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飢えた町【Ⅱ】

 穏便に済ませる。そんな状況じゃない。

「お前ら何をしている!」

 レオがまさに剣を抜こうとしたその時だった。錆色の鎧を着た男達数人が騒ぎ立てる群衆に怒声を浴びせた。

 目の色を変えていた暴徒達は錆色の集団の登場に振り上げていた拳を降ろし、口から生まれる汚物を飲み込まねばならなかった。倒れ込んで泣いていた女はいつの間にか立ち上がり何事もなかったかのように身なりを整えている。

 それもそのはず、錆色の鎧の男達の一部はすでに鋭い槍を構えていたのだから。

 錆色の鎧の一団が睨みを利かせると、暴徒達の勢いは嘘のように静まり返っていた。

「一体、何の騒ぎだ?」

「……」

 駆けつけた中の一人が問う。

 あれほどの騒ぎを起こしていたにも関わらず水を打ったように静まり返り、誰も何も答えない。

 レオは自分の非を訴えられたならば、子どもの一件を口にしようかと思ったが、誰一人としてそれを言う者はいなかった。むしろ、この状況からから早く解放されたいのか皆一様に口を結んでいる。

 あの少年の姿を見れば……。

 レオはそれに気づいて視界を巡らしたが、あの少年と踏みつけられたパンは見当たらなかった。

 ……あのパン、持って帰ったのか。

 カビが生えた上に道に落ちて踏まれたパンをあの少年はどうするつもりなのか?

 レオは鎧の男達に促され散って行く大人達の背を見ながら、少年の事を考えていた。

「君はこの辺りの者ではないな?」

「?」

 錆色の一団から黒い鎧を纏った銀髪の男がレオに声をかけた。

レオの頭一つ分も背が高く、長い銀髪を後ろで一つに束ねている。切れ長のグレーの冷涼な瞳がレオを見下ろしていた。

「……あなたは?」

「このギュルムで警備隊長をしているアランという者だ」

 隊長という言葉にレオは安堵を覚え、納得したように頷く。アランの落ち着きのある口調や理知的な物腰は槍を構えていた者達とは一線を画している。

 茨の意匠の施された鎧は他の者と明らかに違い、腰に下げている剣も他の者は下げていなかった。おそらくある程度の地位の者が持つ儀礼用のものだ。

 容姿がまるで違うにも関わらず、レオはアランにダンの姿を重ねていた。

「私は、レオ=レクセル。アステリアから来ました」

「アステリアから?」

 レオの言葉にアランの部下達は一瞬ざわついた。少し間をおいてアランが手を挙げこれを制すると、そのまま手で口を覆うようにアゴを撫でる。

 アステリアとグルダニアは国交が無くなって長い。アステリアからの人間となれば、余程の珍客と言わねばならないだろう。彼らの反応はもっともだとレオは思いつつ、自分は旅の剣士だと付け加えた。

 アランはその言葉に少し間をおいてから、人懐っこく笑い「そうか。ようこそグルダニア、ギュルムの町へ」と言って右手を差し出した。

 厚みのある手は、肉が詰まり堅さとしなやかさがある。それによってアランがかなりの手練れであるとレオにはわかった。ただ思った以上にその手は冷たい。

 レオは仲間を探しに、酒場に向かおうと思っていた事を伝えると、彼は酒場への案内を申し出てくれた。

「驚いただろう? 皆、気が立っているんだ。許してくれ」

 道中、彼はにこやかに言った。

「みんな腹を空かせていてね。もうずっと食料の節約を余儀なくされている」

 今まで感じていた奇異の視線が少ない。それは彼の影響なのだろう。

 アランと歩けば、みんな一様に視線をそらしては道をあけていく。

 彼が率いる錆色の鎧の部隊、それに彼の存在の大きさを感じずにはいられなかった。

 レオは周囲の変化に驚きながら、アランに遅れないようについていく。

 堂々と歩いていく背中を見ながら、レオは感心する。こんな町に、これほどの人物がいるのか、と。アランは言葉をつづける。

「だから、勝手に食料を独り占めするような事があれば厳重な罰が必要となる」

 レオの心に生まれていたアランへの信頼感に水を差すような言葉だった。

 厳重な罰……あれが? やりすぎではないのか? レオの頭の中であの少年の姿が浮かんだが、それは言葉にはしなかった。

 わずかに浮かんだ違和感は、自分の前を歩くアランの勇壮な姿にかき消されていく。

 レオは、ただあの少年はうまく逃げる事ができただろうか? と、考えた。

「しかし、アステリアからこの地を訪ねて来る方がいるとは驚きだ。王都から流れて来る人間は居ても、向うからこちらに来る人間はいないからな」

「いない、のですか?」

「ああ、グルダニアの空が厚い雲で覆われ、森を晴れない霧が包んでからやってきた者は誰一人としてね」

 アランの言葉にレオは首を傾げる。

 ずっと兵は派遣されていなかったが、今までにも何度かグルダニアに向かった者たちはいた。僅かだか帰った者もいた。

 この町に辿り着いた者はいなかったのか? あの霧を彷徨い、ここに抜ける事ができなかったとでもいうのか? だとしたら……隊長達も……?

 いや、そんなはずはない。特にダン隊長に限ってそんな事はあり得ない。

 剣の実力、状況判断能力、身体能力、どれをとってもずば抜けている。自分など足元にも及ばないダン隊長が来ないはずがない。

「もっとも、王都から来る人間も今はもういないがね」

「もういない?」

 アランはレオの方には振り向かず、笑い話でもするような明るく言う。その自嘲と皮肉の混じる表情をレオは見る事ができなかった。

「君が知らないのは当然の事だが、この町にいる者のほとんどは王都からの避難民でね。元々小さな村だったんだが、やってくる人間の多さに町になり、今では町の外にまで溢れている」

 町の外にいた異臭漂うテント暮らしの人間達を思い出した。

避難民。

 本来あるべき所から逃げた……そのために家がないのだと言われれば納得もいく。かなり劣悪な環境のようだが。

「なぜみんな逃げているのです?」

「この町が安全だからさ」

 ……安全? この町が?

 屍のように過ごす人々と感情が赴くままに子どもを殴りつづける大人が平然と歩くこの町が、安全? レオはそう思えなかった。それともアラン達が、自分の仕事を全うしているという事を言いたかったのだろうか?

「さあ、ここが酒場だ。この町唯一の酒場だから、ここで間違いはないだろう」

 その酒場はオッシの言った通り町の中央広場に面した場所にあった。いつ投げ出されてしまったのかわからない看板が転がるその酒場からは確かに人の匂いがする。それはまだ過去のものではない。

 酒場の戸を押すと、ギィと戸は時を語る。

「……」

 瓶の欠片が所々に散乱する店内。

 数台の木製のテーブル。そのそれぞれに不揃いの椅子が数脚。入って正面にバーカウンターとその後ろに並ぶ瓶がある事で、辛うじてここが酒場なのだと知る事が出来る。

 酒場というにはカビ臭く、酒が残る瓶よりも空き瓶が多い。

 店の中の客は十人にも満たない。彼らは言葉を発しはしないが、無関心と極端な興味が混じあう視線をレオに注いでいた。抑え込まれた鋭い気配はサイズの合わない巨大な剣を無理やりに小さな鞘に納めたかのように隠し切れず、鈍い光を放っている。

 よそ者が一人で立ち入っていい場所ではなかった。アランがいなければ、レオは今度こそ剣を抜かねばならなかっただろう。

 痩せた胸元を露わにした、煤けたドレスを着たウェイトレスが仮面のような愛想笑いをレオに向け、調子のいい声で形ばかりの歓迎の意を示す。それを一瞥して、くたびれたカウンターの前に立った。

「すまないが、聞きたい事がある」

「……ご注文は?」

「マスター、俺の客人でな。よくしてやってくれないか?」

「……」

 いつから磨いているのか、グラスを磨く初老の店主は視線もあげない。聞き取りがたい掠れた声の答えに、レオはカウンターに銀貨を一枚置き、話をつづける。

「俺と同じような格好の人間を見なかったか?」

グラスを磨くその布はすでにその役目を果たすのが困難なほど擦り切れている。

マスターは店のドアと同じように動くたびに悲鳴が聞こえてきそうな手の動きを止め、落ちくぼんだ濁った瞳をレオに向けた。その目がレオの顔を見たのは一瞬。そのままレオの鎧に目を落とし、そして元の通りグラスに戻る。

「……ない」

 返答。

 その後は、また同じ動作を繰り返す。それしかできない人形のように。グラスを拭く音がひどく単調に繰り返される。

 アランは肩をすくめた。

 グラスを磨く音が言葉を拒む壁のように奏でられる。レオたちはそのまま酒場をあとにした。

「情報は得られなかったな」

 レオは頷く。ただ、オッシの言った通り、情報が集まりそうな場所であった。簡単に手にする事はできないだろうが。

 一先ず顔は通した……また、訪ねるしかないな。

「……ところでアラン、ここにいる人の多くは王都から逃げて来たって言っていましたよね?」

 酒場にいた店主。店員を除けば、そこにいた客たちの格好は普通の村人、庶民とは言い難かった。兵士や傭兵と言った戦える人間が集まっているように思えた。

 彼らも王都から逃げて来たのだろうか?

「俺達も原因はわからんが、しばらく前に王都で異変があった。王都から来た者はみな口を揃えて恐怖を語り、ここから調査に行った者は誰も帰らなかった……。ここにいる奴らは逃げて来た者たちの集まりなのさ」

「原因は不明……?」

 侵略があったわけでもないのか?

「まあ、ここはセシリア様によって守られているしな」

「セシリア様?」

「ああ、グルダニアの民でないとしても名前ぐらい聞いた事があるだろう。グルダニア王女セシリア様だ」

「……ああ」

 レオは思わず言葉を濁す。

 アランの言う通り、例え国交がなくとも隣国の王家の名ぐらいは騎士団に所属していれば何らかの形で耳に入る。しかし、レオはセシリア姫という名を一度も耳にした事はなかった。アランの口ぶりからしても、特別秘密にされているというわけでもなさそうだが。

「セシリア様の加護がなければ、ここだって今のような状態を保てていない」

 アランの案内で町から少し離れた古ぼけた教会へと案内された。切り出された石を積み作られたドーム状の小さな塔を持つ教会の周辺は僅かにだが草が生えている。その草の生えた地を踏むと、途端に呼吸が楽になった。

「えっ?」

レオは思わず深呼吸をした。

 霧の中で感じた肺を締め付けられるような息苦しさはこの町に入ったときに軽くなっていたが、この教会の敷地に近づくとさらに楽なっていた。

「空に雲が覆って間もなくの事だった。この町に突然セシリア様が現れたんだ。それで……おっ、パウリ司祭!」

 話始めたアランは教会の庭で草を摘んでいた四十代前半ほどの男を目にとめ声をかけた。男は呼びかけに振り向くとスッと立ち上がる。 

 ひょろりと背の高い男は、アランよりもさらに大きかった。すっかり傷んでしまってはいるが羽織っている朱色のローブがグルダニア星教の聖職者であることを示している。

「おお、アラン」

 パウリ司祭と呼ばれた男は手に野草を握っていた。薬草の類に明るくないレオでも、それがある種のハーブであり、組み合わせによって治療に使われるものぐらいわかった。アステリアでも似たようものが採れる。

 多少葉の形は違うが、解毒作用の強い薬草だったと記憶している。生では食べられたものではないが、煮出すと独特の香ばしい香りが立つ。

「そちらの方は?」

 司祭に目を向けられ、レオはアステリア式の礼に則り、右手の平を胸の真ん中に当てながら一礼する。

「レオ=レクセルと言います。アステリアからやってきました」

「……遥々アステリアから?」

 一瞬驚きの表情を見せた司祭は、すぐに落ち着いた和やかな顔で

「私は、パウリ=キュトラ。ここの村の教会で司祭を務めています」

 レオはあまりに清浄は教会の雰囲気に「ここは少し周辺と気候が違うのですか? 何だかとても呼吸が楽になった感じがします」と興奮気味に言った。

 するとパウリは穏やかな笑みを浮かべ「そうでしょう。これはセシリア様のご加護によるものです。どうぞこちらへ」そう言うと司祭は、レオを教会の中へと案内した。

「……!?」

 外から見れば四角い建物に見えたが、教会の中は円形に空間が取られ、ホール状となっていた。その壁伝いに木製の席が設けられ、席に腰かければホールの中心に向かうように設置されている。奥には祭壇。その祭壇に明かりを取り込むように設計された窓から、弱々しい空の明かりが、ごく淡く、漏れるように差し込んでいる。それだけであれば今の教会の中は壁に置かれた椅子の存在も確認できないほど薄暗いものになっていただろう。しかし、教会の中は明るかった。窓から差し込む光よりも、強く光を発するものが祭壇の前に横たわっていたからだ。

「あれは?」

「あちらに眠っている方がセシリア様さ」

 アランの言葉を、レオが理解するまでには少しの時間がかかった。

 人が、女性が眠っている……。

 それも光を放って。

「……?」

「セシリア様は王都で雲が空を覆ったあと、ここまで逃げのび、自らを聖なる結界を張られて眠りについたのです」

「結界?」

 そんなものが? 俄かには信じがたく、レオの頭は混乱した。

 魔法と呼ばれるものが存在する事はレオも知っている。それを扱う魔道学や星詠み士たちがアステリアにもいるからだ。しかし、ここまで顕著に体感する事は今までに経験がない。

 淡く光を放ちながら眠るセシリアにゆっくりと近づく。近づくにつれて不思議なほど呼吸が楽になり、体が軽くなる。

 頭の中の霧が晴れ、清浄な空気が伸びやかな肺に溶け込み、力も持った血が手足に走っていく。

 セシリアのそばはまるで異界だった。

 レオは思わず息を飲み、神々しい眠る姫に手を伸ばした。しかし、セシリア姫の体から数十センチと言ったところでレオは手を止められた。

「……?」

 何もないはず。それなのに壁に触れたかのような圧迫感を手の平に感じたのだ。

「セシリア様には誰も触れる事はできないのですよ」

 レオはハッとして慌てて手を引っ込めた。

 知らぬ存在とはいえ、一国の王女の体に安易に触れていいはずがない。ましてや、身分相応でもない自分が……。

 振り向くとパウリの穏やかな顔があったが、レオは顔を赤くしながら謝罪した。セシリア姫から与えられる安堵感がさせた行動であるとはいえ、あまりに軽率な行為だったと申し訳ない気持ちになった。

「いえいえ、あなたの行為も当然の事。以前より弱くなったとはいえ、この町全体がセシリア様の聖なる力に守られています。そして初めてセシリア様の存在を知った者は皆、その慈悲の力に魅了されるのです」

 レオは納得したように、またセシリアを見た。自分と年齢もそれほど変わらないはずの王女が放つ光。

 これがグルダニア王家の者が持つ力なのか……。

 セシリアの力のおかげで教会の中も、庭も、すべてがこの町の中で特別な場所になっている。

 司祭の摘んでいたハーブ……あれも、結界の影響なのか?

 少なくとも、あのハーブのように生命力のあるものをグルダニアに入ってからレオは一度も目にしてはいなかった。

「司祭、レオはアステリアからここに来るまでの間に仲間とはぐれてしまったらしい」

 パウリ司祭は頷く。

「なるほど、そういう事でしたか。アステリアとの国境間際にあるこの町であれば、あなたのお連れの方も必ずここ訪れるでしょう」

 司祭は穏やかに表情をゆるめ、か細い枯れ枝のような指を自分の胸の前で組み、レオのためにグルダニア星教の伝わる祈りの言葉を口にする。

「レオ、宿を決めていないだろう? 少し教会に世話になったらどうだ。ここならば寝床にも困らない。いいだろう、司祭?」

「もちろんです。旅人を受け入れるのは教会の仕事の一つですから」

 アランの提案は正直嬉しかった。レオはどこでも寝られるし、休息をとれる自信があった。ここに来るまでは。それでも、そこまで甘えてよいのかと内心思った。

 その気持ちを察してか、アランはレオに小声で、秘密の話をするかのように言った。

「お前さんは少し目立ちすぎる。残念だが、町の宿は安全と言いきれなくてな。友人は私の部下にも探させよう」

「本当ですか!? 申し訳ない何から何まで」

「いやいや、いいんだ。遥々グルダニアを訪ねて来てくれた客人をもてなす事ができないのが心苦しい。せめて協力させてくれ」

 レオはアランに感謝しつつ、彼らの申し出に甘える事にした。

 アランの言う通り、自分がこの町で浮き、目立っているのは確かだった。それはレオ自身自覚もしている。

 それにもし仮に安全だったとしても、町で感じる圧迫感に体が休まるとは思えない。この教会ならば、安心できそうだ。

 少しの間話をして、アランが警備のために帰っていくと、パウリは教会横にある一角、使われていない小屋をレオに貸してくれた。寝具などはなく、寝床となりそうな部分は枯れた藁が敷かれただけのものだったが、疲労が身体に染み込んだレオにとってはそれでも充分すぎるほどだ。

 レオは僅かな荷を下ろし、身に着けていた鎧を外す。念のために剣だけを腰に下げた。軽くなったはずの体には見えない重りがぶら下がっているような重みを感じる。

 レオはあらためて自分の状況を確認しようと荷袋を開けた。袋の中に閉じ込められていたアステリアの匂いを感じたような気がして、ホッと気持ちを和む。

 なかに出発の時に僅かに支給された干し肉とドライフルーツ。食料は現地調達も考えていたために手持ちは少ない。他にも騎士団に支給される傷薬。数種の薬草から作られたもので色は黄土色で、少しクセのあるシナモンに似た匂いがする。ランタン用のオイルや火を起こすための火打ち石、小さいものだが記録用の手帳などもある。見慣れたそれら品と混じり、小瓶が異質に存在を主張していた。オッシに押し付けられた冷たい紫紺色の液体。

 本来であれば捨ててしまうのがよいかもしれない。荷物の大半を力自慢のハッセが担当していために担いでいたために、レオの装備品は心もとない。ダン達と合流するまでは使えるものであれば、何でも使っていかなくてならないだろう。

 それまでは、これは保留としておくか。

 装備は思った以上に少なかった。森での逃亡の時に手放してしまったものもあり、それは仕方のない事だった。

「それにしても……」

 王都では一体何があったのか? 

 パウリの話によれば、この町はグルダニアの南端。国のほぼ中央に位置する王都グルダニアから最も離れた場所だという。

 王女はどうして王都を離れ、ここまでやってきたのだろう?

 神々しく眠るセシリアの姿。透き通るような白い肌と艶やかな膨らみを持つ唇がレオの脳裏に焼き付いていた。

 僅かに上下しているように見える胸は、今思えば錯覚だったのかと思うほど僅かな動きしかしていなかった。生きているのか死んでいるのかはわからない。だが、少なくともその顔から死は感じなかった。

「死んではいないが、生きたまま眠り続けるなどという事があるのだろうか?」

ふと外から伝わる声に耳が向く。

「……?」

 花が咲いたような明るい子どもの笑い声だ。まだアステリアを旅立ち、それほどの時が経っているわけではない。それなのに明るい笑い声が声をひどく懐かしく感じる。外からもたらされる明るい感情をもった声に耳が飢えていたのだ。

 この声が人を惑わす妖精の類だとしても、その声の主たちの姿を確認したかった。

「こっちか?」

 乾いた砂の味のする風が心を潤わす声を運んでくる。

 教会の外。石壁が風を遮り、声を遮る。

 石は声を弾き、飲み込む。レオは、耳に集中しながら声を追う。

 声が近い。レオの足は軽くなった。

 足を進めるほどに風は声を乗せ、草の瑞々しさが足の裏から伝わり、レオの意識をギュルムの町から遠ざけた。

「……?」

 見れば三人の子どもが、地面に腰かけ笑顔で何かを食べているではないか。男の子二人に、女の子が一人。

 一番歳下は十にも満たない小柄で痩せた男の子だ。真ん中が女の子。黒髪をおさげにして女の子らしくちょこんと座っていた。

 一番年上の子は男の子で……

「あっ……」

 歳下の方の男の子がレオの姿に気がつき声を上げた。

 今まで奏でられていた心地よい笑いは、どこかで指揮者が合図でもしたかのように静まった。

 また、荒野の風の悲鳴が耳をつく。

 三人の目がレオに注がれた。

 笑みの消えた彼らの表情が恐怖と怯えに塗り替えられ、歳下の二人を庇うように年長の少年が身構える。

「……君は?」

「あ……」

 レオもその少年も気がついた。

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