第7章 起動合図はレジェンドオープン
翌朝、俺たちは約束通り、冒険者ギルドへと足を運んでいた。
朝のヴェルアークは、もうそれなりに賑わっている。露店の準備をする人、荷馬車を引く商人、眠たそうにあくびをしながら交代する衛兵。石畳の上を、いろんな靴音が行き交っていた。
ギルドの扉を押し開けると、昨日と変わらずむわっとした人の熱気が押し寄せてくる。木の床、酒と飯の匂い、冒険者たちの笑い声や怒鳴り声。それでも、どこか居心地の悪さは薄れていた。
……理由は簡単だ。
「……あのヤバい雰囲気出してた嬢ちゃんだ」「昨日の殺気、まだ覚えてるぞ……」「関わったら死ぬやつだあれ」
入った瞬間、俺たちへ視線が集まる――が、誰も近づいてこない。
皆、露骨に“遠くから眺めるだけ”にしている。
主に、セラを。
「マスター、皆さんこっち見てますね!」
「見てるけど、誰も絡んでこないな……ありがたいけどちょっと複雑」
昨日ギルド内で殺気飛ばしまくった“ヤバいお嬢ちゃん”として認識されているらしい。そのお陰で、余計な絡みは一切ない。
レオも今日はいきなりフルサイズではなく、子犬サイズで俺の足元を歩いている。ぱっと見はモフモフの大きめワンコだ。……それでも多少威圧感はあるが、昨日よりマシだろう。
「とりあえず、依頼だな」
「はいっ!」
受付カウンターへ向かうと、猫耳をぴこぴこさせているリースと目が合った。
「おはようございます」
「おはようございますにゃ! 律さん、セラさん、レオさん。今日は早速、依頼を受けに来た感じですかにゃ?」
完全に顔を覚えられてしまったらしい。
「うん。なんか、Fランク向けのおすすめとかある?」
「そうですにゃねぇ、少々お待ちくださいにゃ」
リースはカウンターの下から束になった依頼書を取り出し、パラパラとめくっていく。茶色のロングヘアがさらさら揺れて、猫耳が一緒にぴょこぴょこ動いているのがちょっと面白い。
「Fランクでしたら……最初におすすめなのは、こちらですにゃ」
一枚を抜き出して、俺の前に置いた。
【ボーンラビット討伐依頼】
対象:ボーンラビット 推定出現数3〜5体
場所:街外東方の農地周辺
内容:畑を荒らすボーンラビットの討伐
報酬:固定銅貨+素材買取
「畑を荒らしているボーンラビットの討伐ですにゃ。危険度は低いですが、油断すると怪我の元ですにゃ。Fランクの初仕事にはちょうどいいと思いますにゃ」
「ボーンラビット……」
思わず、前世の記憶が蘇る。
エルドラシアTCGにおける★1の雑魚モンスター。序盤のチュートリアル的な立ち位置。スターターデッキでよく見るあいつだ。
(マジでいるんだな……こっちの世界にも)
若干感慨深くなりながらも、頷く。
「わかった。それにするよ」
「では受注処理しますにゃ〜プレートよこすにゃー」
リースは手早く依頼書にスタンプを押す。渡したプレートを依頼書に当てるとなにやら魔道具らしきものを当てる。終わるとプレートを返してくれた。
「ボーンラビットは集団行動をするので、数が増える前に早めの対処をお願いするにゃ。気をつけてくださいにゃ」
「了解」
そうしてカウンターを離れようとしたところで――
「お、朝イチからやる気じゃねぇか」
低く通る声が後ろからかかった。
「アッシュさん」
振り返ると、ギルドマスターのアッシュが腕を組んでこちらを見ていた。昨日と同じく赤い短髪に鋭い目つきだが、どこか楽しそうに口角が上がっている。
「ボーンラビットの討伐か。ま、Fランクなら妥当だな。……つーか」
アッシュの視線が俺の全身をなめる。
「お前、その格好で行くつもりか?」
「え?」
ジャージ、Tシャツ、完全にいつもの部屋着+パーカーだ。
「防具は? 武器は?」
「それが……昨日、セラとレオの食費にだいぶ持ってかれて……」
苦笑いしながらちらりとセラを見ると、セラは「す、すみません……」と小さく肩をすくめた。
「肉、おいしかったです……」
「可愛い顔してさらっと言うなよ……」
アッシュは腹を抱えて笑い出した。
「はははっ! そりゃあキースのやつも“食費ヤバそうだ”って言うわけだ」
笑いながらも、目は真剣になる。
「だがな、さすがにその格好でボーンラビット相手とはいえ野外に出るのは危ねぇ。牙も角も立派だ。刺されりゃ普通に死ぬ」
「ですよね……」
「ちょっと待ってろ」
アッシュはそう言うと、カウンターの奥へ引っ込んだ。
しばらくガサゴソと物音がしたあと――
「ほら」
戻ってきたアッシュの手には、茶色の革製の胸当てと、簡易的なガントレット、すね当てが握られていた。
「古くなって倉庫に眠ってた革鎧だ。丈夫さじゃ金属には劣るが、動きやすいし、何もないより百万倍マシだ。やるよ」
「い、いいのか?」
「アイツらの命の恩人にケチるほど俺はセコくねぇよ。それに、その嬢ちゃんとレッドファング連れてるなら、無事でいてもらった方がギルド的にも安心だ」
照れ隠しのように鼻を鳴らすアッシュに、素直に頭を下げる。
「ありがとう。助かる」
その場で革鎧を装着してみる。サイズは少し緩いが、紐で締めれば問題なさそうだ。動きを確認すると、そこまで重さは感じない。
「武器も……予備の剣があるが」
アッシュが鉄の剣を手にして見せる。使い込まれてはいるが、刃こぼれは少ない。
「どうする?」
「……いや、大丈夫」
頭の中に、あのカードがよぎる。
――ボルケーノソード。
先日パック開封で引き当てた、炎属性武器カード。
(装備系カードがどういう扱いになるのかも、試しておきたいしな)
「そうか。まあ、あくまでお前がそれでいいってんなら止めねぇ。ただし、無茶するなよ」
「ああ、わかってる」
アッシュは満足げに頷き、背を向けた。
「何かあったらすぐ戻ってこい。……まあ、あの嬢ちゃんがついてりゃそうそう死なねぇだろうがな」
「任せてください!」
セラが胸を張ると、アッシュは吹き出しそうになるのを堪えていた。
「……頼りにしてるぜ、“魔法剣士様”」
「えへへ」
そんな会話を交わし、俺たちはギルドを後にした。
⸻
街の東門から外へ出ると、城壁の向こうには広い草原と、点々とした農地が広がっていた。
澄んだ青空の下、春から初夏にかけてのようなちょうどいい風が吹き抜ける。遠くには森の緑が帯のように連なっている。昨日戦った氷の森とは違い、ここは穏やかな生命の匂いがした。
「依頼書によると……“街の東方、農地周辺”だな」
依頼書を開いて確認する。
――ふと、気付く。
(これ、そういえば……)
紙に書かれている文字は、この世界のものだ。どう見ても日本語の漢字でもアルファベットでもない。にもかかわらず、俺には自然と“意味”が読み取れている。
「……今更だけど、これどういう原理なんだろうな」
「どうかしましたか、マスター?」
「いや、文字も言葉も全部普通にわかるけど……冷静に考えるとおかしいなって」
「あー……それはたぶん、“翻訳加護”ですね!」
「翻訳加護?」
「はい。異世界から来た転生者や召喚者は、だいたい何らかの形で言語を補正されるって聞いたことがあります。神様の気まぐれだとか、世界の自動修正だとか、諸説ありますが!」
「テンプレかよ……」
心の中で思いっきりツッコんだ。
「まあ、話せないより百倍いいけど……」
「ですよね!」
そんな会話をしていると――
「……マスター」
セラがふと立ち止まり、空気を嗅ぐように目を閉じる。
「前方に……小さめの魔力反応。数は……ひとつ。たぶんボーンラビットです」
「マジか。範囲探知便利すぎるだろお前」
「えっへん!」
胸を張るセラと、ちょこちょことその後ろをついていく子犬サイズのレオ。
セラの指し示した方向へ進むと、そのうち畑が見えてきた。耕された土の上には、芽を出したばかりの作物が整然と並んでいる。だがところどころ、踏み荒らされた跡や掘り返された穴があり、農家の苦労が目に浮かぶ。
「いました」
セラが小声で告げる。その視線の先――
畑の隅で、白い毛玉がもぞもぞ動いていた。
耳が長く、ふわふわの毛並み。だが、その頭には二本の骨のような角が生えており、目はぎょろりと光っている。前足の爪も妙に鋭い。
――ボーンラビット。
(うわ、本物だ……)
カードのイラストではコミカル寄りだったが、実物はきっちり“魔物”をしていた。
「マスター、どうしますか? わたしがやりましょうか?」
「いや、ちょっと待った」
俺は右手を握りしめ、心を落ち着かせる。
「今日は、俺のスキルの方を試したい。セラとレオは、しばらく手を出さないでくれ」
「えっ……危なくなったら、すぐ行きますからね!」
「もちろん。その時は遠慮なく頼む」
レオも「ワフ」と低く鳴いた。心配そうな目だが、信頼も感じる。
俺はボーンラビットと向き合う位置まで歩き出た。距離は十メートルほど。相手もこちらに気づき、ぴくりと鼻を動かす。
「……よし」
一度深呼吸をし、まずは【ストレージ】のスキルを開く。
頭の中に青白いウィンドウが浮かび上がり、そこにはストックされているカード一覧が表示された。その中から、装備カード【★3 ボルケーノソード】に指を伸ばす。
「――選択」
タップした瞬間、カードが光となって弾ける。
「おお……」
目の前の空間に、炎をまとった剣がすっと形を成した。赤黒い刀身に、刃の根本で小さく炎が揺らめいている。
同時に、ストレージの一覧からボルケーノソードの表示が消えた。
(ってことは……やっぱり一度現界させた装備カードは、ストレージから消費されるのか。装備系も消費系も、一回限り)
「……OK。仕様理解」
ボルケーノソードを右手に握る。ずしりとした重みと、手に伝わる微かな熱。俺のステータスは貧弱だが、それでも振れないほどではない。
「さあ、来いよウサギ野郎……!」
ボーンラビットが、俺の挑発を待っていたかのように地面を蹴った。
「ピギャッ!」
角を前に突き出し、猛スピードで突進してくる。思ったより速い。
「うおっ!?」
横へ飛び退いてギリギリでかわす。足がもつれそうになるが、なんとか踏ん張る。
(やべぇ、本当に刺さったら死ぬやつだこれ)
だが、ここで怯んでいる場合じゃない。
俺は走りながら、もう一つのスキルを起動する――【デッキ】。
「デッキ……」
意識を集中し、スキルを選択する。
だが。
【召喚条件未達成】
冷たい文字が浮かび上がるだけで、何も起きなかった。
「やっぱり……ただ選んだだけじゃ起動しないか」
ボーンラビットは止まることなく再度切り返し、俺に向けて突っ込んでくる。俺はそれを横っ飛びで避けながら、必死に考える。
(条件……条件……)
この世界に来てから、召喚や現界には必ず“何かしらの条件”があった。セラのときはあらかじめ“現界しますか?”と問われ、“はい”を選んだ。レッドファングの常時召喚も、二枚引き当てるというカードゲーム的条件を満たしてからだ。
(デッキは……エルドラシアではどうだった?)
記憶を掘り起こす。
大会。店のフリーバトル。対戦前のあの高揚感。
そうだ。試合の始まりには、必ずあれを叫んでいたではないか。
――レジェンドオープン!
それは、エルドラシアの公式大会での掛け声。
プレイヤー同士がデッキを掲げ、試合開始の合図として叫ぶフレーズ。
(まさかとは思うけど……)
ボーンラビットの三度目の突進が迫る。
俺は、もう逃げ腰ではなく、剣を握り直して一歩踏み出した。
「――レジェンドオープン!」
叫んだ瞬間。
視界の端で、デッキの項目が鮮やかに光った。
【戦闘が開始されました】
【対象:ボーンラビット】
機械的な音声が頭の中に響く。
同時に――腰の横に、見覚えのある重みが追加されていた。
「……っ!」
そこには、黒と銀で装飾されたカードケース――俺の天使族デッキが、いつの間にか装着されていた。
さらに、目の前に半透明のカードが五枚、扇のように浮かび上がる。
(これが……初期手札……!)
前世で何度も見た構図なのに、今は現実の景色の中に溶け込んでいる。
ターンはない。目の前のボーンラビットは、システムなんかお構いなしに、こちらへ突進してきている。
俺は迫りくる角を紙一重でかわしながら、表示されたカード名に目を走らせた。
――《天騎士ヴァルキリー ★6》
他、天使族の下級モンスター、サポート魔法、回復カードなどが見える。
(ヴァルキリー……!)
条件付きの儀式モンスターではない。追加コストも必要ない、純粋な上級天使。今の状況でも即召喚可能なはずだ。
「――行くか!」
俺は《天騎士ヴァルキリー》のカードに意識を集中し、“召喚”のコマンドを選択した。
「――【召喚】!」
次の瞬間、眩い光が草原を包み込む。
風が巻き起こり、天から光の柱が降り注ぐ。
その中心に、人影。
長身の女性。膝まで届くブロンドの髪が、太く束ねられて三つ編みになっている。その髪が光を反射して黄金の光を放つ。鋭くもどこか慈悲深い青の瞳。
三日月型の刃を持つ巨大な戦斧を片手で軽々と肩に担ぎ、もう一方の手で白とオレンジのワンピースドレスの裾を軽く押さえる。
肩はすべて露出しており、腕と脚には金属のガードが装着されている。腰から下はドレスのように大きく広がり、戦闘用でもあり礼装にも見える絶妙なデザインだ。
――《天騎士ヴァルキリー》。
俺の愛用デッキを支えてきた、頼れる相棒のひとり。
「……マジ、実物だ……!」
感動している間にも、ボーンラビットはヴァルキリーの前でぴたりと動きを止めていた。
さっきまで威勢よく突撃してきていたのが嘘のように、ガクガクと震えている。小さい身体を精一杯縮こまらせ、本能的な恐怖に支配されているのが見て取れた。
ヴァルキリーがゆっくりと俺を振り向き、その瞳を細める。
「――主よ。私の敵は……あちらでよろしいですか?」
低く澄んだ声が、俺に向かって投げかけられる。
喉が少しだけ鳴った。
「……あ、ああ。そうだ」
「承知しました」
ヴァルキリーは恭しく頭を垂れ、くるりとボーンラビットへ向き直る。
「罪なき畑を荒らす小さき魔物。我が主の依頼のため、ここで討たせていただきます」
「ピギャ……ッ!?」
ボーンラビットが完全に腰を抜かしたように、その場で震え上がる。さっきの勢いはどこへ行った。
ヴァルキリーが戦斧を構え、一歩――踏み出した瞬間。
ズン、と地面が鳴った。
ただ歩いただけで、圧が違う。
次の瞬間には、もうボーンラビットの目前に立っていた。
「早っ……!」
俺の目には、その動きが一瞬消えたようにしか見えなかった。
ヴァルキリーは一瞬だけ、怯えきったボーンラビットの瞳を見つめると、静かに呟いた。
「――安らかに眠りなさい」
そして、戦斧を振り下ろした。
ドゴォォォン!!!
斧が地面に叩きつけられた瞬間、衝撃波が爆ぜた。
地面はクレーターのように割れ、土と石が空中に舞い上がる。ボーンラビットの姿は、跡形もなく吹き飛ばされていた。
「……オーバーキルにも程があるだろ……」
思わず天を仰ぐ。
セラの氷塊といい、ヴァルキリーの一撃といい、なんで俺の周りに集まる戦力はみんな加減を知らないんだ。
土煙が晴れていく中、頭の中で再び機械的な音声が鳴る。
【戦闘終了】
【YOU WIN】
「ゲームかよ……」
条件達成で勝利BGMでも流れそうな勢いだ。
ヴァルキリーは静かに戦斧を肩に戻し、俺の方へ歩いてきた。そしてそのまま前に進み出て、片膝をつく。
「――我が主、神代律様」
「え、あ、え?」
いきなりの“主様呼び”に、思わず変な声が出る。
「私をこの場へ招いてくださり、誠にありがとうございます。こうして再び刃を振るう機会を与えられたこと、心より感謝いたします」
「え、あの、その……主って……なんで俺が?」
「理由は……私にもわかりません」
ヴァルキリーは、少しだけ困ったように微笑んだ。
「ですが、私の中に刻まれた“契約の感覚”が告げています。あなたは“私の主”であると」
そう言って、迷いなく俺を見上げてくる。その視線が真剣すぎて、こっちが落ち着かなくなる。
「あ、あはは……」
どう返していいかわからず、曖昧に笑うしかなかった。
そこへ、待機していたセラとレオが駆け寄ってくる。
「マスター! 大丈夫でしたか!? ……って、あ」
セラがヴァルキリーを見て、ぱっと顔を明るくする。
「ヴァルちゃん!」
「……!」
ヴァルキリーの瞳が大きく見開かれた。
「セラフィエル様……!?」
ヴァルキリーは慌てて膝を揃え直し、深く頭を下げる。
「このような下界で、まさかお姿を拝見できるとは……!」
セラは「あはは……」と気まずそうに笑い、視線をそらした。
「え……知り合いなの?」
俺が尋ねると、セラは指をつんつんと合わせながら答えた。
「えっと……天界では同僚というか……お友達というか……一応部下になるのかなーあはは〜」
「セラフィエル様は第4天使。私は天界騎士団の一角として、お側で戦う機会も多くございました」
ヴァルキリーが補足してくれる。
「しかし……」
ヴァルキリーはセラをじっと見つめ、眉をひそめた。
「セラフィエル様。急に姿を消されたせいで、天界では大騒ぎですよ」
「うっ……」
セラの顔が引き攣る。
「特に……ミカエリス様がご立腹だと聞きました。“あのポンコツ天使はどこだ”と」
「あの人絶対そんな言い方してない!!」
「いや割と言いそうだろ……」
思わずツッコんでしまう。
ミカエリスの性格を知らないはずなのに、妙に納得できてしまうのが怖い。
「セラフィエル様が居なくなってからはミカエリス様とマリエル様、ラミエル様、イズラエル様達が業務を肩代わりしてくれていますよ」
業務肩代わりって天界も会社みたいだな。というか業務放置で召喚に応じたのこの子?
「ご、ごめんなさい……! でも、マスターが……」
セラがちらりとこちらを見る。目の奥に、罪悪感と、それ以上の感情が入り混じったような光が見えた。
(……俺のせいで、天界側は修羅場になってたのか)
申し訳なさと、なんとも言えない居心地の悪さが混じって、胸がもやもやする。
そんな俺の心情を察したのか、ヴァルキリーはふっと表情を和らげた。
「……ただ、セラフィエル様が幸せそうなお顔をされていたので、私は少し安心しましたが」
「え?」
思わず聞き返す。
「下界に降りる前から、です」
ヴァルキリーはセラを一瞬だけ見て、また俺を見る。
「セラフィエル様は……あなたのことを、ずっと見ておられましたから」
「ヴァ、ヴァルちゃん!? それは言わなくていいです!!」
セラが真っ赤になって慌て出す。耳まで赤い。
その瞬間――
彼女の身体から、ふっと輝きが漏れ始めた。
「……時間のようですね」
「時間?」
「はい。召喚による現界には制限があります。一定時間が経過すると、呼び出された存在は強制的に元の場所へ戻されるのです」
ヴァルキリーは戦斧を消し、両手を胸の前で組んだ。
「――我が主、神代律様」
「あ、はい」
「不思議なことに、私はあなたに対して“従いたい”という感情を抱いています。理由は明確ではありませんが……おそらく、それはあなたの“心”ゆえでしょう」
「心……?」
「セラフィエル様のことを大切に思い、傷つけまいとし、自らも戦おうとしている。その心がある限り……私は、何度でもあなたの召喚に応えるつもりです」
胸が熱くなる言葉だった。
「セラフィエル様のこと、どうかこれからもよろしくお願いします」
「……ああ。任せろ」
自然と、そう返していた。
「ふふ……セラフィエル様が、なぜそんなに幸せそうなお顔をされていたのか。なんとなく、わかった気がします」
「ヴァルちゃん、本当に余計なこと言いすぎ……!」
セラがぶーぶー文句を言っているが、ヴァルキリーは柔らかな笑みを浮かべるだけだ。
「それでは、また」
光が強くなり、ヴァルキリーの姿が少しずつ透けていく。
彼女は光となって弾け、天へと還っていった。
視界の右上に、小さなウィンドウが浮かぶ。
【天騎士ヴァルキリー:使用中】
【再召喚可能まで:23時間59分】
「……クールタイム、24時間か」
召喚後すぐの表示がそれなら、きっちり一日分のインターバルがあるということだろう。
(でも……わかった)
デッキの起動条件。レジェンドオープンの掛け声。召喚後のクールタイム。
何より――
(これで、俺も“ちゃんと戦える”)
セラやレオに“守られるだけ”じゃなく、俺自身のスキルで味方を増やし、戦況を作れる。
その事実が、妙に嬉しかった。
「マスター!」
セラが駆け寄ってくる。
「すごかったです! ちゃんと召喚できてました!!」
「ヴァルちゃんも格好よかったです!」
「ワフ!」
レオも賛同するように吠える。
「まぁ、地面まで割る必要あったかはともかくな……」
クレーターになった畑の一部を見て、俺は頭を抱えた。
「……帰りに、農家の人に謝っとかないとな」
「そうですね……」
セラが苦笑いを浮かべる。
それでも――心の奥底には、小さな高揚感が確かにあった。
カードゲーマーとしての力が、この世界でも通用する。
俺の15年分の趣味が、ここで初めて“戦力”として形になった。
(よし……)
ボーンラビット討伐依頼――達成。
報酬のことも大事だが、それ以上に今日は大きな収穫を得た気がしたのだった。それはそうと後からアッシュにかなり叱られた。




