第一話 絶対領域 その6
部室に戻ると、渡部先生の姿はなく、3次元チームの二人だけがいた。
しかし、そんなことはどうでもいい。より大変なものを見つけてしまったからだ。
「へえ、随分と余裕そうじゃない?」
ホワイトボードにデカデカと書かれた『3次元チーム大勝利』の文字。その前で、前田と相坂が偉そうに腕を組んでいた。
「戻ってきたか、チビ塚、篠原」
「僕の絶対領域へのこだわりの前に、この勝利宣言は揺るがないっすよ!」
「そうやって偉そうにしていられるのも、今のうちだけよ! ね?ノノちゃん?」
「え? あ、うん。そうだね?」
机越しに対峙する2チーム、そこに渡部先生が戻ってきた。
……全く、こいつらは本当に子供だな。
休憩から戻ってきて、ホワイトボードに書かれた文字と、対峙する2チームを見てため息をつく。
「前田、相坂、大人げないぞ」
ホワイトボードの文字を消して、討論を続けようと考え、ホワイトボードに近づいたところで、八重塚に止められる。
「どうした八重塚?」
「ナベヤン、消さずに進めよう」
「いいのか?」
「ええ、私たちが勝って、自分で書き換えるわ!」
「……そうか」
休憩の間に、何かあったのだろうか?
「で、次は誰がやるんだ? また篠原に任せるのか?」
前田が、小馬鹿にするように聞いた。
「ここからは、私のターンよ!」
そう八重塚が叫ぶと、アニメのDVDを3次元チームのほうに突き出した。
「なるほど、アイドルに対抗して、か。」
「だが、アニメは人によって作り出されたもの。相棒がいったような、偶然の出来事や、リアルタイムで変化する魅力を出すことはできない。それでも勝てると?」
「ええ、勝てるわ。3次元にしかできないことがあれば、2次元にしかできないことだってあるのよ!」
再生お願い! と渡されたDVDは、私も見たことが無いものだった。どうやら、学園を舞台とした、青春アニメのようだが。……ん?
「これ、やけに時間が短くないか?」
テレビで放映されているアニメは、基本的には30分(CMを除けば24分程度)で1話分として作られている。しかし、八重塚から渡されたものは本編が10分程度しかない。
「ふふふ、再生してみればわかるわよ」
この自信、こいつは一体何を見せようとしているのか。
アニメ好きとしては、血が騒ぐところだが、ここはボーダーという立場を考え、冷静に対処することにしよう。何食わぬ顔で、私はDVDをプレイヤーに挿入した。
再生が始まったところで、さらに違和感を覚える。本来、市販されているDVDは、スポンサーのロゴや、制作会社のロゴが最初に再生される。その後に、本編が始まるのだが、このDVDは、それらのロゴが一切含まれていない。最初に再生されたのは、申し訳程度の視聴に対する注意書き。このような始まり方は、それこそ個人作成のDVDでなければありえない。……個人作成のDVD?
「……まさか!」
「さすがナベヤン、冴えてるわね」
次の瞬間、風を追い越すかのような音と共に、青を基調とした制服とポニーテール、そして絶対領域を露わにした少女が現れる。
その少女は、あろう事か屋上から学園内に侵入し、廊下を走るな! という張り紙に見向きもせずに、各階の廊下を全力疾走してゆく。その様子を、何事かと見ていた生徒たちにも変化が訪れる。彼女が走り去った後、彼女たちの格好が、長い丈のスカートから絶対領域の露わにしたミニスカートへと変貌を遂げたのだ。
その内の一部の生徒が制服を変えられたことに憤りを感じたのか、走り去った彼女の後を追うように駆けだしてゆく。やがて騒ぎに乗じて教室から生徒たちが飛び出してくる。その生徒たちも教室を飛び出した途端、絶対領域へと変貌を遂げる。
廊下中、どこを見渡しても絶対領域。男子生徒までもが、絶対領域。
騒ぎを聞きつけ、怒声を挙げながら廊下に飛び出した教師までもが、絶対領域と化して、生徒に写真を撮られる始末。
やがて、学園中の生徒全員が絶対領域へと変化した。
もう真面目に授業を受けている生徒は一人も残ってはいない。
ついに、彼女たちは屋外へとせき止められていた水が噴き出すように飛び出した。この瞬間、さまざまなアングルから絶対領域がスローモーションでピックアップされてゆく。
こうなった彼女たちを止める術はもうない。まるで学園祭のような盛り上がりを見せ、思い思いの青春を満喫してゆく。
最終的には、校庭を埋め尽くすほどの大人数でのダンスへと発展し、例の彼女が生徒たちに詰め寄られながら、天高くピースをするカットでクライマックスを迎えた。
間違いない、これは絶対領域をこよなく愛するアニメーターによって制作された、魂の力作。
絶対領域 The OVAだ!