壊れる音を、僕は聞いていた
小さな1LDKのアパート。
そこには、確かに幸せがあった。
優しい隣人、忙しくも愛情深い両親。
僕は、この日常が永遠に続くと信じていた。
まさか、その裏側で静かに広がる“溝”に気づきもしないまま――。
ある曇った日のお昼だった。
家には、僕しかいなかった。
少しだけ開いていたドアを閉めようとした、その瞬間。
隙間から、見知らぬ手がゆっくりと入り込んできた。
叫ぼうとした。
けれど、声が出なかった。
喉が凍りついたように動かない。
ドアが開く。
立っていたのは、お隣のお婿さんだった。
彼は無言で部屋に入り、
タンスを開け、
金品を次々と鞄に詰めていった。
そして僕を見下ろし、低く言った。
「このことをバラしたら、どうなるかわかるよな?」
まだ言葉も拙い僕でも、
その目の冷たさで理解した。
――逆らってはいけない。
僕は小さく頷いた。
⸻
夜。
母がタンスを開けた瞬間だった。
「……ない」
次の瞬間、聞いたことのない叫び声が家に響いた。
母は父の腕を掴み、激しく問い詰めた。
「昼に帰ってきたんでしょう? またギャンブルに行ったんじゃないの?」
父は驚いた顔で言った。
「今日は一日仕事だ。何を言ってるんだ」
声と声がぶつかる。
怒鳴り声が部屋を震わせる。
そこへ、お隣の夫婦が駆けつけた。
「落ち着いてください」と優しくなだめる。
僕は知っていた。
盗んだのは、その人だ。
けれど言えなかった。
あの時、言えていたら。
どれだけよかっただろう。
やがて喧嘩は止んだ。
だが、家には重い沈黙が残った。
⸻
翌日。
両親は気まずいまま仕事へ向かった。
鍵を閉めずに。
一時間後。
玄関の外から、聞き覚えのある声がした。
覗いた先にいたのは、お隣さんだった。
だが、その顔はいつもの優しいものではない。
目は鋭く、
口元は歪み、
嘲笑うように言った。
「やっとあの家族、バラバラになりそうね。
少し優しくしただけで、全部話してくれるんだから。
タンスの隠し場所まで」
僕は慌てて目を閉じ、寝たふりをした。
この日から、
家族の歯車が狂い始めた。
あの頃の僕は、
それがどこへ向かうのか、
まだ知らなかった。




