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掌編怪談

桜小噺

作者: 暮月 弥涼

はじめまして。暮月弥凉くれつきいすずと申します。

初投稿です。


主に怪談の短編を作っていきたいと思っています。



 彼女がその日、その場所を見つけたのは全くの偶然だった。

 漸く終わった期末試験の帰り道、通学路の近道に使っている人気のない森林公園の片隅に、見たことのないぽっかりとひらけた場所を見つけたのだ。


 その広場には、周囲を囲う様に満開の桜がずらりと並び、中央には一際大きな桜の木が咲き誇っていた。

 風に震える枝から零れた花びらが絶え間なく降り注ぎ、彼女以外誰もいない広場一面を淡く染め上げる。桜そのものが仄かに光を纏っているかの様な、幽玄という言葉が相応しいその景色に我知らず溜息をつく。

 吐いた息と、それにぶつかった花びらがひらりと軌道を変えたのを見て、彼女はふと目を瞬かせた。


 なんだろう。


 違和感がある。

 理由もないのに、心臓がどくんと大きく脈を打った。

 そろそろと、目だけを動かして周囲の様子を窺う。

 空を覆う満開の桜、眼前を舞う吹雪の様な桜、足元に緻密に敷き詰められた桜。

 幻想的な情景が美しくも不気味に感じられるからだろうか。


 否。


 どくどくと脈打つ心臓の音がこめかみに響く。

 否。それだけではない。

 根本的に何かがおかしいのだ。

 暖かくもないのにじっとりと額に、背中に汗が滲む。


 一体何が。

 

 視界が歪む。一度座って落ち着こうと足元を見た彼女の目が、ゆっくりと瞠られた。

 歩き回って、散々踏みつけられたはずの花びらは、こうも色と瑞々しさを保っていられるものだろうか。

 ゆっくりと振り返って、自分の歩いてきた地面を凝視する。

 そう長い時間ここに居たわけではない。にもかかわらず、靴の半分が沈んでいる桜の絨毯は平らかで、誰も足を踏み入れていないかの様だった。


 この花びらは一体どこから降って来るのだろう。

 頭上を見上げる。

 こんなに花びらが積もっているのに、咲き乱れた桜は一片も欠けている箇所が見られない。

 彼女の焦燥に共鳴する様に枝が揺れる音が膨らんでいく。


 風など吹いていないのに。


 心臓が跳ね上がる。得体の知れない恐怖が足元から這い上がってくる。

 彼女はじりじりと後ずさり、踵を返すと一目散に駆け出した。


 脇目も振らず一心不乱に走り続けて、気が付くと彼女は公園の入口で電柱にもたれかかっていた。街灯の明かりに泣きそうな程ほっとして、肺が空になるまで息を吐き出す。汗ばんだ体が夜風に吹かれて、忘れていた寒さに身震いする。


「――…寒さ?」

 

 顔を上げると静かに瞬くオリオン座が見えた。

 

 どうして気が付かなかったのだろう。

 

 そもそもすべてが不自然だったのだ。

 真冬に桜の森の満開の下に迷い込むはずがない。

 あの場所はずっと寒かった。吐く息が白く凍っているのを見ても、何がおかしいのか分からなかった。

 

 古来より、桜は人を惑わせるのだという。

 いつか何かで読んだ、そんな一節が頭をよぎる。

 

 違和感に気が付けなかったら、あの夢の中の様な空間に呑まれて、今もあの場所にいたのだろうか。

 あの時座り込んでいたら、果たして再び立ち上がることは出来たのだろうか。

 ぶるりと肩が震えたのは、恐らく寒さのせいだけではないのだろう。

 

 頭を振って歩き出した彼女の視界の隅を、白い欠片がふわりと掠めた。

 

 息を詰め、思わず振り返る。


 夕闇に溶けたそれは、舞い始めた風花か、それとも。

                                         <了>




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