解決の雨
事件の後は雨のことが多い。
理由は知らない。単に俺が雨男なのだろう。
古びた事務所の扉を開き、水が滴る傘をドアノブに引っ掛ける。肩についた雫を払い、湿ったコートを来客用のソファに脱ぎ捨てた。部屋は凍えるように寒い上に、暖かく迎え出てくる者はいない。数時間前に助手達に電話をして帰るように言ったのだから当然だ。
「事件が解決した。祝杯を挙げたいが、あいにく事後処理に署へ出向かなくてはいけなくてね。俺のカードを使っていいから皆で食事でもしてきてくれ」
いつもの調子で伝えたつもりだった。いつもならノリが悪いだのなんだの言ってくるのに、今日の助手は何もかも察したように分かりましたとだけ答えて、指示に従ってくれた。
雨の音がひどく大きく聞こえる。鉄製の窓は風が強く吹き付ける度に震え、叩きつける雨水で外の景色の輪郭を滲ませる。水流で次々に塗りつぶされていく風景は何故か酷く物悲しげに見えた。
いつになく感傷的じゃないか――柄でもない、と小さく笑った俺は一息をついてロッキングチェアに体を預けた。
事件は、嫌な結末だった。追い詰められた犯人は俺の目の前で命を絶った。高笑いを上げて自らの頭に向けた銃の引き金を引く彼女の姿が、頭から離れない。
ばしゃり、と水が大きく跳ねる音が聞こえた。注意を向ければ、少女と思われる通行人の慌てる声が耳に入る。どうやら車に泥水を引掻けられたようだ。
犯人もそう年端のいかぬ少女だった。普通であれば、疑いを持たず親の愛を受けて毎日を謳歌しているはずのそんな子供であった。
最初は金品狙いの強盗の仕業だと思った。まさか幼い娘の犯行などと誰が思うのか。
俺のスタイルは確実かつ念入りな裏付け捜査だ。何度も現場に立ち入り、何度も関係者への聞き取りを行う姿は彼女を追い詰めたのだろうか。そもそも俺は彼女に見向きもしなかった。父親を失った彼女がどんな精神状態だったのか、それすらも顧みることもなく。我ながらひどく考えなしだったと思う。
父親を殺めなければならなかった娘を、誰も救うことができなかったのか。何も語らずに死なねばならなかったのか。
雷鳴が遠い空で轟いた。
俺は再び窓からの景色を仰ぎ見る。仕事の後は必ずとといっていいほどに雨になる。解決したときに降る雨だから、恵みの雨だといったのは一体誰だったか。
荒々しい雨音が自分を責め立てる少女の嘆きに聞こえた。
いつもの1000文字制限の描写練習です。
とあるイラストをみてかきました。雨と探偵。なんだかいい組み合わせだなぁ、と思います。題材は素敵なのでいつかしっかりサスペンスとして書き上げてあげたいような気もします。