第一話 絶対領域 その5
八景台高校屋上、2次元チームの二人は、屋上に設置された自動販売機で買ったジュースを片手に、柵越しに外を見ていた。
「とんだ伏兵だったね……」
「相坂、恐るべし……」
バットがボールを捉え、勢いよく打ち放つ軽快な音が校舎中に響く。新入生を迎えてからの部活が始まってから1ヶ月、どの部活も本格的な練習に入っているようだ。
「今日は、前田だけだったから勝てると思ったのに!」
「そんな、まだ負けたって決まったわけじゃ」
「……相坂のあの熱弁を聞いてまだ勝てると思うの……?」
「……だよね」
はあ……。二人のため息が、柔道部のランニングのかけ声にかき消される。
「そういえば」
と篠原が口を開く。
「何か思いついたの!?」
「あ、ううん。違うの」
「……そう……どうしたの?」
篠原の方に向けていた顔を、外に向けて八重塚が聞く。
「前田先輩のこと、なんだけどさ」
「……恭二がどうかしたの?」
「なんで、同好会に入ってるのかな? 前のツンデレ討論の時も、ずっと話してたのは相坂くんだったし」
「さーね」
「さーねって、呼び捨てで呼んでるくらいだから、何か知ってると思ったんだけど」
「あれは、あいつが気に入らないから呼び捨てで呼んでるだけ! いっつも子供扱いしてさ!」
「あ、そうなんだ……」
サッカー部の試合終了を示す笛の音が響いた。八重塚がジュースを一口飲み、軽く咳払いをする。
「あー、恭二の話は、やめやめ! 今は絶対領域のほうが大事でしょ!」
「……そうだね。どうしようか」
八重塚が、腕を組みながら、人差し指で二の腕の辺りをトントンと叩きながら唸る。
「んー、んー! この2次元に対する溢れんばかりの愛をうまく言葉にできれば!」
「あはは、やえちゃんらしいね。とっても不器用」
「ひ、ひどいよノノちゃん!」
ごめんごめんと言いながら、外を見渡す篠原。ふと、チアリーディング部の練習風景が見えて、篠原は疑問に思う。
「相坂くんって、チアリーディングも好きなのかな?」
「んー? アイドルもチアリーディングも似たような格好してるし、好きなんじゃない?」
「でも、それなら、わざわざアイドルを好きになる必要ってあまりないよね? チアリーディングの見学なら、お金はかからないし、手間もかからないし」
「あー、確かに」
でも、違いなんてわからないや。と言った感じに、八重塚は投げやりになる。
「相坂くんには、アイドルとチアリーディングの違いがわかるんだよ。それって、愛が深いって言えるんじゃないかな」
そう言われて、八重塚は、篠原のほうを見る。
「さっきの討論は、愛の深さに負けたってこと?」
「うん。私は、絶対領域について熱く語れるほど、好きじゃないんだ。やっぱり、やえちゃんが自分で語るべきだと思うよ」
「んー、そっか。……そうだよね」
愛の深さ、か……。そう、小さくつぶやくと、八重塚は、グッと気合いを入れて、一気にジュースを飲み干して、篠原の手を取る。
「戻ろう、ノノちゃん!」
「あ、ちょ、ちょっとやえちゃん!?」
篠原は、飲みかけのジュースがこぼれないようにするので精一杯で、結局、部室まで八重塚に引っ張られていった。