第5章 いざ冒険者登録へ
ギルドの喧騒が少し遠のき、奥まった廊下へ入ると空気ががらりと変わった。喧しい酒場の雰囲気から一転、ひんやりとした静けさが広がる。
「こっちですにゃ……」
案内してくれるのは受付嬢のリースだが、さっきセラの放った殺気に完全に腰が抜けてしまったらしく、足取りがふらふらしている。尻尾は情けなく垂れ下がり、耳も寝ている。
(完全に怯えられてる……セラ、やっちまったな)
当のセラは全力で無自覚である。
「案内ありがとうございます! 大丈夫ですか?顔色が良くないようですけど…」
「い、いえ大丈夫にゃ……! お気持ちだけで充分にゃ……!」
リースの声は裏返っていた。
やがて、通された部屋は木目の美しい応接室で、長椅子と丸いテーブルが置かれている。灯りとなるランプは柔らかく室内を照らし、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「座って待っててくれにゃ。すぐギルドマスターを呼んでくるにゃ」
そう言ってリースが部屋を出る。扉が閉じると、静寂が訪れた。
「こ、ここが……ギルマスの部屋かぁ……緊張するな……」
「マスター、大丈夫ですよ! わたしが守ります!」
「いや……今日は守る場面じゃないからな?」
セラの励ましは嬉しいが、方向性がずれている。
レオはというと、俺の足元で大きな欠伸をして伏せている。あのカオスな受付前でさえ動じなかったあたり、肝は据わりまくっている。
そんな時だった。
――コン、コン。
扉がノックされ、低く落ち着いた声が届く。
「入るぞ」
扉が開く。
入ってきたのは、赤い短髪と鋼のような筋肉を持つ屈強な男。金の瞳は鋭く、威圧感があるのにどこか誠実さも漂わせていた。
「待たせたな」
彼は椅子に座る前に、俺たちを一瞥し、そして静かに息を吐いた。
「――まず最初に確認する。……あのシルバーウルフとグレートウルフの群れは、お前らが倒したな?」
開幕から核心を突いてきた。
俺の背中に冷たい汗がつっと流れる。
嘘は……無理だな。あれだけ派手にやったんだ。跡を見れば、誰だってわかる。
「えっと……」
「安心しろ。尋問ってわけじゃない。ただな」
アッシュの目が細められる。
「漆黒の刃だけで、あの数を“無傷で”倒すのは不可能だ。やつらはCランク冒険者。弱くはないが……あの群れは、どう見ても《異常》だった」
「…………」
「シルバーウルフ十数体に、体高三メートルのグレートウルフ。あれを無傷で片付けられるのは、最低でもBランク複数、もしくはAランク級。ただの中堅パーティにできる仕事じゃねぇ」
確信を持った声音だった。
もう、誤魔化せない。
「……セラとレオが、倒しました」
アッシュの眉が、わずかに上がる。
「やっぱりな」
息を吐くように、納得の声。
「さっきの殺気……あれを見て、ただ者じゃないとは思っていた。それにお前のレッドファング。上級モンスターをあれほど従順にしている時点で常識外れだ」
そして、アッシュの視線がセラに向く。
「――力、隠してるな?」
「へ?」
「とぼけんな。俺は元Aランク冒険者だ。人の力量くらい見ただけで察せる」
セラの方が「えっ」と驚いているのが面白い。
そこへリースがタイミング悪く戻ってきた。
「お、お茶をお持ちしたにゃ……あとギルドマスターは昔“Aランクを単身突破した剛腕”って呼ばれて――」
「言うんじゃねえ!!」
アッシュが真っ赤になり、リースを追い払う。
(……ギルマス、可愛いとこあるな)
お茶をテーブルに置くと同時に、もう一つ、厚い本が置かれた。
「……さて。本題に入る。《冒険者登録》だ」
アッシュは本を軽く叩く。
「この本は“鑑定魔道具”。手を置けば、名前、職業、能力、適性……冒険者に必要な情報が浮かび上がる。これが登録の基準になる」
「て、手を置くだけで……?」
「ああ。ただし、適性がなけりゃあ登録は断る。死なせるために登録なんざ、まっぴらだからな」
アッシュの真剣な眼差しに、俺は自然と背筋を伸ばした。
だが――心の奥に不安が湧く。
(カードゲーマー……ジョブ、これ見られたら……変な疑いかけられないか?)
悩んでいると――
「ではまず、わたしがやります!」
「えっ、セラ!?」
セラはぴょんと立ち上がり、本の開かれた白紙ページに手をかざした。
瞬間――
――パキィィィィンッ!!
「えっ……」
本のページ全体が、一瞬で凍りついた。
ただの冷気ではない。触れば砕けそうなほど、美しく透明な氷。
室内の温度が一気に下がり、俺もアッシュもリースも呆然とする。
「こ、これは……ギルドマスターをして十年、初めて見る現象だ……!」
アッシュが声を震わせながらページを読み上げる。
名前:セラフィエル
職業:大天使
二つ名:第4天使 氷界
レベル:15
俺とセラの目が合う。
(……レベル上がってる!?)
(たぶん、あの狼たちを倒した経験値ですね!!)
思わず苦笑した。
アッシュは読み進める。
力:A
守:A
魔力:S
敏捷:A
運:C
契約者:神代律
「…………」
部屋の空気が完全に凍った。
レオはというと――
「ふぁ……」
平和にあくびしていた。
「セラー!なんで隠蔽魔法とか使わないんだよ!天使なんだから使えるよね!?」
「だって言われてなかったので!!」
俺は自信満々のセラの肩を持ち左右に揺らす。マジでポンコツだこの子…
そんな俺達を見てアッシュはため息を付き頭を悩ませると。突然凍ったページを両手で掴み――
「チッ……もったいねぇが仕方ねぇ」
バキィッ、と氷ごと千切り落とし、粉々に砕いて捨てた。
「こんなヤバい情報を残しとく訳にはいかねえからな……さて――律。説明してもらおうか。どういうことだ?」
その声には怒気もあるが、それ以上に“理解しようとする意思”があった。
「嘘をついても仕方ないので……できる範囲で話します」
俺は深く息を吸い、言葉を選びながら説明した。
・突然この世界に来たこと
・ゴブリンに襲われたこと
・そこでセラを“召喚した”こと
・その後漆黒の刃を助けたこと
ただし、デッキやパック購入のスキルは伏せた。
話を聞き終えたアッシュは、しばらく沈黙した後――
「……百歩譲って“大天使”が存在すると認めてもいい。だが問題はそこじゃねぇ」
アッシュは静かに答えた。
「“契約者:神代律”」
「……」
「お前。どういう理屈で“大天使”をノーリスクで従えてるんだ?」
的確すぎて、胸に刺さる。
「天使どころか、魔界級の存在ですら召喚には大きな代償が必要だ。それに加えて大天使ときた、第4天使セラフィエル、俺でも聞いたことがある名だ…」
「……正直、俺にもわかりません」
「……マジで規格外だな、お前」
アッシュは頭を抱えた。
「この事、誰が知ってる?」
「漆黒の刃の人だけです」
「……あいつらだけで良かったな」
アッシュは深く息を吐き、続けた。
「キースたちは信用できる。口も堅い。念のため、俺からも釘を刺しておく」
そしてアッシュは本をめくり、
「次は……お前だ、律」
「う、うん」
「手を置け。……何が出ても驚かねぇつもりでいる」
(フラグにしか聞こえない……)
覚悟を決め、ページに手をかざした。
淡い光が手元から本へ伝わり――文字が浮かび上がる。
名前:神代律
職業:カードゲーマー
二つ名:―――◇◆##△――(文字化け)
力:D
守:D
魔力:D
敏捷:D
運:S
「……運だけS?」
「俺もそう思った……」
アッシュは額を押さえた。
「お前、その能力でセラを従えてるのか……。もう本当に意味が分からねぇ……」
俺もだよ。
だが――アッシュは次の瞬間、ふっと笑った。
「まぁ職業が“勇者”“剣聖”“大魔導士”じゃなくて逆に良かったな。そういう肩書きなら、間違いなく王家や神殿に連れて行かれてた」
「うっ……そう聞くと、カードゲーマーって便利だな……」
「便利っていうか、なんだ……完全に未知すぎて誰も警戒のしようがねぇな」
褒められてるのかバカにされてるのか微妙だ。
「さて、結論だ」
アッシュはぴしっとセラを指差した。
「嬢ちゃん、今後は“常時隠蔽”だ。魔力も絶対に隠せ」
「えーーー、ずっとですかぁ?」
「ずっとだ!面倒事に巻き込まれたいのか!」
「マスターが言うなら……やります!」
「……素直で助かるわ……」
アッシュは疲れたように座り直すと、小さな金属プレートを二枚取り出した。
「律、お前は“Fランク・テイマー”として登録する。嬢ちゃんは“魔法剣士”扱いだ」
「魔法剣士です!」
セラがキラキラした目で喜んでいる。
「本当はAランクに並ぶ実力だが……特例なんざ出したら他の冒険者が暴れる」
そして、もう一つ袋を差し出した。
「これは漆黒の刃からの依頼報酬……という形で渡す金だ。街で宿くらい泊まれるだろう」
「キースたち……ありがとう……」
じんわり胸が熱くなる。まじでいい人すぎるだろあの人達。
「さて。もう夕暮れだ。今日は休め。明日また来い。依頼を出してやる」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げ、俺とセラとレオは応接室を出た。
⸻
応接室が静かになったあと、アッシュはひとり窓際へ歩き、夜風を吸い込んだ。
「……さて、どうしたもんかね」
机に置かれた、粉々になった氷の破片を見つめる。
その中に、読みにくくなった“第4天使”の文字が残っていた。
「神殿でみた石像と瓜二つじゃねえかありゃあ……まさか本物だとはな」
アッシュはコップをひっつかみ、外へ向けて投げた。
――ガンッ!
屋根の上。
影がひとつ飛び退き、闇に消えた。
「……もう嗅ぎつけやがったか」
アッシュは舌打ちした。
「面倒ごとにならなきゃいいがな……
――神代律、お前は本当に厄介なもんを連れてやってきた」
その声は低く、どこか覚悟のにじむものだった




