わず、ゲージを握る手に力が入る。


「うそうそすごいっ!」

【だああっ、ゆらすなって!】


 へらへらと手を振るハムスターの毛並みが揺れている。香由花は箱越しにではなく、じかにハムスターを抱きしめたくて、ゲージに手を入れる。


「こここっ、これからっ、よろしく! よろしくね!」

【ゆーらすなっつってんだろっ! くっそ、この!】


と、ハムスターは両手足をついてかがむと、


「~~~~っ!!」


 差し出した手を噛んできた。


「いいっ、いった――――っ!?!?」


 チリッとした痛みに涙で目を曇らせながら、今度は落ち着いて手を差し伸べる。すると彼のほうから手に乗ってきた。綿のように軽く、雪のように白いハムスター。頭のぽよぽよとした毛で、彼がお昼で見たときのハムスターだとわかる。しゃべっていること以外に、ひとつだけちがう点は。


【で? てめーはレースに出るつもりなんだろうなあ? ああ?】

(こ、こんなに、目つき悪かったっけ、なぁ……?)


香由花の顔に至近距離で迫るこの子は、ハムスターのチャームポイントである愛らしいまんまるおめめを、どうしたらここまで台無しにできるのか、というほどににらみをきかせてすごんでくる。


(それに――しゃべるって、こんなにかわいくないしゃべりかたするの~~?!)


香由花はほおをひきつらせた。しかし、思った。でも、せっかくハムスターとしゃべれるんだし、お友達になりたい!


「う、うんっ、まだ初めて聞いたばかりだけどね~♪ その、興味あって♪ エヘ」


 我ながらなんて似合わない猫なで声だと思った。


【あんだよ、気持ちわりぃヤツだなあ……しかも興味あるだけでなんも知らねえやつかよー】


 香由花は思わず、口ごもってしまう。まったく、ハムスターにこんなことを言われるなんて思いもしなかった。夢の中で、夢がこわされていく……。


【とにかくだな、おれを引き取るからにはレースのことをしっかり勉強してもらうからな! でもって、優勝! ぜってえ優勝めざーす!!】


 そのハムスターは香由花のてのひらで二本足で立ち上がると、口ばしを上げながらシャーッと片腕を宙に突き出した。香由花はハムスターを乗せた手を目の高さまでもちあげて、じーっとその様子をうかがった。


 すごく口の悪いハムスター……その上、眉間のしわと残念な目つき……。しかし香由花は、高鳴る胸をおさえるのがたいへんだった。


「そうだ。オープニング・セレモニーってなんですか? あと、アナウンスの人が言ってたんですけど、購入? とかって……?」


 香由花がそうたずねたことから、


「そうそう、じゃあ、私たちも行きましょうか。この塔が正確には何階あるのかは、オーナーぐらいしかわからないでしょうけど、売り場は決まって十階単位に設置されているわ。とりあえず下、おりてみましょ☆」

「は、はい、店員さん!」


 ハムスターを箱にしまい、かわいらしくウインクをしてみせる店員さんのあとにてくてくと続く。香由花は楽しくて、移動用ゲージを顔の近くまで寄せてにこっととほほえんだ。


【ったく、うかれてよぉ~。これからレース始まるんだぜぃ、しっかり見ておかねえと、おれのパートナー失格だかんな!】

「う、うん……! がんばる、けど……」


ぴょこっと、屋根のふたを押し開けて出てくる。丸い耳と、ひそめられた台無しなつぶらな目、口の悪い話し方――。


ハムスターにビビってる自分って、かっこわるい……?


店員さんはこっちをふり返って、やさしく、楽しそうにほほえんでいた。


 売り場は、特に人でごった返していた。香由花は人にのまれ、もみくちゃにされて、人の頭ごしに店員さんに呼びかけなくてはならなかった。


「て、店員さん、はぐれちゃうよお!!」

「ウフフフ、しっかり、香由花ちゃん」

【おい、お前、ゲージ揺すんな! アホ! ぐ、ぐえーっ、きもちわるい……】


 売り場は、まるでお祭の出店を出すようにして一階一面をぐるっと一周、まるまる全部使っていた。夜食用お弁当やさん、出場者応援グッズ、それからハムスターや、ハムスターのえさ何百種類。売っているのは黒服を着た小学生だ。働いている側にも、大人はいないらしい。群がるようにして、低学年、高学年の子どもたちが、わいわいさわいでいる。「幕の内弁当、なくなっちゃうよ!」「もうおかし買ったぁ?」「早くいこ!」「あっ、みかちゃんいたー」


 香由花は人ごみをかき分けかき分け、必死の思いで店員さんの元へたどり着く。


「もう、すごい、これっ……」


 顔を真っ赤にしてあっぷあっぷの香由花とは逆に、店員さんは涼しい顔だ。


「もうすぐ開会式だから、みんな一気に押し寄せているのね。タイミング悪かったかしら……」


 ある子はお弁当を持って、ある子は手持ちのハムスターにえさをあげて。そういえばみんなハムスターを持っている。肩に乗せている子、手のひらに乗せている子、香由花と同じように移動用ゲージに入れている子……。


手元から【あっ! SP(スペシャル)ひまわりの種が売ってる! でけぇな~食いてぇ! 買って! 買って!】と声が聞こえてきた。


香由花が視線を落とすと、移動用ゲージの窓をガシャンガシャン小さな手で叩いているぽよの姿があり、彼の目線の先には出店があった。ハムスターのマークが描いてある。そこに、ふつうの十倍くらいのサイズのひまわりの種が並んでいた。


「店員さーんっ」


 買って買ってとねだるぽよに、香由花が弱り声を上げると、店員さんはこっちよと言って売り場の子どものほうへ行ってしまう。香由花も急いで追いかけた。

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