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最終日② 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

「加害者の、とし子ちゃんの両親の罪は、加害者が亡くなったことで帳消しになったはずです。それにもかかわらず、とし子ちゃんをニンゲンとして扱って、その果てに、とし子ちゃんをあんな目に遭わせたのが摩沙花さんなのだとすれば……」

「さすがはバル、そこまで鈍感じゃなかったね」

「なぜ、とし子ちゃんだったんですか。そもそも、加害者がいなくなったからといって、復讐に固執する理由はあるんですか」

「復讐心は、消すのが難しい頑固な感情だからね。あくまでも推測だけど、そう言うバルだって、復讐心に突き動かされてここまで探偵役をやってきたんじゃないの?」

「え? ……どういうことですか」

「ただでさえ捜査が難航しているうえに、美汐真雪という協力者が子眉を去って、あたしに相談に来ざるを得ないくらいの強いショックを受けた。それにもかかわらず、探偵役を降りたいですとは言わなかった。あくまでも犯人を探そうとした。なぜか? それはずばり、復讐心にとり憑かれているから。とし子を殺された犯人をなんとしてでも暴いて、殺された無念を晴らしたいっていう復讐心に。さっきバル自身も言っていたように、聞き込みをしているうちに情が湧いて、とし子の味方になってあげられるのは僕しかいない、僕の力でなんとしてでも犯人を見つけ出すんだと、鼻息を荒くした。そういうことじゃないの?」

 ……正解だ。まるで僕の行動を、心の動きも含めて絶え間なく観察していて、それによって弾き出した分析結果を提示してみせたみたいに、僕の心情や心理を精確に言い表している。

 返す言葉が、ない。

「おっ、そのリアクションは図星かい? あたしの推理は見事に的中していたわけだ。言っておくけど、読心術が使えるとかじゃないぜ。あたし自身が復讐心を抱えていた時期があるから、同じ感情を持っている人間の心理に詳しいだけだ。

 復讐心を持つこと自体は罪じゃないし、そもそもバルがしようとしている復讐は笑っちゃうくらい健全だから、一ミリも恥じる必要はないよ。僕はとし子に同情しました、とし子に代わって復讐をしてあげたいですって、胸を張って公然と主張すればいい。

 話を元に戻すと、旦那を殺されたことに対してあたしが抱いた復讐心は、すさまじく強かった。加害者は死にました、手をかけたのはあたしじゃないけどそれで満足します、では済まないくらい強いものだった。だから、旦那を殺したおっさんの代わりに――ということね」

 嘘を言っていないのは目を見れば分かる。

 摩沙花さんが探していた人間は――なるほど、そういうことだったのか。

「その疑問については分かりました。でも、新しく浮かんだ疑問があるので、最後にそれについて教えてください。摩沙花さんは『復讐心を持っていた時期がある』と過去形で話していましたよね。つまり、復讐心はすでに解消されている。それなのに僕に探偵役を命じたのは、なぜですか?」

「簡単な話さ。たしかに解消されたけど、しょせんはマイナスだった心の状態がプラマイゼロになっただけ。人間が日々を楽しく過ごすには、なにかしらのプラスが必要なんだよ。でも、あたしは子眉島民随一の変人。旦那がくたばった今となっては、理解者は皆無。旦那とバルの両親は仲がよかったけど、別にあたし自身と仲がいいわけではない。広い意味での理解者ではあるけど、波長がぴったり合う関係ではないんだ。でも、そんなあたしにも一人だけ、友だちになってくれそうな男の子がいた」

「僕、ですね」

「そう。小石昴流というのがその男の子の名前だ。あたしはね、バル、あたしのためだけに君にいろいろ動いてもらって、親切で優しい友だちがいる事実を噛みしめて、温かな満足感に浸りたかったんだよ」

 僕を見つめる摩沙花さんは優しい目をしている。頼まれても殺人を犯すことなんてなさそうな、とても優しい目をしている。

「ただ単に友だちになるだけなら、七日間で何回かやったように家に招いてコーヒーを飲むとか、それ以外にでも本土まで遊びに出かけるとか、なんなら島内をぶらぶらと散歩しながら無駄話をするだけでもいい。ラインIDを交換して、中学生でもやらないようなつまらない言葉のキャッチボールで延々と遊ぶとか、大学生活は悩みも多そうだから人生の先輩として相談に乗るとか、挙げようと思えば無限に挙げられるけど、そのほとんどをスルーしてバルに探偵役をやってもらったのは――そうだな。投げやりな表現になっちゃうんだけど、あたしが変人だからじゃないか? ……うん、きっとそうに違いない」

 沈黙が流れる。その状態が続くあいだ、摩沙花さんはずっと、ペン回しの要領で吹き口を手で回転させていた。

「警察に自首は、しないですよね」

「しないよ。そんなつもりは毛頭ない。なんたって、楽しい生活を送るためにやったことだからね。ブタ箱は誰だって楽しくないだろう。バルはあたしを警察に突き出す気はあるの?」

「ないですよ。そうしたい気持ちも少しはありますけど、実行する気はありません」

「その心は?」

「僕にとって道宮とし子は他人だから、ですかね。同情はしたけど、でも、やっぱり、赤の他人なんだと思います。こんなこと、おばあさんの前では絶対に言えないけど……」

「なるほどね。ところで、バスの時間は大丈夫?」

 スマホを取り出して現在時刻を確認して、「あ」と声をもらす。

「そろそろお暇したほうがいいかもしれません」

「じゃあ、お別れだね。この一週間、楽しかったよ。ありがとうな、バル」

「ラインID、交換しなくてもいいんですか?」

「あたしは変人だぜ? そんな当たり前の関係なんて望んじゃいない。その代わり、笑っちゃうくらい気が早い話だけど、年末にも子眉まで帰ってきてくれよ。またいっしょにコーヒー飲もうぜ」

「もう探偵役はやりたくないですよ」

 少し眉をひそめての僕の発言に、摩沙花さんは口の片端を釣り上げた。そして、吹き口を持った右手をこちらに向けて左右に振った。

 僕は会釈して須田倉家をあとにした。


 家に戻る時間もあったけど、バス停に向かうことにした。

 とし子の墓に手を合わせてもよかったかな、と思ったけど、引き返すことは選ばない。

 摩沙花さんには「とし子は赤の他人だ」と言ったけど、本音だったんだな、と思う。

 子眉は今日も朝から暑く、セミがやかましい。

 信号でもなんでもない場所で足を止め、額の汗を手の甲で拭う。なんとはなしに蒼穹を仰ぎ、僕は思う。

 神戸に帰ったら、なにか一冊、推理小説を買おう。まずはメジャーな作家のメジャーな作品からがいい。江戸川乱歩とか、アガサ・クリスティーとか、僕でも名前を知っている作家の作品を。


 バスは定刻の一分遅れで網々海岸停留所に到着した。

 乗車し、入ってすぐの二人掛けの座席に腰を下ろす。重たい旅行鞄を隣の座席に置き、ざっと車内に目を走らせたけど、乗客は僕だけみたいだ。

 ドアが閉まってバスが走り出し、ほっと息をつく。

「おっ」

 見覚えのある景色を思いがけず目にとめて、ついつい声がもれた。

 ハラキリ岬だ。

 僕と美汐さんがサンドウィッチを食べたベンチで、動くものがある。人、だろうか。窓に張りついて目を凝らすと、

「きみ江さん……?」

 モンペじみた衣服、皺だらけの横顔、吊り上がった巨大な目――まぎれもなく道宮きみ江だ。

 きみ江は柵に手をかけて佇み、空を見上げている。視線をたどって上空を仰ぐと、

「ええええ!?」

 なんと、空にUFOが浮かんでいるではないか!

 オーソドックスな銀色の円盤型で、比較対象が近くにないので分かりにくいけど、かなりでかい。直径は旅客機の全長ほどもあるだろうか。きみ江の上空数十メートルほどの高さで微動だにしない。

 突然、UFOの底部から光が放出された。円柱状の白い光。スポットライトのようなそれは、きみ江を照らし出した。

 僕は「あああっ!?」と叫んでしまった。きみ江の両足が地面から離れたのだ。さらには、体ごと上昇していく。光の円柱の中を、地面に普通に立っているときの姿勢のままに。秒速一メートル弱。ぐんぐん上昇し、止まる気配がない。

 僕はまたしても「あああっ!?」という叫び声を吐いた。

 きみ江が、安らかな顔をしているのだ。山の中の小屋で話をしたときは一度も見なかった、まことに、まことに、幸福そうな顔。

「なんまいだ、なんまいだ……」

 僕は合掌し、きみ江の姿が見えなくなるまで同じ文句を唱えたのだった。

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