その2 友情と悲劇の調理実習
入学式から一月ほど経とうかという頃。その知らせは私こと響梓のもとへと届いた。
調理実習、だと・・・?
そう、今度の家庭科の時間に調理自習を行うらしいのだ。なんでも、未だ慣れないクラスメイトと同じ釜の飯を喰って仲良くなろうぜ、といった趣旨のイベントであるらしい。はっきりいって大きなお世話だ。
四人で班を組み、メニューはそれぞれの班で決めることという、たいへん大雑把な授業であった。ていうか、地味に平凡で目立たない目指せ空気な私にあと三人集めろというのか。なんという無茶振り。
周囲がそれなりに班を作っていく中、明らかに取り残される私と隣の音無類。こいつも自ら班を作りに行こうとはしない。周囲は様子を伺うのだが、本人ガン無視。イスから立ち上がろうともしない。いや、それは私もなのだが。
「響ちゃん、一緒いい?」
そんな私に声をかけてきた親切な女子生徒がいた。その救世主は私が知っている人で、小・中学校で一緒だった田中美智子、通称みっちゃんであった。
「じゃあ、俺と田中さんと響さんと、音無くんで四人だな」
もう一人声をかけてきたのはこのクラスの委員長だった。この人も小・中学校で一緒だったのだ。うーむ、地元組で固まってしまったな。いいか楽で。二人には感謝感謝だ。
「俺もか」
本人の意向を聞かずに決められた班決めに、音無類が一応物申していたが。
「だって四人で班を作るんだし」
みっちゃんは気にしなかった。うん、彼女は昔からこういう人だ。
「ありがとみっちゃん」
みっちゃんならきっと他の人と班を作れただろうに、私の存在を気にしてくれたのだ。いい人だよみっちゃん。
「ああ響ちゃんのこの座敷童子っぷりが和むわ~」
そう言ってみっちゃんが私の頭をなでなでしてくる。身長が若干低めな私に対して、バレー部所属のみっちゃんは背が高い。なので頭を撫でやすいらしい。・・・うん、みっちゃんはちょっと変わった人かもしれない。
「・・・座敷童子?」
「ああ、響さんの小学校の頃のあだ名だよ」
音無類、口元がヒクヒクしているぞ。笑いたければ笑え。そして委員長はそんなことを解説しなくてもよろしい。
そんなこんなで調理実習の班も決まり、メニューも決めた。ご飯と味噌汁に豚の生姜焼きに茄子のおひたし。和食メニューである。ちなみにメニュー決めを主導したのは何故か音無類。彼曰く、材料を持ち寄るならそれほど凝ったメニューにしない方がいいだろうとのこと。それに素直に従うみっちゃんと委員長。二人がそれでいいならOKなんだろうが、なんか納得できん。
本日は調理実習当日。現在制服の上にエプロンを着けて、いざお料理の態勢である。私は父が使っていたエプロンを拝借してきた。祖母に借りると割烹着になるため、さすがに学校で割烹着は嫌だったのだ。
ここでも美形っぷりを発揮しているのが音無類。彼は学ランの上着を脱いで、腰に巻くタイプのエプロンをしている。こういうのをなんというのだろう、ギャルソン?そんな感じでイケメン度がうなぎのぼりになっている。ちなみにこのエプロンは自前だそうだ。お前自分のエプロンなんぞ持っているのか!慶二さんに借りたとかじゃなくて!?
みっちゃんがお米を洗って炊飯ジャーにセットし、委員長と音無類は野菜を切っている。私は、お肉を食べやすいサイズに切るように言われていた。スーパーなどがない地元組なので、素材は全部農家さんから直に仕入れているのだ。なので豚肉だって塊肉でここにある。私は調理台の片隅で、黙々と肉を切る。そして十分後。
「肉を切れとは言ったが、今日のメニューが何なのか分かっているか?」
私はただいま、音無類に頭を拳でぐりぐりされております。イタイイタイ、脳ミソが出る!
「うわー、綺麗に細切れにしたね。あの塊を」
「むしろこれってすごいね」
委員長とみっちゃんが、私の仕事の成果を褒め称えてくれる、って痛いよ音無類ぐりぐりをパワーアップさせないで!
そう、私たち四人の目の前には、大量の豚の細切れ肉があった。薄くスライスするだけでよかったらしいのだが、肉を切ることに夢中になり、気がつけば塊肉がこんな状態になっていたのだ。世の中不思議で一杯だネ!
「不思議なのはてめぇの脳ミソだろうが!」
音無類は人の脳内を勝手に読んだのか、ぐりぐりの刑再び。そろそろ脳に大ダメージを負うのでやめてくれ。
「梓、おまえは料理に向かない人間か?」
音無類が鋭く切り込んでくる事実に、私はドッキリと心臓をえぐられる。
そう、私の母は料理ができない人であった。その遺伝子を、ばっちり私は受け継いでしまったらしいのだ。いや、それでも努力はしたんですよ?でもですね、どうも一つのことに集中してしまうというか。いろんな作業を同時進行できないのですよ。家にある野菜を全部千切りにしてしまったり、火加減を見ていて、火加減に集中するあまりに鍋の中身を蒸発させてしまったり。今では祖母から台所に出入り禁止を言い渡されている。
「ばあさんが妙に不安そうな顔をしていたのは、これか」
今朝、珍しく見送りに祖母が玄関に出ていた。あまり気にしていなかったが、音無類に何事か吹き込んでいたらしい。
「どんなに料理下手でも一人でするんじゃあるまいしと思っていたが、甘かったな」
ぶちぶちと文句をたれる音無類に、私も反論したくなってくる。料理ができないことがそれほど人間にとって重大な欠陥につながるものだろうか!否!人よりちょっと(?)苦手なだけで、これほどに責められるいわれはない!
「あ~ず~さ~、お前ちっとも反省してないだろう!」
どうでもいいが、音無類はだんだん地が出てきているぞ。学校では無口キャラだろうが。ちなみに音無類が私を「梓」と呼ぶのに、深い意味はない。「響」と呼べば、家では祖母も反応するからだ。
「まあまあ音無くん、それくらいにしてあげようよ」
そうだそうだ!大体なんで音無類が調理実習を仕切ってるんだよ!あんたにどんだけ料理が出来るっていうんだ!
委員長の寛容な発言に調子に乗って、そんな挑戦的なことを心の中でほざいてしまった私。
それが悲劇の引き金であった。
ウソだ・・・。
「すっごーい!」
「まるでテレビで見るお店の料理みたい」
「美味しそう!」
クラスメイトの視線を釘付けにしているのは、現在我が班のテーブルに並べられた皿である。
あれから、豚肉の状態により、生姜焼きからメニュー変更になった。おひたし用の茄子が多めにあったことから、マーボー茄子を作ることになったのだ、音無類が。
別の班から、多めに用意してあったピーマンをちょっと譲ってもらい、味噌汁用のにんじんも加え、調味料を音無類が自分でアレンジ。中華鍋を華麗に使いこなし、あれよあれよという間に、美しいマーボー茄子が出来上がったのだ。
どうしてここが調理室だったんだ!どうして豆板醤なんかあったんだ!どっからでてきた中華鍋!※答・それは調理実習だからです。
「ほれ、喰ってみ?」
実食の時間。音無類に促され、私はクラスメイトの視線を一身に受ける。みっちゃんと委員長も私が食べるのを待っている。いや、いいんだよ君たちが先に食べても。
震える手で、私はマーボー茄子を口に入れた。
・・・おいひいです。
ウソだ!こいつが作ったのがこんなに美味しいだなんてウソだ!これじゃ慶二さんと勝るとも劣らないじゃないか!
「なになに、響ちゃん泣くほど美味しいの」
「うわぁ僕らも食べよう」
滝のような涙を流しながら、マーボー茄子を噛み締める私に、みっちゃんと委員長はそう解釈したらしい。周囲から「いいなぁ」という声が聞こえてくる。
美味しいけど!なんか納得できーーーん!