バルムンクの力
「誰?」
チュールの留守に扉をたたくものがあった。
ハルカはそれを警戒する。
「チュール様にお仕えしていたものです、ヴァルハラでね」
ハルカはその言葉にのせられ、鍵をはずしてしまった!
「お前がハルカだね。これを!」
不意の訪問者はドルイドで、例の粉をハルカに向けて、かけ続けた。
「きゃあ! いったいなんなの、押し売り!?」
「頼まれたのさ。これも運命と思い、ティワズのことなど忘れちまえ」
気絶したハルカを南京袋に詰め、ドルイドはチュール邸をあとにした。
薬が作用して、今までのことを全部忘れていく魔法。
ドルイドは熟知していたのだ。
かつてギューキ王と呼ばれる王の妻は魔女で、英雄ジークフリートに与えた惚れ薬が・・・・・・これだった!
同じものがなぜ創れたのかは謎だが、これでドルイドは、リッツという駒をひとつ手に入れることができたのだった。
これで満足できぬはずがない。
「利用されているともわからず、バカな男だ」
あとは、リッツの能力を生かして、あるものを動かせばいい。
あるものとは何か。
それは・・・・・・。
「ゴモラ・・・・・・」
ところどころに深手を負ったチュールが現れ、ドルイド僧につかみかかった。
「チュール!? なぜここへ」
「お前が、俺を甘く見すぎだったんだろ」
南京袋からハルカを救い出そうとするチュールだったが、
「ムダだよ。お前さんとの記憶など、一切なくなっておる」
と忠告を受けてしまう。
「そんなバカな」
目を覚ましたハルカは、ドルイドの言うとおり、何も憶えてはおらず、その上、声も消されていた。
「ドルイド、何をしたんだ!」
「忘れ薬さ。愛した記憶をすべて、消去する魔法・・・・・・」
チュールは背筋に悪寒が走るのを憶え、同時に身震いが起きた。
「元に戻せ、ハルカの記憶を返せ! 俺を愛した記憶を早く!」
「遅いわ」
ドルイドは牙をむいて含み笑いした。
「ワシは不幸のどん底にいると言った人間や神が、大好きでね。それを見るのが何より楽しい」
「どこまで、えげつねえ野郎だ」
チュールは封印していたバルムンクを取り出した。
実は使うまいと決めていたこのバルムンク、一度力を解放すると、チュールには抑えがきかなかったのだ。
「だが、こうするほかない」
バルムンクの解放なしに、このドルイドとの決着はつかないだろう。
「斬り捨ててやる!」
バルムンクをかまえるチュールだったが、それをあざ笑うドルイド。
「腕一本で何ができる。王の資格を剥奪された愚かな男よ」
「愚かだと? 我は神ぞ。その神に罰当たりなことを申すのか、地獄に逝け!」
バルムンクの刀身が、見る見る真っ赤に燃え上がり、真っ青な透明感から朱色へと変貌していった。
そして――。
チュールはバルムンクをドルイドの頭部から下半身まで、一気に振り下ろした。
あたりには肉を裂くイヤな音が響き、飛び散る鮮血にくわえ、死臭が漂う。
バルムンクからしたたり落ちる赤い鮮血は、あっという間にどす黒く変化した。
「ハルカ・・・・・・」
チュールはバルムンクを足下に置き、ハルカを抱きしめた。
「ハルカ。俺の寿命はどうやら、時期につきてしまう。そうなる前に、教えておきたいことがある。このバルムンクの力を、お前かロッドに譲りたかったんだが、お前には無理だな。ならばせめて、ロッドに与えねばならないのだが・・・・・・。ハルカ、俺とのことを思いだしてくれ! 何だっていいから、ひとつだけでもいいから、どうか頼む!」
そして、ロッドにこのバルムンクを与えて欲しい、とチュールは願った。
「いや、俺のことは忘れてもいい。でも、子供たちのことまで忘れるなんて、酷じゃないか・・・・・・? お前はもう、母親なのだから」
想い出したくても思い出せない過去がある・・・・・・。
ハルカは今、その状態におかれていた。
声を失ったことだってきっと、それと関連性があるに違いなかった。
愛された記憶。
自分が愛した記憶。
その対象は、いったい誰だったろう?
ハルカはもう少しで、自我を失い暴走しそうになる。
だがチュールの体温が伝わってきて・・・・・・ハルカは気がついた。
「あなたは・・・・・・あれね・・・・・・ええと」
名前が思い出せなかった。
喉まで出てきている!
チュールは必死で思い出せと叫んだ。
「・・・・・・チュール・・・・・・」
チュールはハルカに支えられて、無事に家までたどり着き、だが無理がたたったのか、病に伏して倒れてしまった。
アッティラ王の最後みたいに鼻血で死亡した場面もあったんですが、あっけなくって・・。
そりゃないでしょう;
やっぱり普通に終わろうよ^^;