第23話 好きなものは好き
「小鈴がきたと、飛龍様にお伝えください」
懐に贈り物を隠し、見張りに頭を下げる。見張りは頷いて、すぐに飛龍のところへ向かった。
やっぱり今日も、帰れ、なんて言われちゃうかな。
その時は……また狐になって部屋へ行くしかないよね。
会わない、という選択肢はない。会えない時間が長くなったところで、特に意味があるとは思えないから。
飛龍様だって、二度と私に会いたくないわけじゃないよね……?
祈りながら、見張りが戻ってくるのを待つ。
戻ってきた見張りが、表情を変えずに言った。
「入れ、と飛龍様が言っている」
◆
「あ、あの……この前は、申し訳ありませんでした。飛龍様の気持ちを考えず、先走ってしまって」
深く頭を下げると、ああ、と低い声で飛龍は頷いた。
怒っているようには見えないが、笑っているわけでもない。
「ただ、翠蘭様とも話して、佩芳様も、飛龍様と仲直りをしたがっているのではないかと思って」
佩芳の気持ちは分からない。けれど、飛龍と仲違いをしてから佩芳が変わっていったことも、幽閉しておきながら飛龍に危害を加えていないことも事実だ。
「それと今日、王都へ行ったんです。それで、飛龍様にお渡ししたい物があって」
懐から櫛を取り出し、そっと飛龍に差し出す。漆黒の櫛は小鈴からするとかなりの出費だったが、皇子が使うような品ではないだろう。
けれど、これを飛龍に渡したいと思った。
「飛龍様は、櫛を贈る意味をご存知ですか?」
「意味?」
「はい。美雨さんに聞いたんです。……櫛を送るのは、相手の幸せを祈る、という意味があるのだと」
目が合うと、飛龍が泣きそうな顔をした気がした。
「私が佩芳様と仲直りをしてほしいと思ったのは、飛龍様がそれを望んでいると思ったからなんです」
「……小鈴」
「でも私は今の飛龍様のことも大好きで、だからその、ええっと……」
飛龍の夢を支えたいと思ったのは事実だ。誰もが幸せに暮らせるように、という理想にも憧れた。
それ以上に、きらきらと輝いていた飛龍の瞳が好きだった。
だけど、夢や理想がなくたって、飛龍を好きな気持ちは変わらない。
「私はとにかく、飛龍様に幸せに笑っていてほしいんです。ここにずっといることが幸せなら、私はそれでも構いません」
ちゃんと、気持ちは伝わっているだろうか。完全な人間じゃない私も、しっかりと言葉を紡げているだろうか。
「もし、皇子の立場を捨ててどこかに逃げるのが幸せだと言うのなら、私だって一緒に行きます」
二人で城を出て、どこかでひっそりと暮らす。それはそれで楽しい気もする。
別に小鈴は、城での煌びやかな暮らしに憧れてここへきたわけではないから。
飛龍様が夢を捨ててしまうのは、残念だと思ってしまうけれど。
「私は、飛龍様に幸せになってほしくて、それから、ずっと一緒にいたくて……ただ、それだけなんです」
話しながら、泣きそうになってきた。涙がこぼれないように必死に目を開けて、真っ直ぐに飛龍を見つめる。
自分の気持ちを伝えるのって、こんなに感情がぐちゃぐちゃになるんだ。
「教えてください。飛龍様。飛龍様は、佩芳様と仲直りがしたいんじゃないですか? 飛龍様の幸せには、それが必要なんじゃないんですか?」
もし必要ないと本気で言われたら、佩芳との仲直りに固執するつもりはない。
翠蘭様には悪いけれど、私はとにかく、飛龍様に笑ってほしいだけだもの。
「……お前の言う通りだ」
深い溜息を吐いて、飛龍は小鈴から目を逸らした。
「馬鹿みたいだろう。こんなところに閉じ込められて、病だということにされて……それでもまだ、俺は兄上に必要とされる日を待っている」
「そんなことないです!」
あまりに大きな小鈴の叫び声に、びくっ、と飛龍は飛び上がった。
「飛龍様の気持ちはよく分かります。だって私も、昔と違う飛龍様のことも大好きだし、飛龍様になにをされても、きっと嫌いになんてなれないから」
飛龍がどうしてここまで佩芳を慕っているのかは分からない。でもきっと、慕うだけの理由があるのだろう。
「好きなものは好き。それで十分です。まあ、飛龍様が佩芳様のことばかり好きだというのは、ちょっと寂しいですけど……私のことも、少しはこう……」
あ。
私、つい余計なことを言っちゃったかも。せっかく、飛龍様が本音を話してくれているっていうのに。
「ごめんなさい、今はそんなこと……」
「馬鹿なのか、お前は?」
ははっ、と声を上げて飛龍が笑った。
昔を思い出させるような明るい笑顔に、胸が高鳴る。
「こうして今二人で話していることの意味を、お前はもう少し考えろ」
「……え? それって、どういう……?」
「だから、自分で考えろ」
呆れたように言う飛龍の真意はいまいち掴めない。けれど大好きな笑顔が見られただけで、すごく幸せだ。
「とにかく、飛龍様はやっぱり、佩芳様と仲直りしたいんですよね? だったら、仲直りできるように頑張りましょうよ!」
すぐに頷いてくれるかと思っていたのに、飛龍は寂しそうな顔に戻ってしまった。
「……父上のことが、気がかりでな」
はっきりと言葉にはしていないが、おそらく、皇帝が倒れた件に佩芳が絡んでいるのでは、と飛龍も思っているのだろう。
確かに、仲直りするにしても、真実は気になるよね。
もし佩芳様が毒を盛っていたのなら、飛龍様の気持ちも変わるかもしれないし。
でも、お医者様が湯呑を調べても何も分からなかったらしいし、陛下の傍にずっと控えているお医者様だって、原因不明だと言っているし。
「あ!」
「おい、小鈴。大声を出すな」
「すいません、でも、もしかしたらって思っちゃって」
「なにがだ?」
「梓宸さんが、なにか知っているんじゃないかと……!」




