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偏食系男子の恋愛事情

 時刻は午後10時過ぎになる。中原和明はベッドに横たわる朝岡泉に声をかけた。


「なあ、この時間までこんな所にいていいの?」

「んー?なぁに」


 といっても二人の間に何かしらの色っぽい関係があるわけではない。ただ仲の良い幼なじみがもう片方の部屋でだべっているというだけの話である。

 実際、泉はマンガを読みながら気怠げに答えた。


「いくら幼なじみだからっていって、こんな時間まで男の部屋にいるのはどうかってこと」

「何、あんたなんかすんの?」


 この状況はまずいのではないか、和明がそう思い注意すると泉はからかうように笑いながらそう言った。


「何もしないけど。……って、いやだからそういうことじゃなくて」


 そういうことではなく、和明は思う。泉には――。


「別にいいじゃない。それに問題ないって彼も言ってくれてるよ?あんまりお互いを拘束しないの、あたしたち」


 そう、泉には彼氏がいると和明は聞いている。しかも結構前からの話だ。その話を聞いたのはもう半年は前になるだろうか。

にもかかわらずこの幼なじみはいっこうに和明の部屋に入り浸ることをやめようとはしない。

――普通少しは彼氏に遠慮するもんじゃないのか。

 昔は何でも分かっていたような気がしていたこの幼なじみの気持ちが、最近の和明にはまったく理解できなかった。


「へぇへぇ、寛大な彼氏だことで」

「羨ましい?」

「はいはい、すげえ羨ましいよ」


 冗談ではなく真実尊敬する。受け流す陰で和明は思う。

 他人をそこまで信用できることを。もし自分が泉の彼氏だとしたらこのような行為はすぐにでも止めてしまうだろう


「ところで」


 ふと、泉はそれまで読んでいたマンガを置いて和明の方に向き直ると唐突に言った。


「それよりあんた最近評判悪いよ」

「いきなり、なに?っていうかなんで?」


 いきなり悪口めいたことを言われ和明は困惑する。

――評判が悪い?……あぁ、心当たりがあるような無いような。


「最近、女の子ととっかえひっかえ付き合ってるみたいじゃない。女子の間で話題になってるわよ、あんた」

「ああ、やっぱりそのこと。……人聞きが悪いな。別にとっかえひっかえしてるわけじゃないよ」

「女子の間ではって言ってるでしょ。……で、実際の所どうなわけ?」


 直球で泉に問われ、和明はなんと答えればいいものか悩んだ。自分の方では考えがあると思っているのだが、世間的にはあまり納得はされないだろうからだ。


「うーん、なんて説明すればいいのかな」

「付き合ったの、付き合ってないの?」


 詰るようにさらに問い詰める泉。ため息をつくと和明は観念して色々ぶちまけてしまうことにした。

――あんまり突っ込んだ話はしたくないんだけど仕方ないかな。


「……まあ客観的な事実を言うと、この半年で4人の女子と付き合いました」

「とっかえひっかえしてるじゃない! まったく昔の純粋なあんたはどこに行ったのかしらね。遊ぶのもたいがいにしときなさいよ。でないといつか刺されるわよ」

 

 ――やっぱり怒られるよなあ。まあ確かに一般的に見れば遊んでる男子なんだろうけど。しかし純粋といえば僕以上に純粋な男子はいないんでは無かろうか。

眼をつり上げて怒りを示す泉。声にはどこかしら切なげな響きも混じっていたが和明は気にせず返した。


「別に遊んでるつもりじゃないよ。ほら僕ってさ、どちらかというと真面目な方じゃない?」

「どこが真面目よ!」

「まあ聞けって。ともかくさ、付き合うとなると、僕はどうしても結婚までとか考えてしまう人なわけ。遊びで付き合うとかできないの」

「それでどうして、そうなるわけ? どっからどう見ても遊んでるじゃない」

「そこが勘違いなんだって。僕としてはちゃんと付き合って、ちゃんと別れたつもりなんだよ。長く付き合えば遊びじゃないってわけでもないだろ」

「告白されたから、付き合って、1ヶ月保たずにはい次、なんて遊んでるみたいなもんじゃない。しばらく前まで彼女なんていなかったくせに急にどうしたのよ。なんかあったなら相談に乗るよ。幼なじみでしょ? 私たち」


 泉は急に心配そうな声をだす。泉は泉なりに突然生活が荒れ出した幼なじみを心配しているのだ。それに、もしかしたらという気持ちもどこかで持ってもいた。

 

「付き合ってみてどうもあわないかなって思ったからお断りを入れてるだけじゃないか。それに遊んでいるの定義にもよるけど、言っておくが僕は一切手を出してないぞ。2回か3回、2人で遊びに行って、それだけだよ。キスだってまだしたことがないぞ、僕は」


「はぁ?あんたそれでも男? っていうか16にもなってキスに1つもしたことないとか」

「いつもながらきついなお前。……僕の恋愛の理想像ってさ、処女童貞で付き合って結婚して死ぬまで添い遂げるっていうのなんだけどさ……」


 言った瞬間、泉はドン引いた。


「……なにこいつキモイ」

「マジに言うなよ、傷つくなあ。キモイのは自覚してるからほっとけ。」


 和明は別に鉄の心を持っているというわけではない。幼なじみとはいえ完全にマジの、冷めた目でキモイといわれればさすがに傷つく。


「何でこんなのがそんなにもてるんだろ」

「さあ、顔が良くて頭が良くて、運動もそこそこできるからじゃない」

「自慢か!」

「いや、別に自慢じゃなくて。客観的に見てそうだろ。自分で言うのはまあ自慢みたいに聞こえるかもしれないけど」

「最悪ね、この男」


 悔しいことに事実である。この男、成績は学年でもトップクラス。生徒会所属で次期生徒会長候補に押されている。運動は得意と言うほどでもないがそれでも人並み以上にはこなしてみせるし、何より顔がいい。泉の目から見てもそう思わせるくらいである。


「まあそれはともかく、僕はとりあえず告白されたから付き合ってみるっていうスタンスなわけ。付き合う時点で相手を好きだからって言う訳じゃない。で、とりあえずそういうのは無理そうとか、一生添い遂げるのはちょっととか言う人たちだったから、勝手な判断ですがこちらの事情によりお断りさせていただきましたっていう話なわけ。それを不誠実だと言われれば、まあそのとおりだと僕も思うけどさ」

「そう思うんなら、やめなさいよ。好きになったら告白して付き合えばいいじゃない」


――無茶苦茶言うなこの女。

 和明は言いかけたが懸命にも口には出さなかった。

 そもそも好きな女がいたらこんなことはしていない。


「それでうまくいけば世の中万々歳だけどな。特に理由もないのにごめんなさいじゃ、いくら何でも納得してもらえないだろ。そもそも僕だって女の子に興味がない訳じゃないし、その時は好きじゃなくても、付き合っていく内に好きになるかもしれないじゃないか。正直告白された段階でその人がどんな人かなんて僕には分からないし」


 特に理由もないのに告白を断るなど健全な男子高校生からしたら信じられない所行である。


「それで告白してきた人全員と付き合ってって? 馬鹿かあんたは。性格とか見た目とかそれなりに判断する材料はあるでしょ」


「僕は別に見た目で付き合う人を決めるわけじゃない。告白されたけど見た目が好みがじゃないからごめんなさいとかそれこそ馬鹿かと思うし。性格なんてそれこそ付き合ってみないと分からないじゃないか。じゃあ総当たりするしか無くない?」


 恋愛は数より質。和明としてはその意見には深くうなずくが、質がいいかどうか確かめた結果として数が多くなっていると言うことを分かって欲しい。


「じゃあ、友達から始めるとか……」

「だから友達から始めてるんだって。ちゃんと言ってるって。お友達からお願いしますってさあ」


「そもそも何で別れるのよ!」

「いや、まあ何回かデートしてみて彼女というか、なんていうのまあいいや、にするのは無理だと思ったらそういう風に言ってるだけだよ。試用期間とか付けるのなんてみんなやるでしょ。むしろ手を出す前にきっちり別れる分誠実じゃないか? 今までこんなことやったことないからよく分からないし、そう言う噂が立つこと考えると、僕はどうも別れ方が下手らしいけどな」


 反論がつきたらしい。泉は俯いてしまった。別に凹ませるつもりではなかった和明としては罪悪感を感じざるを得ない。そもそもなんだかんだいって泉が和明のことを心配してくれたのは分かっているのだ。


 と、泉がぽつりと口を開いた。


「そもそもどうして急にそんなこと始めたのよ。知ってんのよ、前はちゃんと断ってたじゃない」


 その言葉に和明は言葉を詰まらせた。一番聞いて欲しくないことを聞かれた。これでどうあっても和明と泉の関係は変化せざるを得ないだろう。

――言いたくないなあ。誤魔化したいなあ。でもいい機会といえばいい機会かな。

 しばらく逡巡はしたが、結局、和明は口を開くことにした。


「半年前までは好きな人がいた。だから好きな人がいるからと断った。だけどその人に彼氏ができた。というわけで特に断る理由がなくなった」

「えっ?」

「お前だよ」


 時が止まる。

――だから言いたくなかったんだよ。まったく。


「じゃあ、……何、あんた、あたしのこと好きだった、の?」

「ああ、好きだった。分かってただろ。自分でいうのも何だが僕は相当わかりやすい方だったと思うぞ」

「分かんなかったわよ。バカ。……そもそも知ってたらあたしだって」


 泉は声を詰まらせて顔を上げると妙にうるんだ瞳で和明を見つめる。


「ねえ、和明、じゃあ私と、……付き合う?」


 と、そんな言葉を口にした。


「はあ? いきなり何言い出すんだ、お前。そもそもお前彼氏いるだろうが」


 だからこそ和明はこんなことをすることになっているのだから。


「いや、だから。ああ、もう気付いてよ! そんなのいないわよ。あたしも和明と同じだったの!」


 まくしたてる用に話す泉。そんな泉を呆然と見つめていた和明だが我に返るとやけに軽い調子でこう言い放った。


「あ、別にもう好きじゃないから。」


 空気が凍る。目をぱちくりする泉。


「はい?」


「ああ、だから、いやそのなんだ、いまさらそんなこと言われてもえっと困る……というか。」


――そもそも吹っ切った後にそんなこといわれたって困る。ちゃんと言っているではないか好きだったって。


「いや、えっと、待って待って、え、だって好きなんでしょ?」


「だから、それは半年前までだって。お前に彼氏ができたと聞いたときに諦めました。今の僕にはお前に対する恋心はありません」


 だいたい自分のことを好きだったヤツがいつまでも自分のことを好きでいるとかあり得ない勘違いをされても困ると和明は呆れた。

 その勘違いはどこから来るのだ。彼氏ができたと聞いたら普通の男は諦めると思うのだが。


「だから! それは今言ったでしょ。誰とも付き合ってないって! あんたが! だからちょっと揺さぶってやろうかなって……」


――恋の駆け引きとかする方が馬鹿なんだ。好きなら好きとはっきり言えばいいのに。まあ、それははっきり言わずにタイミングを逃し続けた自分に対する自戒でもあるわけだが。

 尻すぼみになる泉の言葉を聞いて少し罪悪感に駆られかけるが、和明ははっきりと口にすることにした。


「だいたい、そんな試すようなことするヤツとか信用できない。言ったろ。僕はマジで結婚とか前提にして付き合いたいんだって」

「なに、私が悪いって言うの?」

「ヒスんなよ」

「もういい」

「分かってく――」

 

 いきなり口をふさがれた。

 数秒たって、初めて自分が泉とキスをしていると言うことに気付く和明。


「ってちょ! おま、いきなり何を!」

「既成事実」

「はっ?」

「既成事実作る。そしたらどっちにしろ、認めざるを得ないでしょ。理想主義貫くか、それとも棄てるか」

「何その短絡思考!?」

「うるさい。うるさい。うるさーい!!」


 いいから黙って、押し倒されなさいと言わんばかりに迫る泉に、和明はもう色々と諦めることにした。


 この後、二人は無事付き合うことになったそうです。


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