神の奇跡
「僕は物心ついた頃から、兵隊として訓練を受けていたんだ」
リッツの住んでいたぼろぼろの小屋には、生活を感じさせるものは何一つなかったが、その代わり武器弾薬なら、山ほどおかれていた。
「風も弱くなり、とうとうやんでしまった。もう二度と、風が吹くこともなくなった。山もなくなり、海も・・・・・・じつはそれらのものは、ヴァーチャルでしか見たことないんだ。僕が産まれた頃、既に自然という自然は失せていたからね」
「ヴァーチャル・・・・・・」
ハルカが言いかけたとき、表から物音がした。
「誰?」
「おかしい、僕らのほかは、誰もいるはずがないのに」
リッツが銃を手に取り、外へ出ていく。
だが、既にその誰かは逃げ去ったあとだった。
「くそっ」
リッツは小屋に戻ると内側から鍵を閉める。
「盗賊?」
「わからない。油断は禁物だな」
「・・・・・・そうね」
ハルカはのどの渇きと空腹に襲われて、めまいをおぼえた。
しかし、この世界でできることは何もない。
「お腹空いた」
思わず口にした言葉だった。
「耐えるしかない」
とリッツが言った。
「大地を耕すことすら、不可能なのに・・・・・・」
ハルカは何かに気づき、窓から外をのぞいた。
「おい」
それからハルカは、鍵をはずし、外へ出る。
すると――地面からきれいな水がわき出ているではないか!
「誰がやったの、これ」
ハルカは奇跡だ、と思った。
リッツはそれが奇術かトリック、もしくは見慣れたヴァーチャルではないか、と我が目を疑う。
だが、それは本物で、ハルカとリッツの喉を潤してくれるのだった。
「神様のおかげ・・・・・・」
ハルカが口にした神は、おそらく曖昧な表現で言ったことだろう。
奇跡を行うものイコール、神と定義すること。
一般社会においてもそうするものは多い。
しかし・・・・・・その行いは、たしかに水を創ったのはほかならぬ『神』だったが、それは神としての意志ではなかった。
癒しと農耕の神、そして軍の神チュールの行い・・・・・・。
それは、ひとりの娘を愛した、男としての行いだった。
前回はこの役目、ヴェーダという神でした。
インドの聖典リグ・ヴェーダからとったものです。
対する破壊の象徴がミーメ。
人物を思いきって削った結果が、ヴェーダの役目を担ったチュール神。
一神教と違って、多神教の神は人間と交わる自由さがある、といったことから、この物語を思いついたんですね〜。
それはちょうど、中世の悪魔信仰とつながる。