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微笑む反映  作者: KageNoOto
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第八章 ひとりで名乗った声

沈黙では、もう足りない瞬間がある。

物語が、管理しきれないほど大きくなった時――

“彼女”は、自分のマイクを見つける。


名乗りは不要。

順番も不要。

許可など、最初から求めていない。


声は、ひとりで現れた。

事務所は、迅速な対応を求められていた。


公式には「ダメージコントロール」。

だが、その言葉を口にする者はいなかった。


翌朝までに、方針は決まっていた。

生放送のインタビュー。

柔らかく、角のない内容。

笑顔。

計算された返答。

台本から外れないこと。


その条件に最適だったのが、

『Idol Night FM』。


アイドル業界最大級のネットラジオ。

ピーク時の同時接続は三十万人。

リアルタイムチャット、

放送終了と同時にYouTubeへ切り抜きが上がる。


スタジオ入りは、午前八時ちょうど。


思っていたよりも狭い空間だった。

黒い防音壁。

表情を柔らかく見せる暖色の照明。


パーソナリティの背後には、

大きな鏡が一枚。

九人全員が、自分たちの姿を映せるほどの大きさ。


半円状に座らされ、

一人ずつマイク。

ヘッドホン装着。


司会のリョウは、

低く落ち着いた声と、

人を安心させる訓練された笑顔を持っていた。


「Kiyora+の皆さん、ようこそ。

デビューは大反響でしたね。

カワイイメイド衣装、生歌、そして大きな夢……

もちろん、ネットを騒がせている“例のグリッチ”も含めて。

あの“余分な声”は、どこから来たんですか?」


キャラは、教え込まれた通りに微笑んだ。


「私たちは完全生歌です。

再生音は使っていません。

会場の反響が、そう聞こえただけだと思います」


チャットがハートと応援コメントで埋まる。


リョウは満足そうに頷いた。


「では、大きな夢の話を。

なぜ、そんなに早くヴィーニャ・デル・マルなんですか?

デビューしたばかりですよね」


春菜が迷いなく答えた。

その声は、誇りに満ちていた。


「日本の名前を、世界に届けたいからです。

Dialogue+は、私たちの絶対的な憧れです。

トレイニーになる前から、ずっと。

歌は、聴く人を抱きしめられる――

それを教えてくれました。

いつか“モンスター”にも、そういう歌を届けたいんです」


チャットがさらに盛り上がる。

Dialogue+の名前。

国旗の絵文字。

大げさな約束。


すべて、予定通りだった。


――十二問目までは。


リョウがチャット欄に目を落とす。


「リスナーからの質問です……

『オープニングには、メンバーの誰でもない声が入っているって本当ですか?』」


キャラは息を整え、

公式回答を繰り返そうと口を開いた。


その瞬間――

配信が途切れた。


正確に、二秒間。

ホワイトノイズ。


回線が戻った時、

スタジオ――そして何万ものイヤホンを満たした声は、

キャラのものではなかった。


もっと若い。

もっと脆い。


そして、

異様なほどに、はっきりしている。


「みなさん、こんにちは。

長い間、私の歌を聴いてくれてありがとう」


リョウの表情が、凍りついた。


チャットが、

大文字で埋め尽くされる。


「もうすぐ、またKiyora+と一緒に歌います。

ヴィーニャ・デル・マルでは、私が最初に歌うの。

忘れないでね」


ブースから、技師の叫び声。


「キャラのマイクは切れてる!

そこから出るはずがない!」


キャラは自分のマイクを見た。

赤いランプは、沈黙したまま。


それでも――

声は続く。


「あなたたちは、私を入れ替えた。

私は、辞めてなんかいない。

……ただ、黙らされたの」


背後の鏡が、

内側から曇り始めた。


まるで、

向こう側で誰かが息をしているかのように。


湯気の上に、

逆さまの文字が浮かぶ。


――

《次の停車駅:ヴィーニャ》

《VIP入場》


リョウが放送を止めようとする。

ボタンが、反応しない。


永遠のような十秒間。

画面は固まったまま、

その声が、アカペラでオープニングの一節を歌った。


完璧だった。

震えも、迷いもない。


そして――

完全な沈黙。


配信は、唐突に切れた。


スタジオは闇に包まれる。


九本のマイクは、

すべてオフのまま。


数分後、

放送の断片がTwitterに投稿された。


ファイルの最後――

音楽も、人の声も消えた後に、

その場の誰も口にしていない囁きが残っていた。


「モンスターで会いましょう、姉妹たち。

私の赤いリボン、忘れないで」


動画は、

一時間で再生数百万を超えた。


そしてデビュー以来、初めて――

事務所は、

公式な言葉を一つも用意できなかった。

その夜、

声はもう隠れなかった。


エラーでもない。

事故でもない。

噂でもない。


――名乗りだった。


一度、皆の前で名乗った声は、

もう、消せない。

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