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微笑む反映  作者: KageNoOto
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第七章 存在してはいけない絵

守るための沈黙がある。

そして――

聞かれてはいけないものを呼び寄せてしまう沈黙もある。


歌わなくなったからといって、

歌が消えるとは限らない。

別の手を探し、

別の形を選び、

存在を示そうとすることもある。


許可なく“伝え始めた”瞬間、

それはもはや恐怖ではない。


――認識だ。

オープニングを歌わないまま、三日が過ぎた。

完全なリハーサルも、三日間行っていない。

癖で口ずさむことさえ、意識して避けた。


だが、沈黙は彼女たちを落ち着かせなかった。

ただ――

すべてを、より脆くしただけだった。


その夜、彼女たちは渋谷の小さな劇場に立った。

収容人数は少なく、

ステージは低く、

照明は近すぎる。


ミスも、

欠けているものも――

すべてが、露わになる場所。


披露したのは、新曲のみ。

まだ物語も、残響も持たない三曲。


観客は、丁寧に拍手を送った。

笑顔。

掲げられたスマートフォン。

好意的な言葉。


だが、空気の奥には、

誰も口にしない問いが漂っていた。


――オープニングは?


終演後、ロビーでサイン会が始まった。

ざわめきは一定で、控えめだった。


その時――

キャラは、彼女を見た。


十二歳にも満たない少女。

両手で折り畳んだ紙を抱え、

指先を震わせながら近づいてくる。


「……あなたに」


差し出された紙を、

キャラは反射的に受け取った。


広げた瞬間、

胸の奥で空気が止まる。


それは、**Kiyora+**のロゴだった。

子どもの線ながら、丁寧で、はっきりと分かる。


だが、

本来、何もないはずの中央に――

灰色の影。


長いツインテール。

そして、

自分と同じ赤いリボン。


下には、拙い文字。


――

「私の声を守ってくれて、ありがとう。

また一緒に歌うよ。

忘れないで。」


顔を上げたキャラは、血の気を失っていた。


「……誰に、これを描けって言われたの?」


少女は、微笑んだ。

怯えても、戸惑ってもいない。


「彼女だよ」

ごく自然に答える。


「描いてる時、スマホで話したの。

みんななら、分かるって言ってた」


キャラが言葉を返す前に、

少女は人混みに紛れて消えた。


バックステージで、

メンバーは無言のまま絵を囲んだ。

誰も、触れようとしない。


「……偶然じゃ、ないよね」

春菜が、低く呟く。


沙耶香が短く笑う。

作り物のような声。


「冗談でしょ。

目立ちたいファンの悪ふざけよ」


だが、

その言葉を信じた者はいなかった。

彼女自身さえも。


七海はすでにスマートフォンを操作していた。

指の動きが、異様に早い。


「……他にも、ある」


画面を見せる。


その日の午後に再投稿された動画。

ぼやけた映像。

防音ブースの外から撮られている。


ガラスの向こうに、

背中を向けた人影。

長いツインテール。

赤いリボン。


画面の端に、

はっきりとした日付。


――二年と三か月前。


キャラの足元が、傾ぐ。


その日。

あの日。


彼女が、

メインボーカルとして録音を始めた日だった。


誰かが声を出す前に、

劇場の照明が一度だけ瞬いた。


ロビーのスピーカーから、

一音が零れる。


たった一音。


オープニングの、最初の音。


伴奏はない。

楽器もない。


ただ、

澄んで、持続する音。


――誰も、出していないはずの。


観客のざわめきが、

一斉に消えた。


灯りが落ちる。


暗闇の中で、

全員が同時に理解した。


“エラー”として始まったものは、

もう隠れていない。


この絵は、存在してはいけなかった。

この声も、存在してはいけなかった。


それでも――

両方とも、ここにある。

その夜、

誰も理由を求めなくなった。


問うべきは、

“なぜ”ではなかったからだ。


――“いつから”。


影は、

歌うだけではなかった。

見ていた。

覚えていた。


そして今――

描くことさえ、知っていた。

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