恋する人形たち dolls lovers 時代SFロマン小説。
その1「発端」
それはもう、昔のことでございますが。
京の都の大通りから少し入った裏通りに小さな人形店があったのでございます。
それは、人形屋「庄八」という小さな看板を掲げていました。
そこでつくる女人形はまるで生き写しのようなお姿で、
並べられている女人形たちはまるであの吉原の遊郭の太夫たちが妍を競うがごとくに
咲き匂っていたのでございます。
ところで、
この庄八、なぜか、女人形しか作らないのです。
ですがそのあやしい美しさは京都の人形界でも、いつしか、評判になり
噂を聞きつけた大御所の大店の旦那衆から、亦、梨園の役者衆からも、
注文が引きも切らず舞い込んだのでございますよ。
中にはひな人形をご令嬢の引き出物にしたいから是非に作ってくれと
注文が来ても頑として受けないのでございます。
「100両出すから、、、いいや、200両でもいい、」
そういわれても絶対に引き受けません。
不思議というか頑迷というか、、、。
それもこんなお話があるからなのかもしれませんが、、。
もともと、この庄八という人形作りは
京都の名代のひな人形師の手代だったのですが、
何でもその屋のお嬢様と
深い関係になり末はその家の婿養子か、跡取りかとさえ言われたのでございました。
ですがあるとき、店の身上さえ揺るがしかねない
大失態をやらかしたそうでございます。
その詳しい顛末はわかりかねますが、
それゆえこの庄八は勘当とでも言うのでしょうか。
追い出されてしまったのでございますよ、
庄八は行方をくらまし噂によれば
江戸に行ったようだということでございましたが、、。
残ったお嬢様はそりゃあもう、お悲しみになりました。
といって旦那様は『もうお前にはほかのもっと良い婿殿を見つけてあるから』と、
娘の心を逆撫でする様な慰めにもならないことをおっしゃるものですから、
とうとう娘ははかなんで入水自殺をされてしまったのでございます。
それをやがてのことに、伝え聞いた庄八もまた、
深い悲しみにくれたといいます。
さてそれから何年たったころでしょうか、
人々がそんなことを忘れかけたころ、
庄八はひっそりと京に戻ってきていたのでございます。
そして裏町のしもた屋を、借りて
人形処『庄八』という看板を掛けたのでございます。
もちろん初めは売れるわけもございません、
ですが通りに面した人目に付くように、格子戸の中に並べられた少女人形は
まるで見つめられているような怪しい視線で
通りがかりの人々の眼を引いて行ったのでございますね。
なんというのでしょうか。
瞳が生きているようで、じっと愛くるしくまた妖しく誘うような
まなざしなのです。
一人また、二人と買い求める人が増えていきました。
そして買い求めた人は異口同音にこう申したといいます、
「この人形はまるで生きているように私の心を
察してくれて慰安と安らぎを与えることを心得ている」
これはいったいどういうことなのでしょうか?
極端なお方は
愛する妻も、恋人も顧みず、
ただこの人形さえいればよいとまで申したそうでございますよ。
庄八の込めた思い、
それはまさに亡くなられたお嬢様への
尽きせぬ、恋情のなせる業だったのでしょう。
さて、そんなある日のことでございます。
この人形処『庄八」に
一人の僧侶の形をした客が現れたそうでございます。
僧侶のなりをしていましたが、どうも、
それは仮の姿であったようでございます。
店に入るなり
その男はこういったそうです。
『庄八殿、
わしの娘の生姿をそっくりに人形に作ってはくれまいか?」と。
そして懐から取り出した
一枚の絵姿にはなんともおぞましい姿が描かれてたということでございます。
と申しますのも
その絵姿に描かれていたのは
業病に蝕まれた顔も崩れて定かならぬような
末期の年のころは14~5の
死にかかった娘の姿だったからでございます。
さすがの庄八も
言葉もなく、呆然とするばかりだったそうでございます。
「いったい何でこんな姿に、、、。」
「実はですね。これは私の娘なのです。
話せば因縁めいてきますが、これはさる女郎に私がかって産ませた子なのです。
その女郎というのが、私が入楼したころには瘡にかかっておりましてな、
もう客は取ってはおらなかったのですよ。」
「私は、、、そもそもの出身地というのが。」
といって語りだしたのは
その客のあまりにも数奇な身の上話でありました。
その2「因果応報」に続く。
実は、、
私はもと
天台の僧侶で恵心様の第一弟子とまで言われました学僧でございました。
しかし
恵心様が留学僧として、天竺の竜樹学園に




