第一話 絶対領域 その8
あらゆる面から、両者の主張を審議してみたが、結局このような結果を出さざるを得なかった。
果たして、両チームはこの結果を納得してもらえるだろうか。普通の討論ならそこまで問題にはならないだろうけど、我が同好会の討論は独自のシステムを導入しているからな……。
トントンと、部室のドアをノックする音が響いた。帰ってきたか。
「先生、そろそろいいですか?」
聞こえてきたのは篠原の声だ。
そもそも、何故わざわざ結果を出すときに、生徒を外に追い出すのかというと、討論の結果を審議するときに、自覚は無いのだが、私は独り言が多いらしく、結果が聞く前に知れてしまうという指摘を受けたため、それ以降結果を出す前には、生徒たちに部室の外に出てもらうようにルールを制定したからだ。
その後、部室に戻ってくるときに、審議の結果が運悪く、生徒の耳に入ってしまうという事態が発生したため、入室時にノックをするというルールも新たに制定することになった。現在、その役を務めるのは篠原ということで暫定のようだ。まあ、八重塚や相坂は、ノックという概念を知っているかどうかすら危ういし、前田は、それ以前にやる気を感じられないため、篠原が妥当だったのだろう。
「いいぞ、入ってくれ」
はい、という返事と共にドアが開き、生徒たちがぞろぞろ入ってくる。
いよいよだな……。頼む、納得してくれ。
「あー、じゃあ今から結果を発表しようと思う」
両チームを見比べるように目線を配らせると、八重塚と相坂が、居ても立ってもいられないといった感じに、うずうずしているのが見て取れた。そんな八重塚を見て微笑む篠原の姿も見えて、プレッシャーを感じずにはいられなかった。相変わらず興味なさげに席に身を委ねている前田を見て、若干気持ちが軽くなったが、依然として重いままだ。
覚悟を決めるんだ、私。
「今回の討論の結果は、……両者の検討を評し、引き分けとすることにした」
………………。
一時の沈黙の末、八重塚と相坂が同時に発した。
「えええええええ!?」
そりゃ、納得いかないよな。そりゃそうだ。
「え、じゃあポイントは? ポイントはどうなるのよ!?」
「あー、それなんだが、今回は引き分けってことで、ポイントは無しで」
「ポイント無しって、そりゃないっすよ先生! なんのために頑張ってきたと思ってるんすか! あと1ポイント、あと1ポイントなんすよ!?」
「あー、うん。そうだよな。……そうなんだよなー」
そう、これだ。これが問題だった。
共感ポイントシステム。そう名付けられた制度が、我が同好会には存在する。
これは、討論に対するやる気を出させるために、討論の末に、よりボーダーに立つ人物に共感できる点を与えられたほう、即ち、討論の勝者のチームにポイントを与えるという。私の提案した制度だ。このポイントは、3点先取制となっていて、3点先取したチームには、私の自費で褒美を与えるということになっている。その額、なんと5千円。褒美を与えた時点で、両チームとものポイントは0に戻るため、両チームとも必死になって勝利を得ようとする。
今日、まさにその勝敗が決するはずだったのだ。何故なら、両チームとも、2ポイントを有していたからだ。
そのため、本来、この決断は下してはいけないものだった。しかし、両者とも健闘していたし、どちらが優勢だったかを決断することなど、とても私には……。
「なら、両チームにポイント出しなさい!」
「それなら納得っす!」
お前ら、なんと恐ろしい提案を。
「い、いや。だめだ。今月はピンチなんだ!」
「だからって、これはあんまりよ!」
「そうっすよ! 覚悟を決めるっす!」
「うぐぐぐぐ……」
……仕方が無い。毎日1食を覚悟してでもここは……。
「あ、あの」
そこで、篠原が声を挙げた。
「ん? どうした篠原」
「この同好会が出来てから、1ヶ月が経ったじゃないですか?」
「ああ、そうだが。それがどうしたんだ?」
「えっと、あの。今回は両チームの勝ちってことにして、歓迎会。しませんか?」
「……ああー」
それは、魅力的な提案だな。両チームに5千円ずつ与えて、1万の損失を出すよりは軽く済みそうだし、こいつらの親交を深めるという意味でも、悪くない提案だろう。
「いいんじゃないか? どうだお前ら、今回は歓迎会ってことで手を打たないか?」
「……仕方ないわね。次同じようなことがあったら容赦しないわよ!」
「篠原に感謝するっす!」
「あ、ああ……。わかったよ」
なんで、私は、こんなにこいつらに強い顔をされるのだろう。
「よし、じゃあどこでやる? ファミレスか?」
「ファミレスでオタトークって、ドン引きされるでしょうが。ここよ、ここ!」
やっぱりオタトークするつもりなんですね。まあ、わかってはいたが。
「しょうがないな、じゃあみんなで買い出し行くか。あ、くれぐれも他の先生にばれないようにな。私がやばいから」
わかってるわよ、といって真っ先に部室を飛び出す八重塚。それに続くように、相坂と前田も部室を後にする。
「篠原、悪い、助かった」
最後まで残っていた篠原に一言声をかけると、
「そんな、気にしないでください。それに、私も歓迎会、やりたかったですし」
と少し恥ずかしそうにしながら言った。
「そうか、待たせても悪いし、そろそろ行くか」
はい、と返事をした篠原と共に、私は、部室を後にした。
歓迎会か、現役の学生だった頃の私を思い出すな……。