第一話 絶対領域 その2
彼女のボキャブラリーはあまりにも貧困だった。
いや、困るんだよ。そんな同意を求めるような視線をこちらに向けられても。
「討論なんだから、具体的な意見を出してくれないと困るんだけど」
「見ればわかるものを説明する必要なんてないわ!」
だめだこいつ。討論に向いていない。この前やったツンデレの討論のときはしっかりと意見を出していたのにどうしてこうなった。
「ツンデレの場合は、過程に意味がありますから。説明しないと分かりづらいと考えたんだと思いますよ」
篠原がこちらの思考を読んだかのように答えを導いてくれた。まさか本当に読んだわけじゃあるまいな。
「絶対領域の魅力については、説明するまでもないと」
「自分が見れば分かるというものは説明しない。やえちゃんの悪い癖ですね」
プレゼンテーションも苦手そうだな。話してくれないと進まないから苦手そうで済む話ではないのだが。
「あの、私が代わりに話してもいいですか?」
「篠原がか? 珍しいな」
「やえちゃんがこの様子じゃ討論になりそうにないですから。それに、相坂くんもいませんし」
ああ、相坂なら絶対領域に精通していそうだな。いないのが残念だ。
「私もやえちゃんのおかげで、こういったものも理解できるようになってきたので」
理解できるという発言に違和感を感じたので尋ねる。
「篠原は八重塚とは違う方面で好きなものがあるのか?」
「秘密です」
即答。人の趣味にとやかく言うつもりはないので別にいいのだが。
「まあいいや、代わりにやってくれ」
篠原は、はい。と返事をすると先ほどのイラストの載っているページを指差しながら語り出した。
「まず、この子の服装を見てください」
この子というのはイラストの中のキャラクターを指しているのだろう。その子は、清楚な白の半袖シャツと青のチェック柄のミニスカート、そして黒のニーソックスを履いている。絶対領域は、10cmくらいだろうか、表情が明るく、躍動感のあるそのイラストからは、そのキャラの健やかさが感じられる。
前田は、一応遠目で見ているが、あまり興味がなさそうだ。
「次は……これを」
「……おお」
おもわず声を上げてしまった。パラパラとページをめくった先には、また絶対領域のイラストが載っていた。しかし先ほどとは方向性が違う。載っていたのは絶対領域を持つミニスカサンタ。艶やかな赤に包まれてもなお、そこに存在感を放ち続ける雪のように透き通った白い素肌、これは紅一点ならぬ白一点といってもいいのではなかろうか。まさかこのようなものが存在したとは。私は、まだまだ浅はかだったようだ。
「これらの絵を見て、何かお気づきですか?」
「どっちもかわいい!」
「そうですねー」
ニコーと八重塚の方を見て微笑む篠原。扱いかたを心得ているな。
「どっちも同じように絶対領域を持っていながら、全く違う印象を私たちに与えています」
「確かに、制服を着た子からは健やかさが、サンタの子からは教師の立場としては言ってはならないような魅力を感じるな」
「遠回しに言っても無駄ですよ」
だからといって、エロいなんて言えるわけなかろうが。
「おそらく、どちらの絵も絶対領域が無くなってしまえば、別の印象を与えることになるでしょう」
ふむ、躍動感はあれど、露出度が下がれば健やかさはあまり感じられなくなるだろう。だからといって、肌の露出が多すぎるのも問題だ。健やかさが損なわれてしまう。他の服装ならまだしも、制服はこういう点が難しいのだ。サンタのほうのイラストに関して言えば、別に悩ましいポーズをしていたり、スタイルが特別良いわけではない。それ故に、肌の露出というのが大事になってくるのだ。
「つまり、絶対領域というのは、それ自体に固有の意味があるわけではなく、キャラをより引き立てるための要素の一つであると言えるわけです」
「そうだぞ!」
ドヤァと腕を組む八重塚。お前、なにもしてないだろ。
「それってさ」
今まで黙っていた前田が口を開いた。
「3次元でも同じこと、言えるんじゃねぇか?」
………………。
……確かにそうだ。
「2次元ならではの魅力があるなら聞くけど、どうするよ?」
「…………」
篠原は、先ほどまでとは打って変わって無言になった。それに対して八重塚はというと……。
「もちろんあるわよ! ね? ノノちゃん!」
と、腕を組んだまま篠原のほうを見ていた。
その視線に気づいたのか、篠原は八重塚のほうを見て、再びニコリと笑い。
「……ごめんね?」
と、一言。
「ちょ、ちょっとノノちゃん!?」
篠原のまさかの発言に、組んだ腕を崩して全身でショックを表す八重塚。
「やえちゃんのおかげでちょっとは詳しくなったけど……。ごめん、まだ無理かも」
「そんな! がんばってよノノちゃん!」
「八重塚」
不意に名前を呼ばれて、八重塚は前田のほうを見た。
「な、なによ」
「篠原は無理だと言ってるんだ。今度は、お前が代わりに語るべきじゃないか?」
「うぐ……」
まあ、普段は大人しい篠原があれだけがんばったんだ。八重塚も何か言った方がいいだろう。
「え、えらそうに! そんなこと言って恭二はどうなのよ! 3次元の魅力を語れるんでしょうね!?」
……お前も十分偉そうだけどな。
「ふっ、いいぜ。語ってる間に考えておくんだな」
前田は、八重塚の反応を予想していたのか、焦ることなくそう答えた。
あんまりこいつ、この手の話得意そうじゃないんだけど、語れるのか?
「望むところよ! 聞いてあげるわ!」
「いや、八重塚は考えてろよ」
ついに耐えきれずに突っ込んでしまった。
「ていうか、前田。お前この手の話できるのか?」
「いや、俺は語るとは一言も言ってないぜ」
「は?」
「俺は、な」
次の瞬間、同好会の扉を開けて一人の男が飛び込んできた。
「待たせたな!」
「げ! 相坂!」
「げって何だよ失敬な!」
飛び込んできたのは3次元チームのメンバー、相坂だった。
八重塚が、げっと声を上げたのも無理はない。この手の話を語らせたら、こいつの右に出る者はいない。
「僕が来る前に絶対領域の討論を始めるなんて、水くさいですね渡部先生!」
なぜならこいつは……。
「絶対領域は、アイドルの華じゃないっすか!」
アイドルオタだからな。