ロッドとバルムンク
「あ、そういえば」
ベッドで伏しているチュールは、首だけをハルカに向けてこう尋ねた。
「俺の書いた手紙、見つけた?」
「そんなのあったの?」
「気づけ! ・・・・・・ああ、でも、もういいや。その手紙に書いた内容のことだけど」
チュールがハルカに紙切れをわたすと、それは何かの設計図。
ハルカには難しい理論が並べられており、文字と言えば古代の言葉で記されていた。
「ソドム、ゴモラと言う」
ハルカが設計図から、チュールの方へ視線を向ける。
「リッツ・・・・・・ファブリツィオは、ロトの生まれ変わりか、あるいはその血筋の人間に違いない・・・・・・」
「ロト?」
ハルカが眉間を寄せて聞き返すと、チュールが答えた。
「旧約聖書の時代、ロトは享楽の町へ足を踏み入れ、ヤツは潔癖性だったからね。父親であるアブラハムから技術を教わり、破壊の属性を持つソドムと、創造の属性を持つゴモラとが誕生してしまった。それらを駆使し、ロトは町を破壊してしまい、そのあと、町を作り直したとも聞くが、実際は廃墟になったと思う」
「どうして・・・・・・? 作り直したのなら・・・・・・」
「神の力はみだりに使ってはいけないものだからね。ましてやロトは、ただの人間に過ぎなかった。それなのにソドムの力を過信しすぎて、自滅の道に落ちてしまうのだから・・・・・・滑稽としか・・・・・・。それに力でねじ伏せたあとの国は、栄華を誇りはするが、そのあとは惨めに衰退の一途をたどる。世の摂理は決まっているんだよ」
ロトはテトラグラマトン、偉大なる神の力を間違った方法で扱ってしまったため、重い罰を背負うことになった。
「重い罰?」
「おそらく、ロトは生まれ変わるたび、ドルイドのようなヤツによって振り回され、ソドムかゴモラを作り続けるんだろう。つまり、今のリッツとして生まれる前は、ソドムを創って世界を崩壊へと導いたという事になる」
「そんな・・・・・・」
「運命は皮肉だから。といっても、おこないひとつ、なんだろうけどさ。だけど正しいことだけもできない。人間とは、不便な生き物・・・・・・」
チュールは枕元においていたバルムンクを鞘から取り出すと、
「もし俺が死んだら、これをロッドに渡せ」
と言った。
「チュール! これをって、あなたの大事な剣でしょう? それに死ぬなんていわないでよ」
「聞け!; もしもって話だ! まあ、気にしなくていいから、あの子に渡しておけ。何となくだが、あの子にはこの剣の力を引き出せそうな気がする」
チュールの身体が日に日に弱まり、神は長命とされてきたのに、なぜ衰弱したのか・・・・・・それは、魔力の使いすぎであり、無理をしすぎたためチュールは、余命幾ばくもなくなってしまっていた。
「お前が人間を愛さなければ、よかったんだろうか」
オーディンの言葉に、チュールは首を横へ振って、
「いいえ! 私は彼女を愛したことを誇りに思います。どうかそんなことを言わないでください。もし、ハルカを愛さなければ、ソドムやゴモラを止める力さえも、手に入らなかったでしょう。後生ですから、二度とそのようなことは、口になさいますな。ときにオーディン。お願いがあるのですが・・・・・・」
チュールは、オーディンにあとのことを頼み、息を引き取った。
「お前に遺言があったぞ」
オーディンは居間にやってきて、ハルカを見つけると即座に告げた。
「巨人を止める力を、ロッドに託したいのだそうだ・・・・・・」
ハルカはうなずいて、バルムンクをロッドに授ける。
「お父さんの気持ちだよ」
ロッドはバルムンクを鞘から抜くと、その神々しさにしばし見惚れた。
「俺がアールヴヘイム(妖精界)で創らせた、最強の剣。名をバルムンクという」
「バルムンク・・・・・・」
ロッドが繰り返す。
「そう。バルムンクにはチュールしか使いこなせなかった力があって、お前ならそれを引き出せるかも知れない。否、もしかしたらそれ以上の・・・・・・」
ハルカは心中では、ロッドをバルムンクの選定者にさせたくはなかった。
否、剣などの犠牲者にはさせたくなかった、というべきだろうか。
剣は・・・・・・血を好んですする。
あのリッツのように、ロッドまで血を欲する獣などにさせまいと。
しかし――。
運命は皮肉だからね・・・・・・。
といったチュールの言葉だけが、ハルカの脳裏をよぎる・・・・・・。
チュールさん他界;
でもチュールの死ぬ場面は、ラグナロク(詩の載せられているページは、巫女の予言、と言います)のときに描写がないような気がするんだけど^^;
さてさて、オーディンがこのあと活躍するはずなんですが・・・・・・。