2.性なきは聖なるか
ヒシオはまともな欲を持たない。
しかし、欲に対しては強く肯定的である。
ゆえに、ヒシオは聖痕協会を嫌っている。
聖痕協会の「脳幹」、マルクィエムは生まれながらにして無性であった。
其(彼・彼女は二人称として不適当であるため)は両親から祝福され、生まれながらにして穢れなき、聖なる寵児として育てられた。
其は中性的な美しき容貌を持ちながらも、常人のような獣欲を持たず(あるいは持ち得ず)、すこしの食事と充分な眠りだけで満たされていた。
しかし、其の周りはそうではない。
両親を含め、其の美貌に酔い痴れた人々は、其を愛し、其を欲の対象とし、其を偶像として掲げた。
これが聖痕協会のはじまりである。
其は信徒たちから湧き上がる獣欲、金銭欲、名誉欲、知識欲、そして全ての強欲を理解できなかった。
しかし解釈し、そっと寄り添うことはできた。
其の有様は、欲に苦しむ者にとっては救いそのものであった。
しかし、同時に欲に塗れた者にとっては格好の餌であったのだ。
其は聖痕協会の旗印として利用され、協会の拡大には衝突、暴力、支配、怨嗟、死が伴った。
其はそれらを厭い、疎み、葛藤の果てに決断を下した。
決断とは、聖痕協会の「脳幹」として、自らの暴れる「指先」を切り落とすことであった。
「指先」には、其の両親も含まれていた。
「指先」への粛清を終えた其の下からは、強欲な者は逃げ出し、無欲な者(あるいはそうありたい者)が寄り集まった。
そして、無欲な者たちの内、特に熱狂的な者と冷静な者が「脳幹」を支え助けるべく、中枢として団結した。
これが聖痕協会の「頭脳」そして「神経」の異名を持つ者たちである。
聖痕協会は「善く生きること」を根本原理とし、安住の地を求めて歩き続ける群体の巨人である。
ヒシオはただ、それをじっと見ていた。
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