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微笑む反映  作者: KageNoOto
11/15

第11話 二日目の浜辺

二日目は、

いつだって一日目より危険だ。


新鮮さは消え、

警戒心は緩む。


そして――

心が開いた瞬間、

愛にも、後悔にも、孤独にも、

“それ”は入り込む。

家を最初に目覚めさせたのは、風だった。


窓を叩きつけるように吹きつけ、

湿った砂と、

海の低く重いざわめきを運んでくる。


空は分厚い灰色に覆われ、

割れ目一つない。

今すぐ雨が降るわけでもない。

だが、決して穏やかでもなかった。


ナナミは湯気の立つカップを両手で包み、

室内を見回した。


「……キョウカ?」

首を傾げて呼ぶ。


返事はない。


椅子は空いたまま。

ハルナの姿もなかった。


サヤカは肩をすくめ、

コーヒーを注ぎながら言う。


「朝早く出たよ。

ロマンチックな散歩、じゃない?」


ナナミは、

その言葉が嬉しすぎるかのように微笑んだ。


二人が戻ってきたのは、

ずいぶん後だった。


引き戸の音が、

会話を一気に断ち切る。


床に落ちる砂。

抑えきれない笑い声。


キョウカとハルナが一緒に入ってきた。

髪は乱れ、

服は汚れ、

そして――

気づいていないかのように、

手はまだ繋がれたまま。


ハルナのシャツはずれていて、

ボタンが一つ留まっていない。


首元には、

昨夜にはなかった淡い痕。


キョウカは、

どこか違って見えた。


緊張していない。

警戒もしていない。


ただ――

軽かった。


全員が二人を見る。


最初に口を開いたのはリカだった。

隠す気のない笑顔で。


「やっと、って感じだね」


ハルナは足を止め、

キョウカの手をぎゅっと握る。

深く息を吸った。


「うん」

「もう、隠さない」


ナナミが小さく跳ねた。


「恋人なんだ!」

両手で口元を押さえる。

「本当に!」


キョウカは赤くなったが、

手を離さなかった。


それどころか、

ハルナを引き寄せる。


「私たちだよ」

「このまま」


サヤカは数秒、

二人を見つめてから言った。


「ここならいい」

「でも、外ではまだだめ」


気まずさのない沈黙。


キョウカは頷き、

ハルナも同じように。


二人はその場で抱き合った。

大げさでも、

演出でもない。


ただ、

確かな抱擁。


誰も目を逸らさなかった。


――ミヅキはいなかった。


テラスで、

冷たい床に座り、

スマートフォンを膝に乗せていた。


風が髪を顔に押しつける。


画面には、

触れてはいけないもののように、

〈大地〉の名前。


「会いたい」

彼の声。

「ずっと、お前は俺の一番だった」


心臓が、

強く跳ねた。


「……ダイちゃん」


続いた沈黙は、

温かくて、

危険だった。


「正直に言うとさ」

彼は続ける。

「昔から好きだった。

子どもの頃から」


ミヅキは喉を鳴らす。

止められなかった。


「私も……」

「私も、好きだった」


向こう側で、

一拍。


「え?」

声色が変わる。

「ミヅキ、俺、彼女いるんだ。

ただ、懐かしくてさ」


世界が、

音を立てて閉じた。


「……ごめん」

「今の、忘れて」


通話を切った。


その瞬間、

家の中で雷鳴が轟いた。


壁が震える。


灯りが瞬く。

一度。

二度。

三度。


暗闇。


ナナミが小さく叫ぶ。


キョウカは反射的にハルナを抱き、

ハルナはその首元に顔を埋めた。


キョウカは、

聞き取れない何かを囁く。


テラスで、

ミヅキのスマホが、

勝手に震えた。


ボイスメッセージ。


震える手で再生する。


「最初から、愛されてなかった」

冷たい声。

「可哀想だっただけ」

「今は、もっといい人がいる」

「あなたは、ひとり」

「……私と同じ」


続いて、

幼い、壊れた嗚咽。


スマホが落ち、

画面が砕け散った。


室内で、

誰かが立ち上がる。


ユイだった。


ずっと黙って座っていた彼女。

今は、

異様に目を見開いている。


口を開いた時、

その声は――

彼女のものではなかった。


「……最初は、小さい子」


視線がナナミに突き刺さる。


「次は、誰にも愛されない子」


ゆっくりと、

ミヅキへ。


「そして最後は……

全部、奪った子」


キョウカではない。

ハルナでもない。


――キョウカではなく、

キョウカを“奪った”存在。


視線は、

キョウカの後ろにいるキョウラへ向いた。


ユイは、

糸を切られた人形のように倒れた。


風が家を叩きつける。


誰も動けなかった。


もう、

“それ”は中にいる。


そして――

急いではいなかった。

恐怖は、

外から来るとは限らない。


心にできた隙間から、

静かに入り込む。


もう、

追い払う段階は終わった。


次は――

選ばれる番だ。

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