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第4章 城塞都市へ


 シルバーウルフとグレートウルフの群れを片付けたあと、俺たちはそのまま街へ向けて歩き始めていた。


 先頭はキースたち漆黒の刃。その少し後ろを、俺とセラ、レオが並んで歩く。セラは人間の歩調に合わせて地面を歩いてくれているが、油断するとふわっと浮かんでしまいそうだ。レオは相変わらず巨大な体を揺らしながら、俺の横でおとなしく歩いている。


「依頼って、結局どういう内容だったんだ?」


 移動しながら、俺は隣を歩くキースに問いかけた。キー達は依頼を終えて帰り道にシルバーウルフの群れに襲われたらしい。


「依頼か? ああ、そういやちゃんと説明してなかったな」


 キースは前を向いたまま、少しだけ声を落とす。


「この先に“瘴気の森”って呼ばれる危険地帯がある。最近、その森の奥から“異常な魔力反応”が観測されたって報告が入ったんだ。ギルドは本隊を出す前に、周囲の様子を確かめるため、うちみてぇな中堅パーティに“外周の調査”を回したってわけだ」


「さっきの森か……」


 思わず周囲の木々を振り返る。


 俺が気が付いたときにいた森。ゴブリンに襲われ、セラを召喚した場所。そのすぐ近くに、瘴気の森と呼ばれる場所があるらしい。


「“異常な魔力反応”って、具体的には?」


「数値で言えば、上級魔術師が全力で儀式魔法をぶっ放したレベル、だそうだ。そんなもんが森の奥から突然観測されりゃあ、ギルドも神殿も黙っちゃいねぇ。原因次第じゃ、国を巻き込む騒ぎになる」


「……へぇ」


 内心、冷や汗が出る。


 それ、多分――いや、ほぼ確実に、セラを初召喚した時の余波だよな。


 あのとき、空が凍るんじゃないかってくらいの冷気と光が発生した。俺からすれば「うわ演出過多」くらいの感覚だったが、こっちの世界基準で見れば、そりゃ異常反応にもなるだろう。


(やば……完全に俺原因じゃん……)


 けれどここで「たぶん俺です」と名乗り出るほど、俺は正直者でも勇者でもない。


 ぐっと喉の奥に言葉を押し込め、知らないふりを決め込む。


「森で気絶してたのって、その異常のせいかもしれねぇな」


「……かもな」


 曖昧に笑ってごまかすと、キースはそれ以上は追及してこなかった。


 代わりに、少し声を潜めて別の話を切り出す。


「それはそうと、律。ひとつ忠告しておきたいことがある」


「忠告?」


 キースはちらりと、俺の後ろを歩くセラへ視線を送る。その視線には、あからさまな警戒というより、慎重さと恐れが混じっているように見えた。


「さっきも言ったが、天使や大天使なんて存在は、本来この世に“呼んじゃいけねぇ側のもの”だ。神殿でも伝承でも、そういう認識になってる」


「まぁ、さっきの話を聞く限りだと、そうっぽいな」


「ああ。だからだ」


 キースは足を止めずに続ける。


「セラ……だったか。あの子が“天使”だってことは、出来る限り公にするな。下手をすれば、神殿や王家が黙っていない。最悪、“神の使い”として奉られる形になるか、それとも“危険な存在”として拘束・研究対象にされるか。どっちに転んでも、自由は失うだろうな」


 セラが捕まるか、祭り上げられて使い潰されるか。どちらにせよ、ろくな未来じゃない。


「……なるほど」


 想像するだけで、嫌な汗がにじむ。


 セラが鎖で繋がれて実験台とか……冗談じゃない。


「翼や魔力って、隠せねぇのか? 今も歩いてるだけで、そこらの冒険者よりよっぽど圧を感じる」


「セラ、隠せるか?」


 俺が振り返ると、セラは「えへ」と笑いながら胸を張った。


「もちろんです! 魔力はある程度コントロールできますし、翼には“不可視化”の魔法をかけられます!」


「そんな便利機能あったのか」


「常時展開は疲れるので天界では基本見せっぱなしですけど、この世界ではマスターの迷惑にならないように、なるべく隠しますね!」


 そう言うと、セラの背から伸びている四枚の氷翼が、ふっと淡い光に包まれ――次の瞬間には、跡形もなく消えた。


 魔力の圧も、さっきよりかなり薄くなっている。完全にゼロではないが、普通の人間には感じ取れないレベルだろう。


「……おお、本当に消えた」


「すげぇな。ぱっと見、ただの美少女になったな」


「“ただの”美少女ってなんですかキースさん! 大天使ですからね、大天使!」


 セラが頬を膨らませて抗議する。その姿に、キースは苦笑しながらも少し肩の力を抜いたようだった。


「まあ、そういうことだ。街に入るときは、今みたいな感じで頼む」


「了解です、マスター!」


 セラはぴしっと敬礼する。律儀なやつだ。


 そんな話をしていた時だった。


 ――ぐぅぅぅぅぅぅぅ~~~~。


 静かな森の中に、やけに大きな音が響いた。


 全員の視線が一点に集まる。もちろん、音の出どころも。


「…………」


「…………」


 セラは、顔を真っ赤にして固まっていた。


「……お腹、すきました」


 小声で、しかしはっきりと、セラはそう言った。


 一瞬、時間が止まる。


 次の瞬間――漆黒の刃の面々が、一斉に吹き出した。


「ぶはっ!」


「天使様の第一声がそれかよ!」


「いや、かわいすぎんだろ……」


「ギャップがすげぇ……!」


 キースですら、堪えきれないといった様子で肩を震わせている。


「て、天使っぽくない発言でしたか!? おかしいですか!? お腹すくのは普通じゃないですか!?」


 セラが耳まで真っ赤にして、必死に弁解する。


「普通だよ。普通なんだけど……タイミングと音量がな」


 俺は笑いを抑えながら、セラの頭をぽんと撫でた。


「……とりあえず、腹ごしらえするか。さすがに俺も腹減ってきた」


「そうだな。ちょうど森も抜ける前だし、一旦休憩するか」


 キースは周囲を見回し、少し開けた場所を見つけると、そこで足を止めた。


「さっき仕留めたシルバーウルフの肉がたんまりある。うちのアイテムポーチにぶちこんであるから、ちょうどいい」


「あれ全部持ってたのか……」


 戦闘後、俺たちが状況確認をしている間に、漆黒の刃のメンバーが手際よく解体していたのを思い出す。大量の肉や素材は、布袋とは思えない大容量の“アイテムポーチ”とやらに収められていった。


 素材のいくつかは「恩返しだ」と俺に渡してくれようとしたのだが、正直、何が何に使えるのかさっぱりわからなかったので、ありがたく気持ちだけ受け取り、本体は漆黒の刃に預けた格好だ。


「律たちは恩人だ。座って休んでてくれ。料理はこっちでやる」


「いや、手伝うよ」


「いや、それとは別に……律、お前とは個人的に話しておきたいことがある」


 キースが意味ありげに俺を見る。


「セラとレオには、料理の手伝いを頼んでもいいか?」


「あ、はい。セラ、レオ、手伝ってやってくれ」


「了解です、マスター! お肉捌きます!」


「ワフ!」


 セラは嬉々として袖をまくり、レオは炎の吐息を調整しながら焚き火代わりに息を吹きかける。漆黒の刃のメンバーも慣れた手付きで調理の準備を始めた。


 その様子を横目に見ながら、俺とキースは少し離れた倒木へ腰を下ろした。


「単刀直入に言う」


 キースの声が、さっきよりも低く、真剣なものになる。


「セラのことは出来る限り、公にするな」


「……さっきと同じ話か?」


「ああ。ただ、もう少し“現実的な話”になる」


 キースは軽くあごをしゃくって、セラたちの方を指した。


「あの子が“大天使”だってことがバレたら、真っ先に動くのは神殿だ。神殿は天使信仰の総本山みてぇなもんだからな。“生きた奇跡”が現れたとなれば、何としてでも自分たちの管理下に置きたがる」


「まあ、そうだろうな」


「同時に、王家も黙ってない。“一国の軍事力として最高の駒だ”と考えるだろうよ」


 キースは苦々しげに吐き捨てる。


「表向きは“保護”“崇拝”“丁重な扱い”なんて吐くだろうが、裏では戦争の切り札だ。使い潰されるか、封印されるか――ろくでもねぇ未来しか見えねぇ」


「……うん、嫌だな、それ」


 セラが鎖に繋がれて、国のために命令される姿を想像して、ぞっとする。


「それと、お前の“使役能力”もだ」


「俺の?」


「レッドファングを従え、大天使まで召喚・使役しているってだけでも異常だ。そんな奴がいると知れれば、今度は“お前自身”が国や神殿、貴族連中に狙われる」


 言葉に重さが乗る。


「“うちの兵を強化してみろ”“この魔物を従えろ”“この神霊を呼べ”……命令は止まらねぇさ。断れば脅され、従えば心が削れる。そういう目にあった冒険者を、何人か見てきた」


「……」


「まあレッドファングを使役してる奴は他にもいる。こればかりはテイマーと言って乗り切るのが無難だな」


 キースの言葉に嘘はなさそうだった。


 こいつは冗談や脅しで話を大げさに盛るようなタイプではない。だからこそ、現実感があった。


「律、お前はこれからどうするつもりだ?」


「どうするって言われてもな……」


 どうするもこうするも、そもそもこの世界の常識も、暮らしていく方法も知らない。


「とりあえず、セラとレオと一緒に生きていければ、それでいいんだけど」


「なら、まずは“冒険者”になっておくことを勧める」


「冒険者?」


「ああ。冒険者ギルドは、比較的中立な組織だ。国にも神殿にも完全には属していない。冒険者という身分を得ておけば、仕事を通して金を稼ぎつつ、街をまたいで移動するのも楽になる」


「身分証明にもなるしな?」


「そういうこった。どこの誰かもわからん流れ者より、“ギルド登録済みの冒険者”の方が、街に入る時も宿を借りる時も信用は高い」


 確かに、さっきも門番に止められていたし、この世界では“身元保証”はかなり重要そうだ。


「……冒険者になるには、どうすればいい?」


「ギルドに行って登録するだけだ。面倒な手続きはこっちである程度フォローしてやる。さっきの件も含めてな」


「さっきの件?」


「今日のことは、俺たち漆黒の刃は他言しない。大天使を召喚できるとか、レッドファングを無条件で従えてるとか、そういう話はな」


 キースは真っ直ぐな目で俺を見る。


「命の恩人を裏切るほど、俺たちは腐っちゃいねぇつもりだ」


「……ありがとう」


 心からそう思った。


 俺なんかにとって、この世界で初めての“他人からの善意”かもしれない。


「ギルドにも話は通しておく。“腕は立つが事情がある新顔がいる”ってな。ギルドマスターには、最低限のことだけ説明する。お前や大天使の詳細までは話さねぇ」


「そこまでしてもらうの、悪い気がするな」


「気にすんな。お前がレオとセラを連れてる時点で、“俺たちが敵に回したくない存在”なのは事実だ」


 からりと笑うキース。その笑顔には、冗談半分、本音半分といった感じのニュアンスがあった。


「……じゃあ、頼む。まずは冒険者になってみるよ」


「おう。その方が俺たちも動きやすい」


 そう言って、キースは立ち上がる。


「そろそろ飯も出来た頃だ。戻るか」


 戻ってみると、そこには別の意味で異様な光景が広がっていた。


「セラさん、食べ過ぎですよー!」


「まだ焼けてない分もあるので、少し待ってくださいって!」


「えっ、でも、このお肉すごく美味しくて……!」


 漆黒の刃のメンバーが半泣きで叫んでいる。


 焚き火の上には、レオが炎の吐息を絶妙に調整して焼いているシルバーウルフの肉がいくつも吊るされていた。肉からは香ばしい匂いが漂っていて、腹の虫を刺激する。


 その傍らでは、セラが手際よく肉を切り分けたり、皿に盛り付けたりして――合間合間に自分の口へも放り込んでいた。


「お前、どこまで食べてんだ……」


「マスター! 見てください、いい焼き加減です!」


「いや、見る前に自分で食べてるよね、それ」


 セラの足元には、すでに空になった皿がいくつも転がっている。周囲の男たちが軽く引いているのがわかった。


「……こいつ、本当に大天使なのか?」


「俺の知ってる“天使像”と違う……」


「食費、ヤバそうだな……」


 好き勝手なことを言われているが、反論できないくらいにはセラがモリモリ食べていた。


「セラ、みんなの分もちゃんと残しとけよ?」


「もちろんです! マスターと皆さんの分を優先しますから、安心してください!」


「今の流れだと“もうだいぶ食べたあとに言うセリフ”だよな、それ……」


 俺が頭を抱える横で、レオは黙々と肉を焼き続けている。炎の出力が完璧で、焦げもせず中までしっかり火が通ってそうだ。


「レオ、火加減完璧だな……」


「ワフ」


 得意げな顔をしているように見えるのは、気のせいじゃないだろう。


「そういえば、さっきから何をしてるんだ?」


 ふと視線を横に向けると、セラが別の作業もしていた。両手をかざし、空中に冷気を集めている。


「ふふふ……マスター、これはですね!」


 彼女の手の中で、透明度の高い氷がきゅるきゅると形を変えていく。


「天界でも大人気の、《特製かき氷》です!」


「かき氷?」


「はい! 氷を削って、ちょっとだけ甘味と神聖力を混ぜた――」


「ちょっと待て、神聖力って何混ぜてんだよ」


 案の定、よくわからない単語が飛び出してきたが、そのかき氷は見た目だけで言えば普通に美味しそうだった。ふわふわに削られた透明な氷に、淡い青いシロップのようなものがかかっている。


「まずはご飯からですよ。かき氷はデザートです!」


「……お前、その順序だけはちゃんとしてるんだな」


かき氷は溶けないのか?とセラに聞いたら、天使の神聖力が混ざっているため外界からの影響を受けずにそのままらしい。冷凍庫かよ。

 そんなこんなで、ようやく全員分の肉が焼きあがり、食事の時間になった。


 焼き上がったシルバーウルフ肉は、見た目のわりに臭みがなく、意外にもあっさりとした味だった。噛むごとに肉汁が広がり、香ばしい風味が口いっぱいに広がる。


「うまっ」


 素直にそう言葉が漏れた。


「だろ? シルバーウルフの肉は処理がちゃんとしてりゃ美味いんだ。知らねぇとただの魔獣肉で終わるがな」


「へえ……」


 漆黒の刃のメンバーも満足そうに頷きながら、肉を頬張っている。


 そして――そのさらに倍くらいの勢いで食べ進めている存在が一人。


「おいし……おいし……!」


 セラだ。


 さっきからハイペースで肉を平らげている。皿が空になったと思ったら、いつの間にか次の皿を持っている。誰が盛ったんだそれ。


「セラさん、食べ過ぎですよー!」


「まだ他の人も食べてるんですからね!?」


「あ、すみません! でも、まだお腹に入りそうで……!」


 漆黒の刃の一人が半泣きで止めに入るが、セラは本当に「まだまだ行けます」という顔をしている。大天使の胃袋どうなってるんだ。


 最終的に、倒したシルバーウルフの肉のほとんどをセラが平らげたという事実に、全員が軽く引いた。


「……女の子が食べる量じゃねぇな」


「いや、女の子以前に人間の量じゃ……」


「食ったあとに“おかわりはないんですか?”って聞いてなかったか、今……?」


 小声でそんな言葉が飛び交っていたが、セラ本人は満足そうにお腹をさすりながら、「あとはデザートですね!」と嬉しそうにしていた。


「よーし、じゃあかき氷いきましょう!」


 セラが元気よく声を上げ、先ほど作っていた氷の器を配り始める。


「はい、マスター! 特製天界かき氷です!」


「ありがとう」


 器を受け取り、一口すくって口に入れた瞬間――全身にぞわっとした感覚が走った。


「……なにこれ、うまっ」


 ふわふわの氷は舌の上で一瞬で溶け、その瞬間ひんやりとした爽快感が頭まで突き抜ける。甘すぎないが、確かに甘い。さらに、のどの奥からじんわりと温かさが広がり、体の芯の疲れが溶けていくような感覚があった。


 同時に、さっきの戦闘で削れたはずの魔力が、じわじわと満ちていくのがわかる。


「これ……魔力、回復してないか?」


「してますよ! 少しだけですけど、食べると魔力と体力が回復して、ついでに神聖力も補充されます!」


「ついでの内容が重てぇんだよ……」


 隣でかき氷を食べていたキースも、目を見開いて固まっていた。


「クククっ…神聖力まで回復たあやべぇな。神殿のヤツらが知ったら喉から手が出る程欲しがる食べ物たぜこりゃ」


キースは笑いを堪えながら再びかき氷を食べ始める


「体の奥の方から、すっと軽くなるような……」


「うま……うま……!」


 漆黒の刃のメンバーが、一口ごとに目を丸くしている。


「天界の食堂でも大人気のメニューなんですよ!」


「天界食堂って何」


 突っ込み切れない情報がどんどん出てくる。


 ともあれ、セラの特製かき氷は、その場にいた全員の心と体を癒してくれたのだった。



 食事を終え、再び歩き始めて数時間後。


 視界の先に、ようやく街らしい景色が見えてきた。


「おお……」


 思わず声を漏らす。


 そこにそびえ立っていたのは、高く厚い石壁。その向こうには、塔や屋根がいくつも突き出ている。規模からして、かなり大きな街だ。


「あれが、ヴェルアークだ」


 キースが言う。


「ヴェルアーク?」


「王都に次ぐ規模の城壁都市だ。交易の要所であり、魔物討伐の拠点でもある。ま、簡単に言やあ“デカい街”だな」


 門へ近づくにつれ、人や馬車の出入りが見えてきた。門番の兵士たちが、行き交う人々を確認しながら出入りを管理している。


 俺たちの番になったとき、門番の一人が手を上げて制止した。


「止まれ。身分証を確認する」


 キースが一歩前に出て、腰から金属製のプレートを取り出す。


「俺は漆黒の刃のリーダー、キース。ギルドからの依頼の帰りだ」


「漆黒の刃……ああ、聞いている。瘴気の森の調査に出ていたはずだな」


 門番はプレートを確認し、頷いた。が、その後ろにいる俺たちへ視線を向けると、眉をひそめる。


「で、そっちの2人と……その魔獣は?」


「こいつらは、依頼の帰り道でモンスターに襲われていたところを保護した。身元は不明だが、とりあえず街まで連れてきた。身元の保証は、俺たち漆黒の刃が引き受ける」


 キースが何でもないことのように言う。その言葉に、門番は目を丸くした。


「漆黒の刃が保証人になるのか?」


「ああ。命の恩人でもあるからな」


 そこで門番は、じろりと俺たちを観察し――レオの姿を見て、露骨に固まった。


「……待て、その狼は」


 周囲の兵士もざわつき始める。


「レッドファングじゃないか……?」


「なんでそんな魔獣が街の門の前を……」


 槍を構えかけた兵士に、キースがすかさず口を挟む。


「安心しろ。そいつはコイツの“契約獣”だ。幼い頃から一緒に育ったらしくてな。ああ見えて、飼い主にゃ懐いてる」


「レッドファングを、“契約獣”……?」


 門番たちが目を見開く。


「テイマーの中でもごく一部しか扱えない存在じゃ……」


「俺も詳しい理屈までは知らねぇ。ただ、こいつと律を見てりゃわかる。言うこと聞いてなきゃ、暴れて俺達は死んでるぜ」


 キースは肩をすくめてみせた。


 嘘八百ではないが、かなり強引なこじつけだ。だが、漆黒の刃の信用がそれを支えているようで、門番たちはしばらく悩んだ末、ため息をついた。


「……漆黒の刃がそこまで言うなら、今回は通す。だが、ギルドには報告を上げておくぞ」


「構わねぇさ。どうせこれからギルドに直行するつもりだった」


 そんなやり取りの末、俺たちはどうにか街の中へ入ることができた。


 城壁を抜けた先には、石畳の道と、中世ヨーロッパを思わせる建物が立ち並ぶ光景が広がっていた。木と石を組み合わせた家々。露店から漂う食べ物の匂い。行き交う人のざわめき。


「……本当に、異世界って感じだな」


 改めて実感が押し寄せてくる。


 そんな中、ひときわ目立つ存在が二つ。


 一つは、全身から威圧感を放つ炎狼レオ。


 もう一つは、翼こそ見えないが、とても人間離れした美貌を持つセラ。


「あら、あの子……すごく綺麗ね」


「見たことないくらいの美人だな……」


「どこの貴族のお嬢様だ?」


 通りすがりの女性たちが、ひそひそと囁く声が耳に入る。男性陣の方からは、また違った視線が突き刺さってきた。


「なんであんな可愛い子が、あんな冴えない奴と一緒にいるんだ?」


「守ってやってる感ゼロだぞ、あいつ……」


「俺の方がまだ強そうだし、似合うんじゃねぇか?」


 好き放題言ってくれる。おかしいな目頭が熱いな?泣いてななんかないからな。


 まあ、自分で言うのもなんだが、見た目は平凡な二十歳男だから仕方ない。横にいるのがレッドファングと大天使だなんて誰も思わないだろう。


 ただ――その言葉を聞いたセラが、ぴくりと反応した。


「…………」


 無言で、声のした方向を振り返る。


 瞬間、空気が一段階冷たくなった気がした。背筋にぞわりとした悪寒が走る。


 彼女の放つ“殺気”が、狙いを定めて一点にだけ向けられたのがわかった。


「ひっ……!」


「な、なんだ今の……」


 さっきまで好き勝手言っていた男たちが、その場で青ざめて固まった。


「セラ、ストップ。街の中で人を凍らせない」


「……はい。マスターを馬鹿にしていたので、つい……」


「気持ちは嬉しいけどな」


 俺は小さくため息をつきながらも、セラの頭を軽く撫でた。


「でも、今はあんまり目立ちたくない。頼むぞ、大天使様」


「……わかりました。抑えます」


 セラは素直に頷き、殺気を引っ込めた。レオも、さっきまで背中の毛を逆立てていたが、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。


 しばらく歩くと、キースたちが足を止めた。


「ここから先は、俺たちは一旦ギルドに報告に行く。律たちはどうする?」


「俺たちも、冒険者ギルドに行けばいいんだよな?」


「ああ。ギルドはこの大通りをまっすぐ進んで、噴水広場を左に折れた先だ。でかい看板が出てるから、見りゃわかる」


 キースは道順を丁寧に説明してくれた。


「じゃあ、ここで一旦解散だ。あんたらのことは、ギルドマスターにもそれとなく話を通しておく」


「助かる」


「今度は、正式に同じ“冒険者”として会おうぜ」


 キースはそう言って、軽く手を上げる。漆黒の刃のメンバーもそれぞれ俺たちに手を振ってから、人混みの中へ消えていった。


 キースに教えられた通りの道を進むと、ほどなくして目的の建物が見えてきた。


「……あれか」


 石造りの大きな建物。正面には、剣と盾を組み合わせたような紋章の看板が掲げられている。出入りする人々は、鎧姿の者やローブ姿の者など様々だが、どれも一癖ありそうな雰囲気だ。


 扉を押し開けると、ざわめきと酒の匂い、そして人々の声が一気に押し寄せてきた。


「……結構、賑わってるな」


「マスター、あそこが受付ですよ!」


 セラが指さした先、カウンターには数人の受付嬢が並んでいる。そのうちの一人が、こちらに気づいた。


 茶色のロングヘア。頭の上にはふさふさの猫耳。腰のあたりには猫の尻尾らしきものが揺れている。獣人だろうか。


 彼女は最初、にこにことした愛想の良い笑みを浮かべていたが――俺の視界にレオの巨体が入った瞬間、その笑みが引きつった。


「い、いらっしゃいませ……って、レ、レッドファング……にゃ!?」


 語尾がおかしい悲鳴があがった。


 周囲の冒険者たちも、一瞬でざわめき始める。


「レッドファングだぞ!」


「なんでギルドにそんなもの連れてきてんだ!」


「暴れたらこのフロア壊れるだろ……!」


 俺は慌てて両手を上げ、必死に弁明する。


「お、落ち着いてください! 大丈夫です! こいつは俺の契約獣で、勝手に暴れたりはしません!」


「け、契約獣……にゃ?」


 猫耳の受付嬢が目をぱちぱちさせる。


「レッドファングを……契約してるにゃ?」


 その言葉が、周囲のざわめきをさらに大きくした。


「レッドファングを契約!?」


「そんなテイマー聞いたことねぇぞ!」


「マジかよ……」


 視線が集まりまくっていて居心地が悪い。


 受付嬢は、しばらくレオと俺とを交互に見比べていたが、やがて小さく咳払いをして表情を整えた。


「し、失礼しましたにゃ。取り乱したにゃ。……えっと、冒険者ギルド『ヴェルアーク支部』へようこそにゃ。受付のリースですにゃ。今日はどういったご用件にゃ?」


 語尾が全部にゃだ。徹底している。


「えっと、俺は神代律。冒険者登録をしたくて来たんだけど……」


「神代律様にゃね。――あっ」


 リースは何かを思い出したように手を叩いた。


「もしかして、漆黒の刃のキースさんから話があった方ですかにゃ?」


「そう、多分それだと思う」


「やっぱりそうにゃ! さっき、ギルドマスター宛てに連絡が入ってたにゃ。“ちょっと変わったお客様が来るから、来たら通してやってくれ”って」


「“変わった”って言われてるの、ちょっと複雑だな……」


「見た目からして、かなり変わってるにゃ」


 リースはちらりとレオとセラを見た。


 レオは大人しく座っているが、その存在だけで迫力満点だ。セラは背中の翼こそ不可視になっているものの、顔立ちや気配はどう考えても“ただの美少女”の範囲を超えている。


「ギルドマスターが、直接お話をしたいそうですにゃ。少々お時間いただけますかにゃ?」


「ああ、構わない。どこかで待ってればいい?」


「そこのテーブル席をお使いくださいにゃ。すぐにお呼びするにゃ」


 リースはそう言って、奥の扉の向こうへ駆けていった。


 言われた通り、俺たちは近くの空いているテーブル席に腰を下ろした。レオは俺の足元で伏せ、セラは俺の隣にちょこんと座る。


 ギルドの中は、相変わらず騒がしい。


「この前の依頼、報酬ケチりやがってよー」


「お前のサボり癖がバレてんだよ」


「新しい迷宮の噂、聞いたか?」


 そんな会話や笑い声が飛び交っている。


 そんな中、やはり俺たちの方にはちらちらと視線が集まっていた。レオとセラの組み合わせは、どう考えても目立つ。


「なぁお前」


 と、そんな視線の一つがついに声になった。


 姿を現したのは、いかにも“チンピラ風”な冒険者だった。軽装の鎧に、使い込まれた剣。口元にはにやにやとした笑み。


「その子、あんたの連れか?」


「そうだけど」


「へぇ……。もったいねぇな」


 嫌な予感しかしない。


「こんな冴えねぇ奴にくっついてるよりよ、俺たちのパーティに来ねぇか、お嬢ちゃん?」


 そっちか。


 男はセラへ向き直り、歯の浮くような台詞を口にする。


「見たところ、あんたは相当腕が立つ。顔もいいし、ウチのパーティなら大歓迎だ。こんな弱そうなヤツより、もっと頼りがいのある男の方がいいだろ?」


 セラは一瞬きょとんとその男を見つめ――次の瞬間、はっきりと首を横に振った。


「お断りします」


「……は?」


「マスターの魅力がわからない人とは、会話したくありません」


 きっぱりと言い切られ、男の顔がみるみるうちに歪んでいく。


「はあ?」


 周囲の空気が、一気にきな臭くなった。


「おいおい、ちょっと優しく声をかけてやっただけだろ。なんだその言い草はよ」


「セラ、そこまで言わなくてもいいからな?」


「いえ、ここははっきりさせておきたいところです!」


 セラは妙なところで頑固だ。


 男は舌打ちをし、苛立ちを隠そうともしなかった。


「調子に乗ってんじゃねぇぞ、お嬢ちゃん。そいつがいなきゃ何もできねぇくせに」


 そして、セラの腕を掴もうと手を伸ばす。


 ――瞬間。


 空気が、一段階どころか、二段階くらい冷え込んだ。


「…………」


 セラの瞳から、温度が消える。


 見えるわけではない。だが、はっきりと“何か”が放たれたのを感じた。冷気とも違う、もっと根源的な恐怖を煽るような圧。周りの空気が震え気温が下がっていくような感覚、絶対的な存在を前に格の違いを思い知らせた。


「ひっ……!」


 腕を伸ばそうとしていた男が、その場でガクガクと震え始める。周囲にいた冒険者たちも、何人かは額に汗を浮かべていた。


 足元では、レオですら少し身体を縮こませている。


(やばい、殺る気だこいつ)


 セラの右手に、淡い冷気が集まり始めていた。あのまま行けば、たぶん腕の一本や二本は氷像になって折れる。


「セラ、ストップ!」


「マスターに無礼な真似をしたので、少しだけ凍らせてあげようかと……」


「ギルドの中でやるなって!」


 慌てて立ち上がり、セラを止めようとした、その瞬間。


 ――がしっ。


 横から伸びてきた大きな手が、男の手首を掴んだ。


「う、うあっ!?」


 ごつごつとした指。分厚い手のひら。その手は、指一本動かせないほどの力で、男の腕を固定していた。


「ギルド内での乱闘騒ぎは“禁止”のはずだが?」


 低く、よく通る声が、静かにギルド内に響く。


 その声に気づいた周囲の冒険者たちが、一斉に振り向き――ざわり、と空気が揺れた。


「アッシュさんだ……!」


「ギルドマスターが出てきた……!」


 掴んでいた手の持ち主が、ゆっくりと姿を現す。


 赤い短髪。日焼けした肌。鋭い金色の瞳。鍛え上げられた筋肉質な体躯に、軽装の鎧とマントを纏っている。その立ち姿だけで、ただ者ではないとわかる。


「こ、これは……その……」


 チンピラ風の男は、必死に言い訳をしようとするが、アッシュと呼ばれた男はそれを遮る。


「言い訳は後で聞く。今はとっとと失せろ。次やったら、出禁にする」


 低い声でそう告げると、男は顔を青くして、ほとんど逃げるようにギルドの奥へ消えていった。


 アッシュはふぅと小さく息を吐き、今度はこちらに視線を向ける。


「すまなかったな。うちの冒険者が、無礼を働いた」


「いえ、助かりました」


 俺が頭を下げると、アッシュはじっと俺とセラ、そしてレオを観察した。


 その目は鋭いが、敵意は感じない。ただ、ある程度の警戒と興味が混じっている感じだ。


「……お前が、神代律か?」


「はい」


「話は聞いている。俺はアッシュ。このヴェルアーク支部のギルドマスターだ」


 彼はそう名乗った。

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