第一話 絶対領域
異文化共感同好会、今回はこの同好会の名前の由来について説明しよう。
まず、異文化と聞いて何を思い浮かべるだろうか。おそらく、大抵の人は、外国の文化のことだろうと考えるだろう。そして勘のいい人は、その後に続く共感という言葉の意味を考えて、多少のニュアンスの違いを感じつつも、この同好会は、外国の異文化と交流を深めて、お互いを知ろうとする、実にユニバーサルで健全な同好会なのだろう。という考えに至り、やがては学園の特色の一色を飾るすばらしい同好会になり得ることだろうと期待に胸を膨らませるはずだ。
実際は違う、そのような理想的な同好会とは真逆を行く、私たちの同好会が言う異文化というのは、2次元と3次元のことだ。ここまで読んで、まだ2次元と3次元の意味がわからないという人は、悪いことは言わないから今すぐに読むことをやめることをお勧めする。
さて、まずは2次元から説明しよう、簡単に言えば、イラスト、漫画、ゲーム、アニメ等のオタク向けの娯楽のことを指す言葉だ。いや、これでは語弊があるな。正確には、それらのオタク向けの娯楽内に展開される奥行きのない平面世界のことを2次元と呼ぶ。それに対して、私たちがいる現実世界(これも一般的な言葉ではないが)のことを3次元と呼ぶ。2次元の平面世界とは違い、奥行きがあり、立体感があるためだ。ただし、これらの言葉はオタクの間でしか通用しておらず、次元の本来の意味での使い方とも異なる点があるかもしれないことをご了承願いたい。
次は、共感が意味することを説明しよう。2次元に興味を示すオタクと、3次元という言葉自体を理解することなく生活をする一般人とでは、その間に大きな溝が生まれている。話題の内容や趣味はもちろんのこと、モノの価値観さえも全くの別物になっていることもあるためだ。
そもそも、同好会を立ち上げるという話が持ち上がった当初は、オタクばかりでメンバーを集める予定だったのだが、いろいろとあってなぜか一般人(だけどズレてる人)も集まってしまったので、仕方なくお互いが満足できる活動をしようということで考えたのが、お互いの文化を共感しようというものだった。
具体的には、2次元と3次元の両方で存在するものをお互いに知り、お互いに共感しようというのが当初の目標だった。これが、異文化共感同好会が立ち上がった理由である。
「ナベヤン、そろそろ活動始めたいんだけど」
どうやらまたしても口に出ていたご様子。いつの間にかトランスモードから解放された八重塚から催促が来たので、いい加減に始めようと思う。
「あぁ、すまんすまん。そろそろ始めようか」
さて、ご覧いただこう。我が同好会の活動を。
「3次元の絶対領域に何の魅力があるっていうのよ! 2次元が最高よ! に・じ・げ・ん!」
「2次元なんてただの絵だろうが、何の魅力も感じねーよ」
「あー! また言った! ただの絵って言うなってこの前言ったばかりでしょ!?」
「んな、どうでもいい事いちいち覚えてられっかよ」
「ど、どうでもいい!? この、鳥頭! 三日坊主! 馬鹿恭二!」
「恭二先輩、と呼べとこの前言っただろ? お前こそ鳥頭なんじゃないか? チビ塚」
「な、な、なな……」
「ちょっと、二人とも落ち着こうよ……」
「ノノちゃんは黙ってて!」
「篠原は黙ってろ」
「う、ごめんなさい……」
さて、同好会の活動内容に対する謝罪と訂正と、同好会メンバーの紹介。どちらを先にするべきか。まずは、メンバー紹介からしようと思う。
真っ先に、3次元の絶対領域に対して反発的な発言をしているのは、八重塚だ。八重塚は既に紹介済みなので省かせてもらう。
次に、2次元をただの絵だとかぬかした……げふんげふん。この、2次元に対して一般的な意見を持っている男生徒は、前田恭二。3年1組の生徒で、八重塚やこれから紹介する篠原の先輩にあたる生徒だ。髪を短く整えていて、体格もよい。というのも、こいつは、バスケ部と掛け持ちをしているからな。さらに髪を茶色(セピアといった方が近いか)に染めていたりとなかなか高校生活を満喫してそうな奴だ。ちなみにバスケ部と掛け持ちしているのは、同好会のメンバー全員が知っている。なんでそんな奴がこんな同好会にいるのかって話は、気が向いたらしようと思う。
八重塚と前田は、お互いに譲れないところがあるらしく、よく同好会中には、こいつらが口論しているところが見られる。八重塚が前田のことを恭二と呼び捨てにしたり、前田が八重塚のことをチビ塚などといってお互いに馬鹿にし合っているのはそのためだろう。
次に篠原の紹介だ。篠原悠、2年1組の女子生徒だ。八重塚とは保育園に通ってた頃からの友達らしい。そんな八重塚にたいして、篠原は随分と大人しい子のようだ。眼鏡をかけていて、黒い前髪が目にかかっていて、読書が趣味。言っちゃ悪いが、根暗系の特徴を網羅したような生徒だ。八重塚と篠原を半分ずつに分けて、混ぜて一つにしたら丁度いい感じの人になることだろう。そんな彼女の事を、八重塚はノノちゃん、他のメンバーは篠原さんや、篠原と呼び捨てで呼んでいる。
実はもう一人いるのだが、その前に活動内容の説明をしようと思う。
今のやりとりを見て、大抵の人はこう思うだろう。
共感、できていないじゃねぇか。……全くその通りである。
それも、今回に限った話ではない。今までの活動でも一度も共感できたことなど、なかったのだ。そこで私は考えた、いっそのこと、共感なんかしないで討論でもして、どっちの主張が正しいのか決めればいいんじゃないか、と。その考えを同好会のメンバーに話すと真っ先に八重塚が賛成し、それに釣られるように他のメンバーの同意も得られた。
かくして、異文化共感同好会は、異文化討論同好会へと変貌した。なら名前も変えればいいのにと私は思うのだが、なぜか反対されてしまったので仕方なく共感を名乗っている。
「まぁまぁ、両チームとも落ち着いて」
一応、落ち着いたようだが、八重塚は、前田を威嚇したままで、前田はそれを見下している。前田は八重塚より頭一つ分大きいから余計に余裕を感じさせる。
「というか議題を挙げただけなのに、なんでヒートアップしてるんだお前ら」
私は、ホワイトボードに絶対領域と書いただけで、他には何もしていないに、何をしろとも言っていない。
「だって恭二が!」
「ふっかけてきたのはお前のほうだろうが」
うぐぐ……と歯をかみしめながら両手を強く握り、悔しさを全身で表す八重塚。いちいち反応が子供っぽいんだよなこいつ。そんな事言ったら蹴りを入れられそうだが。
なんでこいつら、こんなに仲が悪いんだろうな。これさえなければ共感同好会の名に恥じない活動ができていたのかもしれないのに。
「まぁ、こんなやり方じゃ討論にならんだろ。私がいつも通りボーダーやるから、お前らもいつも通りやること。いいな?」
ボーダーというのは、討論の進行役のことだ。2次元と3次元の両方の意見を聞く立場になるため、境界を意味するボーダーという言葉が由来となっている。
さて、二人ともしぶしぶと同意してくれたので、ここからはいつもの討論の始まりだ。
まずは、お互いのチームリーダーが一礼。代わりの一睨み。
2次元チームは、八重塚がリーダーで篠原がチームメイトだ。対する3次元チームは前田がリーダーで相坂という生徒がチームメイトだ。今日はまだ相坂が来ていないので2対1での討論となる。
その後、お互いに、向かい合った形で座れるように配置されているテーブルにチームごとにまとまって座り、ボーダーの指示を待つ。
「さて、今日の議題は絶対領域だ。そもそも絶対領域というのは」
「ナベヤン、1ヶ月も顧問してて、私たちのこと、わかってないなんてことはないよね?」
ああ、わかってるとも八重塚くん。絶対領域くらい、お前らなら知ってて当然だよな。
「そうだよな、お前らなら絶対領域の何が魅力的なのか具体的に例を挙げることくらい訳ないよな?」
「当然よ!」
無い胸張って偉そうに。最初から具体的に言っておけばさっきみたいに低レベルな言い合いをすることなんてないのに。
「随分と自信ありげだな。じゃあ先に2次元チームの主張から聞こうか」
「ふふふふ、私の火薬庫が火を吹くわよ!」
火薬庫。両チーム共に配備されている本棚のことを彼女はそう呼ぶ。
本棚には、それぞれの趣向に合わせた本が所狭しと詰まっている。その様は、まるでこの討論を制するために用意された武器のよう。すなわち、火薬庫。
八重塚は、その中から絶対領域のすべてという、絶対領域のイラストを集めた画集を取り出し、お気に入りのページを机の上に広げ、得意げに言い放った。
「これ最高でしょ!」