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微笑む反映  作者: KageNoOto
14/14

第14話 選ばれた声

声が選ばれる時、

そこには必ず――

代償がある。


才能でも、

努力でもない。


壊れても構わないと、

誰かに決められた存在。


それが、

“選ばれた声”。

マネージャーは、

九人全員をメインスタジオに集めた。


分厚い書類の束。

引きつった笑顔。


「――座って」


そして、

淡々と告げた。


「Kiyora+は、

チリ・ナショナルスタジアムで行われる

大型ライブの前座に決定しました」


ざわめき。


「九人全員で、

四十分間の生歌。

ノンプレイバックです」


息を呑む音。


「アニメのオープニング曲は

セットリストに必須。

契約条件です」


さらに――


「明日から

スペイン語の集中講座を開始します。

一日八時間。

勉強、レッスン、睡眠、繰り返し。

休日はありません」


重たい沈黙。


最初に口を開いたのは、

アヤメだった。


震える声。


「……四十分も、

本当に歌うんですか?」

「また……

あんなことが起きたら……」


リカが、

そっと手を握る。


「オープニング……

もう歌いたくない……」


ユイが、

声を荒げた。


「ステージで

倒れたらどうするの!?」


ナナミは、

胸にぬいぐるみを抱きしめた。


「チリには……

行きたいです……」

「でも……

怖い……」


キョウカが

ハルナを見てから、

マネージャーを見た。


「……オープニングを

歌わない、

という選択は?」


マネージャーは、

冷たく首を振る。


「不可です。

契約です」

「ヴィーニャ・デル・マルも

これにかかっています」


全員、

視線を落とした。


――――――――――


翌日、

最初の本格的なリハーサル。


オープニング曲は、

最後に回された。


スタジオの照明が落ち、

白いスポットライトだけが

九人を照らす。


空気が、

重い。


誰も、

呼吸しない。


サビ前まで、

完璧なフォーメーション。


ブリッジ。

キョウカとナナミだけ。


キョウカが、

口を開く――


音が、

出ない。


あまりの静寂に、

全員の心臓の音が

聞こえた。


ナナミが、

小さな声で歌い始め――


崩れ落ちた。


激痛。


頭。

喉。

身体の奥、すべて。


首を押さえ、

目を見開く。


内側から、

焼かれているような感覚。


次の瞬間、

意識を失った。


床の上で、

激しく痙攣する身体。


制御不能。

指が床を掻きむしる。


キョウカは、

凍りついた。


頭の中に、

はっきりとした声。


『――国立では、

この子を使う』

『あなたはもう、

用済み』


キョウカとハルナは、

震えながら抱き合った。


「マネージャー!」

キョウカが叫ぶ。

「この曲は二度と歌わない!」

「呪われてる!」


リカ、アヤメ、ユイは

床に崩れ落ち、

泣き叫んだ。


「もう歌いたくない!」

「殺される!」

「お願い、止めて!」


サヤカだけが、

青ざめたまま立っていた。

拳を強く握りしめて。


マネージャーは、

腕を組み、

無表情。


「立ちなさい」

「続行です」

「観客は

ショーの一部だと受け取る」

「ライブの時と同じ」

「“演出”です」


その瞬間――


斎藤が、

ナナミの名前を叫びながら

ステージに飛び込んだ。


「ナナミ!」

「俺の……

俺の小さな子……!」


床に滑り込み、

彼女を抱き上げる。


マネージャーが怒鳴る。


「斎藤!」

「離しなさい!」

「大したことじゃない!」

「大げさだ!」


斎藤は、

ナナミを腕に抱いたまま、

振り返った。


目に、

炎。


「クビにするなら

すればいい」

「でも――

彼女は一人にしない」

「絶対に」


そう言って、

走り去った。


誰も、

言葉を失った。


斎藤が、

誰かに逆らう姿。

必死で、

守る姿。


そして――

「俺の小さな子」と

呼んだこと。


――――――――――


クリニックへ向かう車内。


斎藤が、

ハンドルを握る。


ナナミが、

はっと目を開いた。


震える声。


「……斎藤さん……」

「ここ……

どこ……?」


斎藤は急ブレーキを踏み、

路肩に停め、

ハザードを点けた。


夜の高速道路。

エンジン音と

車の走行音。


振り返る。


声が震えながらも、

安堵が滲む。


「……目、覚めたんだ……」

「よかった……」


彼女を、

そっと抱きしめる。


頭を撫で、

子どもをあやすように、

何度も額にキス。


「大丈夫……」

「もう終わった……」

「俺はここにいる……」

「ずっと……」


ナナミは、

まだ痛みに強張りながら、

彼に身を委ねた。


そして、

震える声で囁く。


「……斎藤さん……」

「あの……

あれを見ました……」

「私の身体を

使えって……」


息を呑む。


「従わなかったら……」

「斎藤さんに

危害を……」

「……殺すって……」


斎藤は、

彼女をさらに強く抱きしめた。


声が、

割れる。


「関係ない」

「俺は大丈夫だ」

「使わせるな……」

「お願いだ……」

「アイドルを……

辞めてくれ」


彼女の額に、

額を寄せる。


「俺が支える」

「全部だ」

「ずっと一緒にいる」


――ナナ。


その呼び方。


ナナミは、

耳まで真っ赤になった。


初めて呼ばれた、

その名前。


あまりにも近くて、

あまりにも優しくて。


胸が、

張り裂けそうだった。


彼のシャツに顔を埋めたまま、

かすれる声で囁く。


「……じゃあ……」

「……私は……」

「……サイくん……」


世界が、

止まった。


斎藤は、

息ができなくなった。


――サイくん。


小さくて、

震えていて、

告白のような呼び方。


抑えきれない笑顔。

溢れる涙。


彼は、

彼女を失うことを恐れるように

強く抱きしめ、

何度も額にキスした。


言葉は、

出なかった。


ナナミも、

黙って泣きながら

彼にしがみついた。


二人とも、

名前をつけられない感情を

感じていた。


――――――――――


スタジオで。


マネージャーは、

残された八人を見渡した。


疲れた声。

それでも、

揺るがない。


「俺だって

望んでいるわけじゃない」

「上からの圧力だ」

「契約は……

契約だ」


時計の針は、

止まらない。


そして――

“それ”は、

すでに

お気に入りの声を

選んでいた。

選ばれたのは、

いちばん壊れやすい声。


いちばん優しい声。

いちばん、

守られている声。


だから影は、

笑った。


奪うなら――

そこからだ。

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