表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

祝杯

 グルダニアの方角から一陣の風がアステリアに向かい駆け抜けた。その風は、陽光を遮り、寒気と影を落とす暗雲を一瞬にして空の彼方に追いやったのだ。

 濃霧が視界を奪い、古木が鉄格子を連想させる森、ギュルムの人々が黒霧の森と呼び恐れた森の一角で彼らはその光景を見ていた。

「雲が、消えた……?」

 騎士団随一の剛力の持ち主ハッセ=ブラントは、その光景に思わず声を漏らす。

「霧が晴れていく、魔力が散っていく……」

 ハッセのすぐ隣で座りこんでいた星詠み士のカイ=フリーデンは周囲を見回す。

 雲が空の彼方に消えたのと同時に、あれほど視界の悪かった森の霧が姿を消していく。

「もしかして、これって?」

「ああ、やりやがった……!」

 ハッセは目を輝かせたニヤリと口角を上げた。

「誰かが、誰かがやりやがったんだ! 俺達の勝ちだ!」

 ハッセは太い両腕を上げる。

「じゃあ、三人は無事にこの森を……?」

「はぐれていなけりゃ三人で、はぐれていたとしても……誰か一人でもだってやり遂げるさ、俺達はアステリア騎士団なんだからな。ダンでも、シェルでも、レオでもな」

「レオ? あの小柄な騎士の?」

 カイは少し意外そうな顔をした。騎士団のダン=オリアンとシェル=カッセルと言えば、騎士団に普段関わることのない星詠み士達ですらその名を耳にしたことのある人物だ。しかし、レオという人物はほぼ無名。騎士団に出入りすることのあるカイですら、この旅で初めて知ったほどだ。

「ああ、お前は星詠み士だから知らんかもしれない、あれは騎士団では有名でな」

「強いんですか?」

「いや、弱い」

 ハッセは言い切った。その即答にカイは言葉を失う。言葉を失うカイにハッセは「だが……」と続ける。

「真っすぐなんだ、まじめでな。やり切ろうっていう意思がある。だから必ず化ける、この先で、騎士団で一目置かれる存在になるはずだ、レオ=レクセル……カイ、この名前を覚えておいて損はないぞ」

 ハッセは断言した。それから大きく伸びをして両腕を頭に回し枕にする。

「ああ、酒が飲みてぇな」

「酒、ですか」

「俺達は勝った。間違いないだろう? だから祝杯だよ。浴びるほど飲みたいんだ、綺麗な姉ちゃんに囲まれてよ」

「飲めますよ、アステリアに帰れば」

「今飲みたいんだ」

 カイは、黒霧の森の中ダン達とはぐれたが、ハッセと行動をともにすることができたのは幸運だった。

 はぐれて間もなく二人は、暗闇に潜む無数の獣の気配に囲まれた。

 ハッセは戦斧を繰り、獣達を薙ぎ払った。しかし魔導に疎いハッセが、魔力を含む霧の中で、闇に潜む獣の位置を特定するのは難しい。霧の奥から迫りくる獣達と戦い続けることができたのは、カイの支援が不可欠だった。

 二人は互いに協力しあいながら霧の中で戦い続けた。

 昼夜を問わず。肉体も精神も限界を超えて止まることを許されない。

 カイはいつしか、これが自分達の役目なのだと感じるようになった。自分達が囮になっている間に、誰かが森を抜けている。そして、誰かがやり遂げてくれる、そう信じた。

「お前はいいよな、学院に戻れば可憐な女子学生に英雄扱いでモテモテだぞ」

「それはハッセさんも同じでしょう? 帰れば英雄ですよ」

「バッカ、むさ苦しい男どもの所に帰るのと、いい匂いのする女の所に帰るんじゃ、意味が違うってんだよ」

 そう言いながらもハッセは上機嫌だ。

 長い闘いだった。獣の勢いが弱まり、こうして休める状態になってからそれほど時間は経っていない。

 疲労にハッセの瞼が少し重そうに落ちて来る。

「寝ないでくださいよ。これから祝杯の酒、飲むんでしょう?」

「ああ、浴びるほどな」

 カイは眠りに入ろうとするハッセに声をかける。ハッセはそれでも眠りを貪ろうと目を閉じようとする。

「……ハッセさん」

「何だよ」

「僕、姉がいるんです」

 カイの突然の告白にハッセは眉を上げた。

「へぇ、そうなのか。お前の姉ちゃんじゃあ、さぞ美人なんだろうな」

 ハッセは、薄眼を開けてカイを見て笑う。その笑みにカイも微笑む。

「アステリアに戻ったら、ハッセさんに紹介してもいいですよ」

「マジかよ?」

 ハッセが思わず目を開ける。

「祝杯の席に呼びますよ」

 カイはハッセに話しかけながら、ハッセの半身を目で追う。ハッセの下半身、腰から下は遥か離れた場所で倒れ、上半身の一部とわずかに繋がりを持つだけになっていた。

 戦いは熾烈だった。いつの間にか、この森に立ち込めていた魔力に取り込まれながらも、戦っていたのだ。ハッセはそのことに気が付いていなかったが、星詠み士のカイにはわかっていた。

「僕の姉さんは……僕が言うのもなんですけど……」

「なんだよ?」

 ハッセに向けた右側とは対照的に、カイの左半身もまたすでに命を終えている。左手は動かず、左足の感覚はない。

 霧が去る。森から魔力が失われる。二人の身体を支えていた魔力が……。

「いいお尻をしているんです」

 思わずハッセが噴き出した。

「はっ! 最高だな……!」

 豪快にハッセが笑う。カイも笑った。

「ハッセさん、アステリアに帰りましょう」

「ああ、もちろんだ」

 温かな光差す深い森の中で二人は穏やかな眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ