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無意味な人生


なんてことのない春の風が、俺の頬を掠める。学校の校舎裏で、風になびく枝葉に耳を済ませながら、ゆっくりと目を閉じた。


そろそろ正午になる。授業をサボってしまっているが、その事実に憂いを感じることはない。どうせ今日出席しなかったところで、進級に関わることは無いのだ。


「とはいえ、暇であることに変わりはないけど。」


門は警備員が見張っているし、今更校舎の中に入っても教師に捕まるだけ。いっその事学校を休めばよかっただろうか。いや、そうすると次は親に阻まれる。


「億劫だなぁ……」


ひとりそんなことを呟く。友人もいなければ恋人もいない。1人が好きかと言われれば、そうでもない。俺の人生は、何も無い真っ白な紙のようだ。そして俺は、それを彩るだけの技術も、意思も持ち合わせてはいない。俺の人生は何のためにあるのだろうか……そんなことを、意味もなく考える。


「なら、いっその事死んでみたらどうだ?」


隣から声がする。驚いてそちらを見ると、黒いスーツに身を纏った男が立っていた。長く伸びた黒髪を後ろで束ね、目はサングラスに隠されている。その下にある薄ら笑いが、緩やかな不快感を感じさせていた。


「誰ですか……あなた。」


「ん〜、それ今知る必要ある?」


「あるでしょ。明らかに不法侵入者じゃないですか。」


俺の記憶にある限り、こんな教師はこの学校には存在していない。外部からの賓客だとしても、胸に何かしらの許可証はぶら下げてるはずだ。


「その通り、確かに俺は不法侵入者だ。」


「そうですか。なら今すぐ出ていってください。警察呼びますよ。」


「はいはい、目的を達成したらな。」


男がそう言った瞬間、嫌に生々しい音が鼓膜を揺らす。直後、焼かれるような感覚が胸に突き刺さる。視界には赤い液体が広がっている。俺の血だ。


「目的達成〜、お望み通り帰ってやるよ。」


男の腕が、俺の胸に深く埋まっている。とめどなく溢れる血が熱を持って外へ逃げ出し、身体がどんどんと冷たくなってくる。


「おま…………何……し……て……」


「話は後でゆっくりとだ。お前が懸命な選択をしてくれることを祈ってるぜ。」


意識が朦朧とする。俺は死ぬのだろう。誰が見ても明らかだ。だがそれが怖いとは思わない。どうせ何も失うものは無いんだ。死んだところで……悲しむ人間なんていない。そうして、俺は安らかに目を瞑った。






目が覚める。寝起きだというのに、不思議と意識はハッキリとしていた。胸の辺りが未だに先程の痛みを覚えて、ズキズキと己の危機を訴えている。


「起きたな。」


仰向けになっている俺の視界に、先程の男がフェードインしてきた。


「なにこれ、どういう状況?」


「話してやるよ。ほら、座んな。」


身体を起こす。目の前は真っ白でだだっ広いだけの、箱のような空間。四方を囲む壁は石や金属とはまた違う、のっぺりとした異質な素材で出来ているのがわかる。


「ほら、ここだ。」


そういう男の手元には、どこから出てきたか分からない丸椅子があった。それにどっしりと腰を下ろすと、俺の真っ直ぐ正面に男が座った。


「さてまず大前提、お前は死んだ。」


「……お前に殺されたの間違いじゃ?」


「あれ、意外と驚かないんだな。」


「まだリアクション取れるほど現状が呑み込めてないだけだよ。今のうちに話進めて。」


「なるほどな。OK、ならそうしよう。」


死んだとは言うが、なら何故俺は今普通にこの男と話をしている。そもそも、何故この男が死んだはずの俺の前に立っている。まだ俺が死に際にトチ狂った走馬灯を見ていると言われた方が納得に足る。


「俺はお前らの世界でいうところの神様だ。」


「……は?」


「結論から話すなら、お前には異世界にいってそこにいる転生者たちを殺してもらいたい。」


「…………いや、は?」


「その為に、俺はお前に黒魔術を与える。」


「ちょっと、待ってって。無理だから。ついていけないから。」


神?異世界転生?黒魔術?

どこのフィクションだ。漫画なんかでしか聞かない単語の羅列に、思わず頭を抱える。


「もうちょっと詳しく、ゆっくり話して。」


「話進めろって言ったのお前だろ。いいけどよ、別に。」


神を名乗る男は仕方がないと言わんばかりの溜息をついて、自身の要望を語った。曰く、魔術という技術が世界に深く根付いた異世界……俗に言うファンタジー世界で、とある事件が起こったらしい。


そこは地球での死者の一定数を転生させる世界として神々に扱われていたのだが、その際に与えたチート能力を持った転生者たちががその世界の均衡を壊しつつあるそうだ。


国同士の戦争の要はその全てが転生者となり、戦争は激化。強力な力を持つ転生者が矢面に立ち、世界は血と恐怖の混沌へと堕ち始めていた。


だからその状態が更に悪化するのを防ぐために、この神を名乗る男が、俺に黒魔術なる力を与え、転生者達を間引きする目的で異世界転生させる。


「どうだ?引き受けてくれるか?」


男が前にぐっと身を乗り出してくる。目の前のサングラスに、俺の姿がくっきりと映っていた。その顔には、どこか期待と興奮を孕んだような、薄いにやけ顔が張り付いている。……俺は何を考えているんだ。


これを呑めば、自分の人生にも真っ当な意味ができる?いいや、違うね。こんな話、信じる方がバカだろう。常識的に考えてみれば分かることだ。


「嫌だね。引き受けない。自分を殺した相手を言葉を信じることはできないし、そもそも現実味が無さすぎる。」


「後者に関しては、現時点で現実味もクソもないだろ?」


「それは……まぁ確かに。」


「前者に関しても悪かったとは思ってる。」


「いや、謝っただけで協力するわけないじゃん。」


第一、神様なら自分で何とかすればいい。何の変哲もない無気力な俺に頼み事をする意味が分からない。


「人殺しなんて真っ平ゴメンだね。俺はそれを平気でできるほどイカレ野郎じゃないんだよ。」


「あぁ、それに関しては大丈夫だ。」


何が大丈夫なんだ。それを決めるのはこちらだ。俺はあえて顔を不機嫌そうにくしゃっと歪めて、目の前の男に見せつけてやる。


「殺したところで、死んだやつは元いた世界に帰るだけ。地球の自分たちが居るべきところに戻るんだ。」


「つまり実質的に死なないってこと?」


「そう言うこと。つまりお前が転生者を殺すことが、彼らにとっての救いになるんだ。」


「…………なるほど。」


それがホントなら確かに殺しが救いになるかもしれない。"ホントなら"だが。


「それに、お前つまんねぇんだろ?」


「…………何が?」


「日常がだよ。何にもやる気がでない、誰にも認められない。自分の生きてる意味すら分からない。」


「失礼だね。俺も俺なりに生きてるよ。」


そうは言っても、図星だった。今日だって授業をサボっていた。部活もしていない、趣味もない……そんな人間に生きてる意味なんてあるはずが無かった。


「人生が変わるぜ?お前は世界で一人ただけの天才として、世界の役に立つことができるんだ。」


悪魔の囁きとはこういうことを言うのだろうか。この状況に関しては神がそれをしているわけだが、俺を悪い方向に引き込もうとしているのは明らかだ。


この男は理由は分からないが俺をこき使いたいだけだ。付き合う必要はない。そんなの、受ける必要はないんだ。


「…………殺すことが、転生者の救いになるんだよな?」


理性は正しい道を選んでいた。だがそれとは逆の方向へ、僕の言葉が脚を進める。


「あぁ、さっきも言ったが転生者は死んだところで地球に帰るだけだ。」


「……そっか。」


落ち着け。実質的に死なないとはいえ、されど殺しだ。簡単に決断してはいけない。


「神である俺が関与すれば、転生者達の記憶を消すこともできる。彼らにとっては夢を見ていたに等しい体験になるわけだ。」


「…………………………」


俺の人生は虚無だった。何も無かった。何もしなかった、出来なかった。だが今、この男の手を取れば変えられるんじゃないのか?


「どうだ?やる気になったか?」


「…………………………わかった。」


男の笑みが一層不敵になる。それを見て、こんな迂闊な返答するべきじゃなかったかもしれないと、早すぎる後悔をした。


「契約成立だ。もう後には引けないぜ?」


「……それで、俺はどうすればいいの?」


「おぉ、気が早いな。やる気があるのはいいことだがよ。」


「やるって決めたからね。」


初めてこんなこと言った気がする。今まで自分で何かをするという試しがなかったから。


「そこに座っとけよ。今送ってやる。」


そう言って男が立ち上がり、目の前に立つ。手を伸ばし、俺の視界を覆うように手を被せた。


「ん、え?何?」


「目瞑っとけ。ちゃちゃっと異世界転生させてやるから。」


「そんな軽い感じなんだ……。」


言われるがままに目を閉じる。ただでさえ目を瞑っているのに、その上から手を重ねられているせいか視界は光ひとつ感じられない真っ暗闇になった。


「そうだ、いってらっしゃいの前にひとつ言っておくことがある。」


「……と、言うと?」


「お前が目を覚ましたら、すぐそこに学園が見える。そこの学園長が一人目の転生者だ。」


「その人が最初の目標ってこと?」


「その通り。何とかして入学してそいつを殺せ。」


「いや、入学って……。そもそも入学手続きとかどうするの……。」


「よし、行くぞ。」


「ちょっと、話聞いてる?入学方法何も説明せずに送り出すつもり?薄情にも程があるよ。」


「残念だがその通りだ。そっちの方が面白そうなんでな。」


「はぁ!?ちょっとお前、待っ……」


ガっと目を開いて男の手を振り払うと、眩しい光が視界を包んだ。思わず目を細めると、だんだんその輪郭がハッキリとしてくる。


見上げる程高い門と、その奥にそびえ立つ巨大な建物。門の横には「魔術学園ヴェクスドラム」と掘られていた。


「ここが異世界……?」


言いたいことが山ほどある。これからどうしようという不安も拭いきれてない。「面白そう」なんてバカげた理由で説明もなしに放り出されたのには腹が立つし、そもそもここが異世界という実感もない。


でも俺は今ここに立っている。そして目の前にはあの神が言っていたであろう学園がある。ここから、俺の人生が始まるんだ。そう思うと、今は無数の文句なんてどうでもいいようにかんじた。


「よし、行こう。ここから始めるんだ。ここから……」


「キミ、さっきからボーッと立ったままだけど大丈夫?」


突然背後から話しかけられ、思わず「わぁっ!」と素っ頓狂な声を出してしまう。振り返ると、クスりと笑みを浮かべ、肩あたりまである白い髪を揺らす女の子が立っていた。


年齢は俺と同じくらいに見える。もしかしてこの学園の生徒だったりするのだろうか。というか、目を引く真っ青な瞳といい、息を呑むほど端正な顔立ちといい、なんというかゲームのキャラみたいな人だ。


「またボーッとしてるよ?ホントに大丈夫?」


「ん、あぁ……うん、大丈夫。」


ハッと我に返って咄嗟に返答すると、彼女は安心したように目を細めて「よかった。」と呟いた。


「もしかして入学試験の受験生かな?」


受験生なわけない。この世界に来たのが数十秒前なのだ。しかし、俺の第一目標はこの学園への入学な訳で、彼女の話し方的に今日がそれを成すのにもっとも重要な日となるのは明確だ。


ともすれば、この機会を逃せば最悪の場合一年待たなければならないということも有り得なくない。であれば……


「そうです。受験生です。」


嘘をついた。後々バレたらどうなるかなんて心配を今している場合ではない。


「そっかぁ……キミが私の後輩になるかもしれない人かぁ……なんか感慨深いなぁ……」


「受験に合格すれば、ですけどね。」


「うん、そうだね。頑張って!」


「はい、ありがとうございます。」


「でも受験開始まであと3時間はあるよ?ちょっと来るの早くない?」


……なるほど、通りで受験日のくせに学校に出入りする人がいない訳だ。集合3時間前に現地到着は逆に迷惑だろう。いや、俺の場合強制送還されたんだから仕方の無いことではあるんだけど。


「ちょっと緊張しすぎちゃって……時計を見間違えまして……」


俺は当たり障りの無いような言い訳を並べる。それで納得してくれたのか、目の前の少女はいかにも「うんうん」と言った感じに頷いていた。


「う〜ん、そっかぁ。そしたら仕方ないねぇ。」


「本当にすみません……。」


「いやいや全然、緊張は誰にでもあることだから。」


彼女は親身になって俺に慰めの言葉をかけてくれる。自称神に目隠しされて気づいたらここに立ってましたなんて、口が裂けても言えない……。


「あ、そうだ……」


突然何かを思い出したように、人差し指で俺のことを指さして、少女が口を開いた。


「キミ、この学園の中を見てみたいとか思わない?」


「えっと……そんなことしてもいいんですか?」


「普段はダメだけど、今日は受験日だから生徒はみんなお休みなの。だから彼らのプライバシーが侵害されることは無いし、最悪見つかっても私がなんとかするわ。」


生徒が休みなら何故アナタはここにいるのかとか、その「なんとかする」に含まれた絶対的自信はどこから来るのかとか、聞きたいことは山ほどある。


しかし、今それを取り立てて聞くようなことでもないだろうと思い、喉まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込んだ。


「じゃあお願いします。」


「ふふっ、そう来なくっちゃね!それじゃ、はい!」


「はい」と突然こちらに差し出された手に一瞬困惑したが、すぐに握手を求められいるのだと理解し、その手をとる。すると少女の笑顔がパッと明るくなり、そして透き通った声でこう言った。


「私の名前はカトレア。カトレア・ツァオベライよ!これからよろしくね!」

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