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五日目② エイリアン犯行説

 前回訪れたときと同じく岬は閑散としていた。二人きりの時間を過ごしたい僕にとっては最高の環境だ。

 ベンチに並んで腰を下ろし、サランラップを開いてサンドウィッチにかぶりつく。

「あっ、美味い! 僕が作ったサンドウィッチ、ちゃんとサンドウィッチになってるよ」

「美味しいよね。いくつでも食べられそう」

 ただ具材を挟んで市販の調味料で味つけしただけ、奇特な組み合わせに挑戦もしていないのだから美味しいのは当たり前なのに、僕たちは奇跡に巡り合ったみたいに味を褒めたたえた。いちごジャムサンドなんて、文字どおりいちご味のジャムを挟んであるだけなのに、一口食べるごとにサムズアップしたくなるくらいに美味い。シンプル・イズ・ベストは真理だと心から納得できた。

 しばらくは飢えた獣のごとくひたすらにかっ食らい、中盤からはペースを落として雑談を交えながらの食事となる。

 話題は、場所が場所だけに未確認飛行物体が選ばれた。

「UFOっていろんな国でたびたび目撃されているけど、軍事施設で軍関係者が目撃するケースがかなり多いのね。軍人は一般人とは違って証言に信頼がおける人間だから、目撃情報は信憑性が高いと言われているんだけど、本当にそうなのかなって思う。国家にとって重要な場所を守っているから、警戒心は自ずと高くなるものでしょ。注意力や判断力が正常に機能すればいいんだけど、不可抗力的に神経過敏になってしまうものだと思うの。わたしが読んだ本によると、アメリカ合衆国でUFOの目撃情報が多数報告されるようになったのって、第二次世界大戦後、ソ連との冷戦が始まってかららしいのね。わたしはどうも、そのあたりの事情が強く影響している気がして。軍関係者だからこそ起こった集団幻覚、集団ヒステリー、みたいな。もちろん、全てその言葉で説明できるわけじゃないだろうけど、実は勘違いや思い込みでしたっていう事例はかなりあるんじゃないかな。SF小説も読む人間としては、千件に一件くらいは本物であってほしい気持ちはあるけどね」

 平丘さんは拍手を送りたくなるくらいに舌が滑らかだ。サンドウィッチ、ピクニック、真新しいベンチから一望できる景色。なにが要因なのかは彼女のみぞ知るけど、いっときと比べると見違えるほど気力を取り戻している。

「どの星から来たのかも気になるけど、一番気になるのはやっぱり目的かな。UFOのボディにでも書いておいてくれればいいのにね。もし人間にも読めるんだったら、内容によっては協力できるかもしれないから、宇宙人側にもメリットがあると思うんだけど」

「つまり、UFOが地球に来る目的はいかがわしいものである可能性が高い、ということなのかな。地球侵略とか、人間を誘拐して頭にチップかなにかを埋め込むとか、そういった類の。だから、地球人には悟られないように隠している、みたいな」

 受け答えするこちらの舌も自ずと滑らかになる。平丘さんは口の中を空にしてから、

「ハラキリ岬に現れるUFOの目的、なんなんだろうね。同じUFOなのか、複数のUFOが代わる代わる訪れているのか、それはちょっと分からないけど。人間の不利益になる目的だとして、なんでわざわざ子眉島を選んだんだろう。正直、見当もつかないよ」

「ただ単に人口が少ないから、なのかな? 実は日本全国、いや世界各地の過疎地域に出現していて、目撃されにくいという環境を利用してなんらかの悪事を――」

「小石くん、その推理は残念ながら間違っている可能性が高いと思う。だって、ハラキリ岬に出没するUFOの目撃情報、一件や二件じゃないんでしょ」

「あ、そっか。うーん、そうだね。その線はないかな。……情けないなぁ、そんな初歩的なことも見逃すなんて。探偵失格だ」

「でも、ハラキリ岬に来るUFOだけが飛びぬけてドジだから、島民に目撃されまくっているだけかもしれないよ。だから、小石くんの推理が百パーセント間違っているとは限らない」

「UFOの目的を推理するには、現時点では情報が少なすぎるよね。よほどの名探偵じゃないかぎり謎を解き明かせそうにないよ」

 ニンゲン殺しの犯人探しと同じだ、と思う。

 平丘さんも同じことを思ったんじゃないか、とも思う。

 しかし、二人ともニンゲンのニの字も口にしない。同じく、道宮とし子のとの字も。現在取り上げられている話題にのめり込んでいますよ、という顔をして、サンドウィッチをぱくつきながらべらべらとしゃべり続けるだけ。

「UFOを操縦するエイリアンの目的……。わたし、ちゃんと考えたのは今日が初めてだけど、人間にとって有害か無害かで分けるなら、後者だとしか思えないんだよね。どうしてなのかな?」

「たぶんだけど、最悪の事態を想定しておいたほうが、真実が明らかになったときに受ける精神的なダメージが少なくて済むからじゃないかな」

「なるほどね。そのとおりかもしれない。じゃあ、エイリアンが人間に害をもたらそうとしていると仮定した場合、どんな目的が考えられるかな。小石くんはどう推理する?」

「うーん、難しいね。人口が少ないとはいえ、千人近くの人間が暮らしている島なんだから、やっぱり人間相手になにかしようとしているんじゃないかな。ハラキリ岬という場所自体になにか秘密が隠されているのかもしれない、とも考えたんだけど、その可能性は低いのかなって思う。昔から言い伝えられている伝説があるとか、そういう話は聞いたことがないし」

「妥当な推理だと思う。問題は、エイリアンが具体的になにを企んでいるのか。今のところ危害を加えられた人間はいないみたいだから、人類殲滅計画をハラキリ岬から着手しますとかではないのかな、とは思うけど。計画を練っている段階だとか、準備を整えている段階だとか、可能性はいろいろと考えられるけど、今すぐに過激な真似をするようには思えないよね」

「それは僕も同感。話を聞いたかぎり、ハラキリ岬に現れるUFOは消極的だよね。目撃証言が多数ある割には、いずれのケースでもこれというアクションを起こしていない。それが逆に不気味で――」

 突然、「あ!!!!」という大声を平丘さんが発した。僕は驚きのあまり飛び上がった。比喩ではなく実際に、尻がベンチの座面からほんの少し浮き上がった。その拍子に、手にしていた食べかけのハムレタスサンドがこぼれて地面に落ちた。

 サンドウィッチから一秒で視線を切って見つめた平丘さんは、目を剥いていた。口はサンドウィッチを食べているときよりも大きく開いている。手にしたサンドウィッチのジャムの色彩と質感がやけに作り物くさく見える。

 驚きのあまり「どうかしたの?」の言葉は声にならず、目で問う。それに応じて発信された平丘さんの言葉は、先ほどの「あ!!!!」に匹敵する驚愕を僕にもたらした。

「もしかして、とし子はエイリアンに殺されたんじゃない? ハラキリ岬に現れるUFOに乗ったエイリアンに」

「え……」

「そっか。この三日間、こんなにも聞き込みをしても有力な情報が出なかったのは、ようするにそういうことだったんだね。エイリアンの仕業だったから、誰もなにも知らなかったんだ。そっか、そっか」

「……えっと」

「とし子は刃物で体中を刺されて殺されたそうだけど、もしかすると、地球人のわたしたちには想像もつかないようなハイテクな武器が使われたのかもしれない。もしくは、超能力。刃物でめった刺しなんていう、氷河期のころから誰かがやっているような原始的な殺し方をしなくても、指先一つで――ううん、心の中で『死ね』って念じるだけで、瞬時に対象者の息の根を止められるような兵器を、あるいは特殊能力を、エイリアンは持っているんだと思う。どちらかなのかは分からないけど、とにかくそれを使ってとし子を殺して、さらには殺したのとはまた別の機械か力を使って、刃物で刺し殺されたかのように偽装した。犯行を島民に目撃されたかもしれないけど、それも力でどうにかした。だから、わたしたちがいくら聞き込みをしても犯人は謎のまま。そう、きっとそれが真実」

 すさまじい早口だ。視線が重ならないどころか、顔を僕に向けてすらいない。

 平丘さんは明らかに様子が変だ。

 おぞましかった。とてもではないが口を挟む勇気が湧かない。代役に立候補してくれる者がいるなら、今すぐにでも聞き役を代わってほしい。

 ただ、仮に勇気が湧いたとして、なんと声をかければいいのか。

 エイリアンは人智を超えた能力を持っている。または、現代科学では作製不可能な兵器や機械などを有している。平丘さんがそう信じている以上、ニンゲン殺しの犯人=エイリアン説を否定するどんな客観的で正確で強力な情報を持ち出したとしても、「エイリアンは人智を超えた存在だ」という言い分を水戸黄門の印籠のように突きつけられ、論破されてしまう。

「つまりエイリアンはわたしたちの知らない場所で秘密裏に数々の悪事を働いているけどわたしたちが認識できないだけで認識させないことこそがエイリアンの力であってエイリアンの力の前ではわたしたちは無力も同然だからとし子が殺されたのも仕方ないしこれからも犠牲者は出るだろうけどエイリアンの犯行をわたしたちは認識することができないから平穏を享受し続けることになるのだろうけどそれはしょせん認識できないからこその偽りの平和であってそれこそがエイリアンの――」

 平丘さんの語りは止まらない。敵に回した存在のあまりの巨大さに、心が壊れてしまったのだろうか?

 そもそもエイリアンなんて、この宇宙には存在しないじゃないか。

 そう指摘すれば目を覚まさせられる? いや、たぶん無理だ。彼女はきっとこう反論してくるに決まっている。

『それはね、小石くん、あなたがエイリアンの力で「エイリアンは実在しない」と思い込まされているだけだよ。本当はエイリアンは実在するの。間違いないから』

 突然、語りがやんだ。

 え、と思った次の瞬間、「ぎゅるん!」と平丘さんの首が回って僕のほうを向き、見開かれた双眸で凝視してきた。

「――と、わたしは思うんだけど、小石くんはどう思う?」

 ……話を聞いていなかった。途中から、完全に。というか、あんな早口、まともに聞きとれるわけがない。

 平丘さんの眼差しは揺るがない。納得がいく答えが得られるまで絶対に退かなさそうだ。僕は破れかぶれな気持ちで答えた。

「とし子ちゃんは、エイリアンに殺されたわけじゃないと思うよ。だってほら、UFOはハラキリ岬にしか出没しないでしょ。でも、摩沙花さんの自宅は岬からは遠いから」

 馬鹿げていると自分でも思った。苦しまぎれの言葉とはいえ、あまりにも馬鹿げている。「エイリアンは人智を超えた能力を持っている」という印籠の前では、どんな反論も塵埃も同然なのに。

 しかし、平丘さんは口をぽかんと開けた。僕の耳には「えっ」という声がもれたように聞こえた。ゆっくりと、まばたきが一回。さらには瞼を開閉する動作がくり返される。かなり忙しない。

 僕は平丘さんの口くらいの面積に自分の口を開けて、その動きを観察する。

 彼女の顔は次第に陰り、うつむいていく。重大な転換点を迎えている予感に、僕は唾を呑み込む。

 やがてまばたきが止まった。顔が持ち上がる。泣きそうな顔。それが笑う。純然たる笑顔ではなく、泣き笑い。その顔で平丘さんは言う。

「わたし、なに馬鹿なことを言っているんだろう。エイリアンに殺された? とし子が? そんなわけないじゃない。この宇宙にエイリアンなんて存在するはずないのに、どうやって殺されるというの」

 声は震えている。夢から覚めた顔だ。胸が締めつけられた。きゅっと、ではなく、ぎゅっと。

「わたしたちはたしかに犯人探しに苦戦しているけど、だからといってエイリアンのせいにするなんて、ひどいよ。あまりにもとし子に失礼すぎる。無関係の人間が面白半分で言ったのなら仕方ないかなって思うけど、わたしはとし子の友だちなのに。島を出てからの五年間、音信不通だったかもしれないけど、島を出る前は、自他ともに認める友だちだったのに。ピクニックに浮かれて気が緩んでいたとはいえ、こんな失礼なことを……」

 声は薄れ、蚊の羽音よりも小さくなり、消えた。そして、沈鬱な表情を下に向けた平丘さんだけが残った。

 僕は返す言葉を見つけられない。

 ――と言いたいところだけど、実は見つけていた。結果次第では、落ち込んだ平丘さんの心を持ち直させるようなアイディアを。他ならぬ、僕自身の発言がヒントとなって。

『摩沙花さんの自宅は』――。

「平丘さん、自宅だ」

 声音に感じるものがあったらしく、沈鬱なオーラをまとっているのが嘘のように鋭く、彼女はこちらを見た。その顔に向かってはきはきと告げる僕は、たぶん笑みさえ浮かべていたんじゃないかと思う。

「なんでこんな初歩的な見落としをしていたのかな。道宮とし子ちゃんの自宅に行こう。あの子の家族に話を聞くんだ。そうしたら、きっと見えてくるものがあるはずだよ」

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