07話 呪文機構
問い詰めてくるハルテに、シュウは一呼吸置いた後答える。
「さっきのはオレの変異魔法で、お前の変異魔法で使えるところを組み込んだ魔術だ」
「魔術?」
シュウは初めから理解していた。
魔法をコードとして認識して、自在に改変できることが自分だけの才能だと。
だから、アイの『衛星瞳』が変異魔法として世界に認識されていると判明した時、自分の才能もまた変異魔法だと確信したのだ。
「オレの変異魔法『呪文機構』によって、魔法を複数の効果を持つ魔法――すなわち、魔法術式として再構築した」
『呪文機構』は魔法の構造を理解、改造することを可能にする変異魔法だ。
魔術とは魔法術式という名称からも分かるように、いくつもの魔法を計算式やプログラムのように組み合わせたモノであり、単体を示す魔法と違い複数の魔法の集合体の事を示す。
と言っても、今回解析できたのは対象以外の物質を避ける性質だけで、本来のハルテの変異魔法は、対象以外の物質を透過していたいたので程遠いモノになった。
もっとも、今回の場合は避ける挙動が屈折になって表れたので、別物と考えていいだろう。
「よくわかんねーけど、それでアイツを倒せんのか?」
「ああ――さて、そろそろ見つけたか? アイ」
「【肯定】特定完了」
シュウに気を取られているハルテに、森の暗闇から鎖分銅が放たれる。
それをアネモス・ニヒを纏った状態で叩き落としてから、鎖分銅が伸びる先ではない方向に風の爪を森へ放つ。
「魔術名は……そうだな、愛月鉄灯にしよう」
男の悲鳴と共に、確かな手応えを感じる。
「どうなってんだ?」
「なぜ、鎖の方向に奴がいなかったのか分かるか?」
「そんなの分かるわけ……」
「では、紐状の物を木の枝に引っ掛けようとした時紐はどうなる?」
「それは……上に投げたとして、枝に当たってぐるんって回る……!」
ハルテはシュウの質問に答えてようやく理解する。
地精種の男が何をしていたのかを。
「そうだ、鎖であれ紐状の物が棒に遠心力を持たせて投げつけた時、紐は棒を起点に回る。つまり奴は鎖分銅を木に引っ掛けて軌道を変え、こちらに位置を特定されない工作をしていたということだ」
これが、鎖分銅が飛んでくる方向に攻撃をしても当たらなかった理由だ。
『衛星瞳』を使えば難しい問題ではなかった。
「位置さえ分かってしまえば、愛月鉄灯でピンボールが如く、木で反射させて当てることができる」
奴の動きを予測して、反射を計算し移動先に置くだけ。
アイの予測演算にかかれば簡単なことだ。
「うぉぉぉぉおおァ!!」
地精種の男を仕留めたと思った刹那。
森から血だらけになった地精種の男が、絶叫と共にシュウへ突撃する。
「苦し紛れの特攻……? いや違う、これは!」
地精種の男の突進、それは自暴自棄のそれではなかった。
火球魔法で反撃するシュウだが、地精種の男の速度は落ちる様子がない。
避けようともせず、火球魔法をその腕で、体で、変異魔法の棘で受けきり距離を詰める。
「所詮下級魔法だ、始めから当たる覚悟を持ってりゃ我慢できねェ程でもねェ!!」
「くっ、アネモス・ニヒ!」
あと数歩という所まで迫られたシュウは風爪魔法で迎え撃つ。
今、シュウの横にはハルテがいる、逃げることはできない。
だが、この至近距離からの攻撃は、いかに巨体だろうと命中すれば痛手になる。
――しかし、その攻撃は地精種の男を捉えることはなかった。
「避けた!?」
ハルテが驚き、声を上げる。
そう、地精種の男はこれを待っていた。
防御がある限り火球魔法が大した効果を得られないのなら、その防御を解除する必要があるのだ。
例えば、腕の腱を斬るなどして。
風爪魔法は火球魔法と違い、腕を振るモーションを必要とする事が多い――故に隙が生まれた。
「貰ったァ!」
地精種の男が拳を振り下ろす。
決定的なまでの隙、ここから戦況がひっくり返ることはない。
その状況で――子猫は笑った。
「ガハッ……!?」
地精種の男の体が崩れ落ちる。
「何が起きた?」そう言いたげな地精種の男を、子猫は不敵な笑みで見下ろす。
熱く痛む背中の裂傷、なぜ背後から斬りつけられているのか、男はそれをすぐ理解した。
「まさかっ……! 反射の魔法か!」
「ご名答、そのまさかだ。愛月鉄灯、魔法は避けるのではなく全て受け止めておくべきだったな」
「クソ……がっ……」
避けたはずの魔法が背後で反射し、地精種の男の背中を斬りつけたのだ。
罵倒を残し、地面に打ちひしがれる地精種の男の意識が落ちゆく。
アイが敵の戦闘不能を確認し勝利を告げる。
「【報告】敵沈黙、制圧完了しました」
「ああ、では急いでケイトを治療しなければいけないな。そこの馬車に乗せて街まで運ぶぞ」
反撃が来ないことも分かったので、急いでケイトを病院へ運ぶ。
改めて確認すると、ケイトはぐったりしていて意識は無いが、どうやら出血は収まったようだった。
ケイトとリン、グアルを協力して奴の馬車へと乗せる。
荷台へと意識不明の三人を乗せた後、シュウは馬車を操縦しようと運転席へ向かう。
馬車を引く生物は初めて見る姿をしていた。
馬の図体に亀の甲羅が乗っかっていて体はどす黒い。
筋肉質であり、装甲車のように堅牢な生き物だ。
名前はシュヴァルチュという。
「アタシが運転するわ」
シュウが運転をどうしようかと悩んでいると、マリネが荷台から乗り出す。
シュウは頷いてマリネと入れ替わり、荷台に移り意識の無い三人に目をやる。
全員、精一杯抵抗したのか傷だらけだったが、大きな傷は無いようだ。
特に一番酷いのはグアルの傷。
グアルが他の子供達よりも傷が多いことから、率先して他の全員を守っていたことが伺えた。
鞭の音が響き、馬車が力強く走り出す。
亀の甲羅が付いてはいるが、走る速度は馬と大差ない。
馬車は勢いを付け、徐々に速度を上げていく。
響き渡る悲鳴を背にして、暗闇に飲み込まれる森から逃れるように、馬車は壁の街アルカへと急ぐ。
アイちゃん調査(要するにステータスと人物紹介)
ヒナタ・シュウ
筋力 ■■□□□□ E
耐久力 ■□□□□□ F
身体能力 ■■■□□□ D
魔力量 ?????? ?
魔力制御 ?????? ?
幸運 ■□□□□□ F
獣人種猫獣人族
全属性を操る獣人族。好みの魔法は炎魔法。
全ての魔法は、『呪文機構』により完全詠唱を見れば即時習得可能。
変異魔法は目視、完全解析で数時間後に一部習得可能。
また、変異魔法を効果として魔法に織り込める。
ケイト・ルナ・クレシエンテ
筋力 ■■■□□□ D
耐久力 ■■□□□□ E
身体能力 ■■■■□□ C
魔力量 ■■■□□□ D
魔法制御 ■□□□□□ F
幸運 ■■■■■□ B
獣人種兎獣人族
兎獣人らしく蹴りによる攻撃を得意とする。
戦闘経験は皆無。
彼女の戦闘のセンスは親譲りだろうか。
彼女の変異魔法、月への憧れは、目視可能な座標に転移することができる。
つまりは空間移動。
だがこれは元々俊敏な獣人種において殆ど意味がない。
地精種の男
筋力 ■■■■■□ B
耐久力 ■■■□□□ D
身体能力 ■■■■□□ C
魔力量 ■□□□□□ F
魔法制御 ■□□□□□ F
幸運 ■■■□□□ D
地精種狼族
地下闘技場にてふらりと現れ、賞金を掻っ攫っていく自由人。
彼の生活は酒やギャンブルによって荒れている。
六年前の事件以降は人攫い(奴隷商人)に転職。
巨体と身体能力を生かした近接戦闘が得意。
彼の変異魔法である、『裂殺の茨』は傷を付けた物体の直径30cmの範囲を硬度に関係なく吹き飛ばす。
仕事上使えないため殆どの場合が身を守る時にのみ使われる。
重要なシュウの魔法面のステータスはもう少し後までお預けです