その2 魔女っ子は変身する必要はない
祖母からの短いメールに従って、私は日の出が丘公園へとやってきた。
ここは小高い丘の上にあり、夕日がキレイに見えることでご近所の間でちょっとしたデートスポットなのだ。もちろん日の出も見えますよ。でも日の出を見ようと思ったら早起きせねばならないじゃないか。デートには向かない時間帯だ。つまりは何を言いたいかというと、私はここまで延々上り坂を走ってきたおかげで息も絶え絶えなのである。もう帰ってもいいですか?
そんな私の目の前では、誰もいない公園で地響きを立てていた。何がって、キリンがだ。
ここは動物園ではないしのでキリンなんぞいるはずもない。そのキリンをよくよく見てみると、なんだがつやつやしているし、背中に大きな溝がある。その正体は、公園のすべり台だ。すべり台が何故だか動いているのである。またか、またなのか!!
この公園のキリンすべり台、実は動くのは初めてではない。結構な頻度で動いてはご近所様に迷惑をかけている。このキリン君、いつも子供たちを遊ばせてばかりいてストレスがたまってしまうらしい。自分だって遊びたい!のだそうだ。どうやら子供なキリンらしい。こうなっては手が付けられない。こんなのと遊んだら普通潰される。何とかしてくれと役場から私の祖母のところへ連絡が来るわけだ。どうして私の家に連絡してくるかって?それはだね、うちの家系には何とかできちゃうからなのだよ。
「おーいキリン君、今日は何して遊ぶ?鬼ごっこは勘弁して。できればプロレスごっこを希望する」
いっそのこと作業中の事故と称して、このキリンすべり台を亡き者にしてしまえないかと画策してみる。するとそんな私の悪の心(?)を読み取ったのか、キリン君はズモモモ、と振動しはじめる。え、ひょっとして怒った?怒らせた??
キリン君はズッシンズッシンとこちらに歩いてきて、大きく首を振りかぶる、って危ない!
ズゴーン!!
私に向かって勢いよく首を振り下ろした。公園の地面には大きくクレーターが開いた。
「ちょっと何すんのさ!今まで遊んでやった恩を忘れて!」
そんな私の文句も何のその、キリン君は第二撃を繰り出してくる。それでも所詮すべり台である。鈍重な動きは避けられないものではない。けれども、公園の地面を穴だらけにすれば、怒られるのはたぶん私だ。
アレか、もうアレしかないのか!?いや、よく考えるのだ私、アレは一度にいろんなものを失ってしまう諸刃の剣同然だ!だが、こんなことはさっさと終わらせて昼ごはんを食べたいのも事実だ。くううっ、どっちだ私!?
・・・結果、昼ごはんが勝ちました。
「キリン君よ、悔い改めるなら今のうちだ!」
これで悔い改めてくれるのであれば、ここで終わりなんだけど。無理ですか、そうですか。
続けざまに首を振り下ろしてくるキリン君の処分は確定した。
「悪行もこれまでだと知るがいい!ハーハハハ!」
正義の味方を気取るつもりが、なんだか悪代官チックになってしまったが気にしない。
私はキリン君からちょっと距離を置いた。両足を揃えて立ち、右手を腰に、左手で空を指差し、目を閉じる。そして大きな声で言う。
「天よ、わたしに悪しきものを消し去る力を!」
空からなにやらきらきらしたものが降り注ぎ、やがて私はきらきら光ってくる。
そのまま待つこと五秒。耐えろ、耐えるんだ私!この瞬間誰もここを通りませんように!!
きっちり五秒が過ぎると、私は猛烈な勢いで走り出す。
「悪霊たいさーん!!」
そのままの勢いで、キリン君にとび蹴りをかました。
ハッキリ言って八つ当たりである。
キリン君からきらきらしたものが出てゆく。きらきらが収まると、キリン君はただのキリンすべり台に戻った。
すべり台がある場所が大きく変わっているが、きっと些細な問題だ。たぶん。私にはそんなことよりももっと大きな問題がある。
「毎度ながらこのポーズと決め台詞が猛烈にはずかしい!私の中の何かが絶対に消費されている!」
できるならば地面をごろごろ転がってのたうちまわりたい。でも今着ているのはおろしたての新品ぴかぴかのセーラー服である。なので泥だらけは避けたいところだ。誰も見なかったことだけが救いである。
しかしこれは私の早合点だった。実はこの現場をバッチリ見ていた人間はいたのである。
「面白い女だ」
公園の木陰で、オーラ男が不敵に笑っていたことなど、私には知る由もないことである。
さてさて、何故に私がこのようなことをしているのかというとだね。
響家ははるか昔から、不思議な力を使う女が生まれる、女系の家系である。そして昔からこの土地は霊気というものが溜まりやすいらしく、いろいろな怪現象が起こる。勝手に動く着ぐるみ(なごむ)、夜に輝くオーロラ(きれい)、そして何かといつも戦う響梓、などなど。って私は怪現象か。
占いで生計を立てる響家は、はっきり言って貧乏である。そんな響家の主な収入源は、役場などから依頼される、怪現象の収拾だ。依頼を祖母が受けて、それを私が現場へ向かうわけだ。そしてあの恥ずかしい台詞とポーズをつけて、怪現象を撃退するわけなのだ。
いや、あれでも当初よりもずっと恥ずかしいことは削られたんだよ?最初は響家に伝わる伝統的衣装を身に纏い、霊気を操る作法ももっと長かった。何も知らない幼児ならともかく、自我もハッキリしてきた子供にとって、それらはとってもイタかった。トラウマになるレベルのイタさである。それから何とか自分で改良に改良を重ね、今の形に落ち着いたのである。それでも十分に恥ずかしいがな!
ああもうお腹が空いた。早く帰ってご飯を食べよう。私は試合に勝って勝負に負けた気分で、とぼとぼと家路に着くのであった。